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第31話 悪童たちの茶番劇

 まずは仲間を救出する。ハロルドに対抗するために、俺が何より優先すべきはそれだった。


 仲間が神聖騎士団に捕らえられているかもしれないということは、以前から俺も疑っていた。だから、俺は連日遠見の術を駆使して、魔王城の周辺だけでなく騎士団の拠点もしらみつぶしに探っていたのだ。


 なのに、収穫はまるでなし。ギルベルトから騎士団に「逃げた魔族の行方」を問いただしても、「全力で行方を追っている」という表面的な答えしか返ってこない状況だった。


 あまりの手がかりのなさに、一時は仲間の方が俺を避けているんじゃないかと悲観したこともあったけど、皮肉なことにハロルドのおかげでその疑いも晴れた。となれば、あとは救い出すだけだ。


 問題は、どうやって、ということだが、とりあえず俺は一番手っ取り早い方法をとることにした。

 

「ちょっと教団長脅してくるわ」


 夜明け前の寝室で俺がそう告げたとき、ギルベルトは何とも言えない顔で首をかしげた。


「そんな、ちょっと買い物に行ってくるような調子で言われてもな」

「だめか?」


 人質を救出しようにも、捕らえられている場所がわからなければ始まらない。ハロルドに聞くわけにもいかないし、だったらと思いついたのが教団長ザカリウスだった。


「悠長に監禁場所を探してる暇もないし、とりあえずやつを締めれば何かわかるかもしれないだろ」

「おまえのその思いきりのいいところは嫌いじゃないが、もう少し慎重に事を運んだらどうだ? そもそもどうやって教団長に近づくんだ。言っておくが、あの男の周りには常に護衛が……」


 言いさして、ギルベルトは苦笑いをした。


「稀代の天才魔術師どのには愚問だったな」

「わかればいいんだよ」


 気分良くうなずいたところで、俺は次の提案を切り出した。


「じゃ、おまえはその間死んでてくれ」

「おい」

「あ、間違えた」 


 眉を跳ね上げたギルベルトに、俺はひらひらと手をふった。


「死にかけってことで頼む。ほら、俺おまえのこと()らなきゃだからからさ。おまえがぴんぴんしてるとまずいんだよな」

「時間稼ぎというわけか」


 さすがに理解の早いギルベルトは口に手を当ててうなずいた。


 そう、ハロルドの変態野郎に皇帝を殺せと脅迫された手間、一応やることはやったと示しておく必要があった。そうでもしておかないと、皆がどんな目に遭わされるか。


 まあ、この程度の小芝居で、やつを長いこと誤魔化せるとは思えないけどな。


「そ。皇帝暗殺未遂の極悪人は、しばらく姿を消すからさ」


 その間に、何が何でも仲間を助け出さないと。時間はひどく限られているし、勝算もあるわけじゃない。


 だけど、やるしかないのだ。だって俺は王様だから。何より俺がそうありたいと望んでいるから。


「悪いけど、おまえは瀕死ってことで大人しくしててくれ。いい子にしてたら、土産に教団長の首でも持ってきてやるよ」

「それは楽しみだな」


 そうギルベルトも応じたはずなのに──


「……本当についてくるんだな」


 飯屋の卓に頬杖をつく俺の前で、ギルベルトは「当然だ」とうそぶいた。


「一日中寝台の中にいるのはごめんだからな。おまえと一緒なら大歓迎だが」

「ああ、寝かしつけなら任せとけ。三秒で永眠させてやるからよ」


 目立つ赤毛を茶色に変えて、庶民の身なりも板についているこの皇帝、じつはこれまでもしばしば変装して出歩いていたらしい。


 この飯屋の二階をお忍びの拠点として常に確保しているというのだから、なかなか年季の入ったことだ。


「それより仕事はいいのかよ。オレグさんだっけ? かわいそうに、あの人ほとんど泣きそうだったじゃないか」


 補佐官だか書記官だか、とにかくギルベルトの側近の一人だという壮年の官吏は、今回の茶番劇の内容を知らされたときにぱあっと顔を輝かせた。「数日死にかけ!? いいですね! じゃあその間にこれとそれと、ついでにあの仕事も片付けちゃいましょう!」とは、オレグさんの表情から俺が勝手に翻訳した台詞だけど、大筋は合っていたと思う。あの目のギラつきぶり、バラーシュそっくりだったし。


「瀕死では政務もできないからな」

「教団長の脅迫はできるのに?」

「それはそれ、これはこれだ」


 はあ、どうでもいいけど、おまえたちの抗争に俺を巻き込まないでくれよな。


 ギルベルトも留守にすると知って歓喜から一転、絶望の淵に叩き落とされたオレグさんの、切なそうな表情が忘れられない。ついでに俺に向けられた、恨みがましい一瞥(いちべつ)も。


 ものすごく不本意ながら、オレグさんにとって俺は主君をたぶらかす佞臣──というより、息子を危ない遊びに誘う悪ガキを見るような目だったが──みたいな立ち位置なんだろう。


 いやもう勘弁してくれよ。俺だってこれ以上、土下座する相手を増やしたくないんだからさ。


 気の毒な忠臣のためにもギルベルトは早く返してやろうと、俺は「じゃ」と立ち上がった。


「行くか」

「ああ」


 同じく腰を上げたギルベルトが、ちらと俺の足を見る。


「本当に大丈夫なんだろうな」

「大丈夫だって」


 折れた左足は、とりあえず魔術で固定した。敵の本拠地に乗り込もうってときに、杖なんて突いていられないからな。


「ほら、なんともないだろ?」


 これみよがしに歩いてみせたが、ギルベルトの眉間の曇りはそのままだった。


「そんなことができるなら、なぜもっと早くやらなかったんだ?」

「疲れるからだよ」


 嘘ではない。足を固めるくらいの魔力は大したものではないが、それを続けるとなると話は違う。延々と泳ぎ続けているようなものだ。疲労はじりじりと、しかし確実にたまっていく。


 さらに言うなら危険でもある。人間の身体というのは、わりと繊細にできているのだ。無理に魔術で固めたところで長くはもたないし、後で変なところに歪みが出る。おそらく俺は、残りの人生ずっと片足を引きずって生きていくことになるのだろう。


 それでもいい、と俺は覚悟を決めていた。皆の無事と引き換えなら、足の一本くらい安いものだと。


「ノア」


 不意に腕をつかまれた。すばやく、まわりの目を引かない程度にさりげなく。


「無理をするなとは言わないが」


 低い声が耳をかすめる。


「これだけは忘れてくれるな。おまえの側には俺がいる」


 とん、と胸を突かれた気がした。顔を上げれば、真摯な色の瞳が間近にあった。


「……わかってるって」


 まったく、そういう不意打ちやめろよな。今のはちょっと格好いい……もとい、心強いとか思っちまっただろうが。

 

「おまえこそ気をつけろよ。本当に死んだら洒落にならないからな」

「心得た」


 短く応じて、ギルベルトは笑った。普段のすました皇帝面はほど遠い、まるで市井の悪童のように忌々しく、頼もしい顔で。



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