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第11話 石頭と岩頭

 客室に案内された俺は、一人になるなり寝台の上に転がった。


「つっかれた……」


 そう、とにかく疲れていた。体力的にというより、精神的に。できることなら今夜はこのまま寝てしまいたかったが、そういうわけにもいかないんだよな。


 よし、と俺は深く息を吸い、意識を飛ばした。遠く、遠く、俺の城があった地まで。


 遠見とおみと呼ばれる魔術の技だ。体はひとところに置いたまま、感覚だけを遠くに飛ばせる術。


 じつのところ、俺はこの術が得意ではない。というか、俺の力は破壊系に偏っているので、その他の細かい術全般が苦手なのだ。


 土木工事の際には役に立ちそうですね、とは、俺が力の加減を誤って執務室の壁をぶち抜いたときのバラーシュの感想だ。人生初の土下座も、あのとき経験した。


 意識が翔ける。風を追い抜き、夜を越えて。


 たどり着いた先は瓦礫の山。月明りのもと、黒々とした輪郭を横たえるのは、かつての魔王城。俺たちの家だ。


 誰か、と俺は呼びかけた。


 誰かいないか。戻ってきていないか。いたら(こた)えてくれ。返事をしてくれ。お願いだから、誰か──


「……ア」


 声が聞こえた。低い声が、耳元で──耳元?


「ノア!」


 ばちん! と術がはじけた衝撃のまま、俺は飛び起き、


 ──ゴンッ!


 目の前に火花が散った。


「……っ!」


 声にならない悲鳴をあげて、俺は頭を抱えてのたうち回った。


「……ノア」


 すぐ横で、同じく頭を抱えてうめいている男がいた。見事な赤毛をかきむしる指の間から、深い森の色の瞳がのぞく。


「てっめえ……」


 寝台に寝転がったまま、俺はギルベルトを怒鳴りつけた。


「何しやがる! 危ないだろうが!」

「すまない」


 額を押さえながら、ギルベルトは謝った。


「きみが、まるで凍りついたようで……心配で」


 ああ、遠見の術の間はそうなるんだよ。体は抜け殻、人形みたいに固まっちまう。魔術師の間では常識中の常識だけど、こいつは知らなくて当然か。


 俺が目を開けたまま寝ていたから、驚いて声をかけたんだろ。それで未熟な術が切れて俺が跳ね起き、はからずも互いに頭突きを食らわせたと。


「あのさ、次からは俺がこうなってても、そっとしておけよ? 絶対声かけたり、つついたりするな。下手すりゃ術が暴走して、おまえも巻き添え食うから」

「承知した」


 ギルベルトは神妙な顔でうなずいた。よほど痛かったのだろう。目尻に涙がにじんでいる。


「おまえ、結構な石頭だな」

「きみもなかなかだ。岩にぶつけたかと思ったぞ」


 互いの頭蓋骨の強度を称え合ってから、俺は「で?」とギルベルトに問いかけた。


「何しにきた」

「ご挨拶だな。愛人を訪ねてくるのは普通だろう」

「異常だ、馬鹿」


 とはいえ、いちおう「そういう」関係を演じている以上、ギルベルトの訪問はおかしくない。むしろ来ないほうが不自然だろう。本当に、心の底から忌々しいことに。


「傷の具合はどうだ」


 身を起こしたギルベルトは、俺の左足に目を落とした。


「特に変わりないけど」

「それは何より。義姉上あねうえとはどうだった? どんな話を?」

「あー……」


 俺の顔つきですべてを察したのだろう。ギルベルトの笑みが同情に曇る。


「迷惑をかけたようだな。あの方は他人の仲をとりもつのが趣味というか、生き甲斐なのだ。良かれと思ってのことだし、感謝されることも多いのだが、ときには被害者も……」


 うん、その最大の被害者がおまえだったと。老若男女のどれが一番きつかったか、俺が死ぬほど暇なときにでも教えてくれ。


「迷惑とかじゃないけどさ、なんで俺をあの人に預けたんだ? 他にいなかったのかよ」

「宮中で安心してきみを預けられるのは義姉上だけだ。他は信用できない」


 あっさり言い切ったギルベルトの顔には、気負いも悲壮感も何もなく、むしろそのことが事態の深刻さを表しているようだった。


「もしかしておまえ、けっこう敵が多かったりする?」

「少なくはないな」


 さようで。まあ権力の中枢にいるってのは、それだけで敵を作っちまうもんだよな。こいつの場合は、半分くらいは身から出た錆かもしれないけど。


「なら仕方ないとしても、そしたらやっぱりこの設定やめないか。いくらなんでも外聞が悪すぎるだろ。変な醜聞で足元すくわれでもしたらどうすんだよ」


 元皇妃が現皇帝の愛人の世話をするとか、もう風紀の乱れどころじゃない気がする。


「きみがそこまで言うなら検討しなくもないが」


 おお、希望の光よ。


「だがそうなると、義姉上の次なる標的はきみということになるな。経験者として言わせてもらうと、あの攻撃は非常にきつい」


 ぐぬう……退路なしか。


「では、このままということで」


 やけに嬉しそうな顔でギルベルトは結論づけた。


 さてはこいつ、俺をアデルの盾にする気だな。覚えとけよ。事が終わったら、おまえに「老×男」が当たるよう呪ってやるから!


「足りないものがあったら遠慮なく言ってくれ。ここにいる間、きみにはできる限り快適に過ごしてもらいたい」

「べつに、今のままで十分快適だから。アデルにも良くしてもらってるし」


 何気なく応じた俺だったが、なぜかギルベルトは顔をしかめる。

 え、なに。俺なんかまずいこと言った?


「アデルと呼んでいるのか」


 あ、悪い。ひとの姉ちゃん呼び捨てにして。アデル様、いやアデルハイド様、いっそ神様?


「私のことはいつまでもギルと呼んでくれないのに」


 ……はい?


 きょとんとする俺の前で、ギルベルトはふいと目をそらして赤毛をかきまわした。


 え、もしかして、拗ねてる? たかだか名前の呼び方で? 大の男が? 皇帝陛下が?


「……はっ」


 我慢できずに俺は吹き出した。


 おいおい勘弁してくれよ。その顔、トールを連れてきたときのフィルみたいじゃないか。ぼくだけじゃ不足ですか、なんて、口をとがらせるさまが可愛かったんだよなあ。


「きみが」


 まぶしいものでも前にしたときのように、ギルベルトは瞬きをした。


「笑ってくれたのは初めてだな」


 そうか? 俺けっこう笑ってるぜ。おもにおまえのいないところで。


「ノア」


 する、と頬に手が添えられた。


 顔をそむける間もなかった。頬をすべる指があごを持ち上げ、そのまま自然に唇が──


「──ぐっ」


 重なりかけたところで、俺はギルベルトに頭突きをかました。


「調子に乗んなよ、色男」


 つとめて冷静さを装ってはいたが、胸の鼓動がいつもよりうるさかったことは、まあ、認める。


 ちょっとだけ、本当にちびっとだけ危なかった。さっきの仕草、めちゃくちゃ手慣れてたし。あともうちょっと疲れてたら俺も流されてた……わけないか。


「……きみは、ひどい男だな」


 額を押さえて恨み言をもらす皇帝に、俺はせせら笑いを返した。


「何をいまさら」


 俺は極悪非道の魔王様だぜ?


 こちらもそれなりに痛む額をさすりながら、俺はとどめとばかりにギルベルを蹴り落とした。くぐもった悲鳴に少しだけ溜飲が下がる。


 床に転がる皇帝を放っておいて、俺はすうと息を吸った。さて、仲間探しの再開といきますか。


 乱れた呼吸を整え、俺は意識を飛ばした。深く濃い夜の向こうへ。





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