第二章:再会と芽生え(5)
週末、待ち合わせた駅前のバス停で、遥は明るい色のキャップをかぶって元気よく現れた。
「香菜ー! お待たせ! あ、登山用っぽい格好じゃん。似合ってる!」
「ありがと、遥ちゃんも……なんか、普段と違うね。ちゃんと準備してきたんだ」
「ふふん、見直したでしょ? 一応ネットで“初心者おすすめ登山コーデ”って検索してきたから!」
バスに乗っている間も、遥はテンションが高かった。車窓から見える緑を見て「うわ、もう夏っぽい感じだね」と写真を撮ったり、スマホで山の簡単な豆知識を調べては香菜に披露した。
「ねえ、リュックの中って何入れてる? 私、チョコとか入れたけど、あとで溶けちゃわないか心配で……」
「日陰なら大丈夫だと思うよ。私はおにぎりと水と、あと絆創膏」
「さっすが慣れてる〜。ちょっと頼りにしてるからね?」
登山道に入ると、遥は思ったよりも健脚で、香菜と並んで軽快に歩いた。
「最初はちょっと怖かったけど……意外と楽しいかも。こうやって、歩きながら話せるのっていいね」
「うん、空気もきれいだし」
「てかさ、最近クラスの男子が変にテンション高くてうざいんだけど! 昼休みとか、私の机の周りで勝手にサッカーボール蹴ってくるの、ほんとやめてほしい」
「わかる……そういうの、先生にも言いづらいしね」
「そうそう。あと最近、“箱庭ゲーム”にめっちゃハマってて、仮想の村作るのが超楽しいの。仕事してないのに農作物がめっちゃ取れるっていう矛盾が最高なんだよ」
「遥ちゃん、そういうの好きそう(笑)」
「香菜もやろうよ。村の名前とか一緒に考えよ? “かなはる村”とかさ」
そんな他愛ない会話を交わしながら、二人は緑の道を登っていった。山に来たはずなのに、日常よりもずっとリラックスして話せている自分たちに、ふたりとも少し驚いていた。
やがて山頂にたどり着くと、香菜と遥は景色の良い木材で組まれたベンチに腰を下ろした。澄んだ空と眼下に広がる街並みを眺めながら、しばらくは無言のまま風の音に耳を澄ませていた。
ふと、香菜が水筒を口に運びながらぽつりとつぶやく。
「……ねえ、遥ちゃん。前に言ってた“ちょっと話がある”ってやつ、今話してもいい?」
「え? もちろん! ずっと気になってたんだから、どんと来い」
香菜は少しだけ目線を伏せ、息を整えるようにゆっくりと話し出した。
「この前、家族で登った山で、ひとりで登ってた男の人に出会って……少しだけだけど話して。それだけのことだったんだけど……なんか、不思議と心に残ってて」
「ふむふむ、それで?」
「また会えるかもって、どこかで思ってた。でも、そんな偶然ってなかなかないじゃない? だから、今回はただ……またあのときみたいに気持ちよくなれたらいいなって思って登ってきたんだ」
遥は真面目な顔でうなずいた。
「なるほどね。たしかに、偶然の再会って漫画じゃあるけど、現実だとなかなかね。でも、そこまで印象に残ってるってことは、やっぱり何かあったんだろうね」
「うん、たぶん……。それが“恋”なのかどうかも、よくわかってない。でも、話してみたら、ちょっとすっきりした」
「それなら良かった! なんなら、またその人に会うために、これからも登山続けるってのもありじゃない?」
「……ふふ、そうだね。そういうのも、ちょっと素敵かも」
二人は笑い合い、持ってきた軽食を広げた。
香菜が広げたお弁当は、小さな二段のタッパーにおにぎりと卵焼き、きゅうりの漬物、プチトマトが色よく並んでいた。
「わ、めっちゃ彩りいいじゃん! しかもおにぎり、三角形が完璧。これ、手作り?」
「うん。昨日の夜に少し準備してたの。朝はバタバタしそうだったから」
「さっすが香菜。こういうとこほんと丁寧だよね。私なんか冷凍食品ばっかり詰めてきたよ」
遥が笑いながら差し出したのは、小ぶりなランチパックにウインナーと唐揚げ、枝豆ピックが刺さったシンプルな内容。
「でも、こういうのも美味しそう。唐揚げ、好き」
「でしょ? しかもこの唐揚げ、実は昨日の晩ご飯の残りをお母さんが『これ持ってきなさい』って押しつけてきたやつ」
「ふふっ、ありがたいね」
二人で「いただきます」と手を合わせると、静かな山頂にパキッとした声が溶けていった。
「……こうやって自然の中で食べると、なんでおにぎりってこんなに美味しいんだろ」
「それ、すごく分かる。お米の甘さがぜんぜん違う感じするよね」
「この空気の味付けだね、きっと」
そんなやり取りをしながら、ゆっくりと弁当を口に運ぶ。ときおり吹く風が髪を揺らし、空の青さがより一層まぶしく感じられた。
「ね、香菜」
「ん?」
「またこうやって山に登ろうね。たとえ例の彼と再会できなくても、こういう時間って、すごく好きだなって思った」
「……うん、私も。今日は遥ちゃんと一緒で、ほんとによかった」