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第19話 不可解な恐怖

 産毛が逆立つ。鳥肌が立つ。背筋が凍る。


 何でもいい。俺がやつを見た瞬間に受けた衝撃は、どんな言葉でも表せないだろうから。


「突然すまないねえ。どうしてもきみと話がしたかったものだから」


 へらへら笑いながら歩み寄ってくるそいつ──ハロルドを、俺は右手をあげて制した。


 それ以上、一歩でも近づいてみろ。ここがどこでも構わない。その金髪頭を吹き飛ばしてやる。


「俺に、なんで」


 片腕でエリックの肩を抱きながら、俺はハロルドをにらみつけた。


「なんでって、そりゃあ」


 ハロルドは芝居がかった仕草で両手をひろげた。


「きみがこの場でいちばん綺麗だからだよ。ぼくは綺麗なものには目がないんだ」


 ぺらぺらと、やつの口はなおも軽薄な台詞を吐き出していたが、その半分も俺の頭には届いていなかった。


 正直に言おう。俺は、やつが怖かった。


 俺がハロルドを見て真っ先に抱いた感情は、怒りでも憎しみでもない。得体の知れないものに対する、混じり気のない恐怖だ。


「ノア……」


 エリックが助けを求めるように俺を見上げる。


 かわいそうに。エリックは俺よりずっと辛いはずだ。なまじ目がいいだけに、やつの全身からにじみ出る、黒々とした波長のようなものを完全に捉えてしまっている。


 俺はエリックの肩にまわした腕に力をこめた。大丈夫だと言い聞かせるように。


「あいにくだけど、ハロルド」


 名を呼ぶと、やつは嬉しそうに口元をゆがめた。


 くそ、背筋がぞわぞわする。なんだってんだ。本当に、こいつは。


「俺は、おまえに話はない」

「ひどいなあ」


 満面の笑みを崩さないハロルドを、俺は細心の注意をもって観察した。


 輝く金の髪に青い瞳。年と背丈はギルベルトと同じくらいか。甘く整った顔立ちは、たいていの人間に好印象を与えるはずだ。


 実際、俺を取り囲んでいた令嬢たちは、皆うっとりした目でハロルドを眺めている。


 お嬢さんたち、あんたらは幸運だよ。こんなにも気味の悪い、首にからみつく蛇のような嫌らしさを感じなくて済んでいるのだから。


「ずいぶんお高くとまってるんだね。さすがは皇帝陛下のご愛人?」


 やめろ。二重の意味で気色悪い。


 こいつが消えないなら、こっちから離れるしかないか。


 できれば今すぐこいつの正体を暴いてやりたいところだが、ここはいったん退いたほうがいいだろう。なによりエリックが限界だ。


「エリック」


 俺は小声でエリックを促した。


「あっち行こう、な?」


 杖をついて俺も立ち上がると、人垣を割るようにして歩み寄ってくるギルベルトの姿が見えた。


 ああ、あいつの顔を見てほっとする日が来ようとはな。特にその赤毛、暗闇で見つけた炎みたいに心強いぜ。悪いけど、ここは任せていいか。俺はエリックを連れ出すから。


 ギルベルトに目配せをして、その場を立ち去ろうとした時だった。


「ええ、ちょっと待ってよ」


 やめろ馬鹿! と叫ぶ暇もなかった。


 一足飛びで距離を詰めてきたハロルドの、長い腕がエリックの肩に伸びる──


「──やだっ!」


 刹那、いろんなことが同時に起こった。


 絶叫したエリックの身体から、魔力が刃の形となって放出される。


 常人の目には見えないその波動を、俺はエリックを抱きしめて受け止める。


 ほぼ同時に、がしゃん! という大きな音が庭園に響き渡った。


「ああ、すまない」


 一瞬の静寂の後、最初に聞こえたのはギルベルトの声だった。


 落ち着き払った低い声に、会場の動揺がすうっと鎮まっていくのがわかる。


「よろけてしまった」


 ギルベルトの足元に、引き倒された卓と、そこに載っていたであろう酒やら料理やらが散乱していた。


「陛下、お怪我は」

「大事ない。それより早く片付けを」


 よくやったぜ、ギルベルト。瞬時の判断で卓を倒し、会場の注目を集めてくれたんだな。


 俺が肩の力を抜くと同時に、腕の中のエリックがわっと泣き出した。


「誰か、殿下を」


 俺が呼ばわるまでもなく、すぐさま侍従が進み出てエリックを引き取ってくれる。


 よし、こちらも大きな物音にびっくりして泣きじゃくる幼児、という図でどうにか説明がつきそうだ。あとは──


「……え」


 鼻の奥から、どろりとしたものが溢れてきた。とっさに顔を押さえた指の間から、赤いものがしたたる。

 

 嘘だろ。鼻血って……エリック、おまえすごいな。おまえの力を相殺したとき、俺のどっかが焼き切れたらしい。やだウチの子ったら天才……じゃなくて。


 ちょっとまずいな、この状況。ひどい目眩に頭が揺れる。倒れかけた体が宙に──宙に?


「ノア」


 耳元で低い声がした。力強い腕が俺の背中を、ひざをがっちりと支えている。


 なんだこれ。もしかして、俺いまギルベルトに抱きかかえられてる? 馬鹿、人前で何やってんだ。それより降ろせ。鼻血で服汚れるから!


「暴れるな」


 いや、おまえが降ろしてくれれば、すぐ大人しくなるからね!? あーだから頭を! 抱き寄せるな! その服めちゃくちゃ高いだろ。血の染みは落ちにくいからああああ!!

 

「しばし中座する」


 弱々しい俺の抵抗を抑えこみ、ギルベルトは大股で歩きだした。


 後に残された勇者ハロルドがどんな顔で俺たちを見送っていたのか、確認する余裕は俺にはなかった。




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