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第3話 それは最初に言ってくれ

 穴があったら入りたい。意味──穴があったら、そこに身を隠してしまいたいほど恥ずかしいこと。


 ──いや、ふざけんな。


 そんなんじゃ全然足りない。


 棺桶に詰めて釘打って鎖でぐるぐる巻きにして、底なし沼に放り込んでもらいたい。俺という存在を丸ごと消し去ってもらいたい。綺麗さっぱり、誰の記憶にも残らないよう……


「辛そうだな。ノア」


 特におまえの記憶からな! この能天気赤毛野郎!


「や、べつにどうってこと……」


 馬の背にゆられながら、俺は気の抜けた声を返した。


「すまないな。だが、もうじきだから、頑張ってくれ」


 なんであんたが謝ってんですかね。そして俺はどこに連れて行かれてんですかね……などなど、訊きたいことはいろいろあったが、もう何もかもが面倒くさくなった俺は、ぐったりとギルベルトの胸に頭を預けていた。


 さんざん泣いて、おかげで多少はすっきりして、だけど代わりに山脈ひとつ分ほどの後悔と羞恥に打ちひしがれていた俺を、この赤毛の騎士は抱き上げて馬に乗せた。「とにかくきちんとした手当てができるところ」へ連れて行ってくれるらしい。


 お尋ね者の身としては、正直ありがた迷惑以外の何物でもなかったが。


 並足で進む馬に少し遅れて、馬鹿犬バルトもついてくる。


 はっはっと舌を出しながらこちらを見上げてくる瞳は、素直な喜びにあふれていて、こういうところは馬鹿は馬鹿なりに可愛いと思ってやらんでもない。


「あー……ギルベルトさん」

「ギルでいい」


 そここだわるのな。はいはい、んじゃギルさん。


「ひとつお願いがあるんですが……」


 そう切り出すと、ギルベルトの緑の瞳がバルトみたいに輝いた。


 なんであんたらそんなに嬉しそうなの? 人生楽しそうでいいね。


「なんだ? なんでも言ってくれ」

「その、さっきのことは見なかったことしてくれるとありがたいんですけど。忘れてほしいというか……」

「それは無理だな」


 張っ倒すぞ、てめえ。なんでも言えっつっただろ!


「忘れようにも忘れられそうにない」


 ……ほーお、そんなに俺の無様な顔が気に入ったか。そうかそうか、なら仕方ないな。おまえの記憶、そのにやけ面ごと粉々に砕いて森の肥やしにしてやるよ。


 そう、なにも俺が穴に入る必要はない。こいつ一人をシメちまえば事足りるのだ。なにせ俺は極悪非道の魔王エリアス。人間一匹始末するくらい朝飯前……


「ノア」


 まあ、もう少し元気になったらな。今はちょっと無理っぽい。


 めまいに襲われてうつむいた俺の肩を、力強い腕が支えてくれる。


「大丈夫か。しっかりしろ」


 じつはあんまり大丈夫じゃない。さっきから折れた足がずきずき痛むし、泣きすぎて頭はぼうっとするし、なお悪いことに熱まで出てきやがった。


 こんなことならもっと治癒魔術を磨いておくんだった。そっちのほうが需要あるし感謝されるし、なんなら金も稼げるし。ええ、どうせ俺の力は破壊系ですよ。役に立たないどころか有害でどうもすみませんねえ。


 熱のせいか、ひがみっぽい思考におちいっていたときだった。俺の耳に「それ」が届いたのは。


 近づいてくる、複数の馬蹄の響き。


 ふりむくと、木々の間を駆けてくる騎馬の一隊が見えた。先頭の一騎が掲げる旗は白地に緋色の斜め縞。神聖騎士団の団旗だ。


 ああ、来やがった。俺の首を狩る猟犬どもが。魔王エリアスもここで終わりか。なんか、ずいぶんあっけない一生だったなあ。


「心配ない、ノア」


 俺が騎馬隊に怯えているとでも勘違いしたのか、肩にまわされた腕に力がこもる。ついでに外套が俺の頭にかけられた。俺を騎士団の目から隠すように。


「あれは神聖騎士団だ」


 知ってるよ。それよりあんたは自分の心配したほうがいいぜ。魔王を助けた罪に問われたりしないように、ちゃんと言い訳するんだぞ。自分はただの行き倒れを拾っただけですってな。


 そうこうしているうちに騎馬隊は俺たちのもとへたどり着いた。


 バルトがうなり声をあげる前で、やつらは一斉に馬から降りる。


「──陛下!」


 あー懐かしいな、それ。バラーシュも皆も最初はうやうやしく「陛下」呼びしてくれたっけ。すぐに「エリアス様」とか「エル公」とか「そこの魔王」とかになったけど……て、はい?


「ご無事でようございました。このあたりを魔王軍の残党がうろついているとの報がございまして」


 うん、それ俺な。残党というか親玉だけど……じゃなくて、この人たち何言ってんの? てか、なんでひざまずいてんの? もしかして魔王軍入団志願の方々ですか。まいったな、いまゲイルいなくて……


「ご苦労」


 頭の上から声が聞こえた。落ち着きはらった低い声。いかにも貫禄とか威厳みたいなものが滲み出ている深い声だ。


 俺もこんな声だったら、もうちょっとバラーシュに大事にしてもらえたのかな……って、


「え……」


 そこで俺は固まった。


 ぎくしゃくと首をめぐらせると、困ったような緑の瞳と目が合った。


「…………陛下?」

「すまん」


 耳を垂らした犬を思わせる表情で、ギルベルトは頭を下げた。


「あとで言おうと思っていたんだが」

「そっ……」


 そういうことは先に言え! と、いつもの俺だったら即座に怒鳴りつけていただろう。なんなら拳の二、三発もつけて。


 だけど悲しいかな、怪我やら熱やらもろもろで、俺の気力はもう限界だった。


 ぐらりと頭がゆれ、視界から色が失われる。


「ノア!?」


 慌てふためいたそいつの声が聞こえたところで、俺の意識はぶつりと途切れた。




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