第二章:再会と芽生え(4)
連休が終わってからの日常は、香菜にとってどこか灰色がかっていた。教室では相変わらず、グループの輪に入るのが苦手で、昼休みもほとんどを静かな図書室で過ごしていた。
遥とは放課後に少し話すこともあったが、それ以外の時間は、どこか透明な存在のように感じていた。
ある日、授業中ふと窓の外を見ると、青く澄んだ空と、遠くにうっすらと見える山の稜線が目に入った。
(また、行ってみたいな……)
そう思ったとき、胸の奥に静かな波紋が広がった。前に蒼真と出会ったあの山。その時の景色、そのときの気持ち──あれが、最近の中で一番心が軽くなれた瞬間だった。
次の日、香菜は放課後の帰り道、思い切って遥に話しかけた。
「ねえ、遥ちゃん……今度の土曜、山に登ってみようかなって思ってて」
「えっ? 山? どうしたの急に! 香菜、山ガールだったっけ? ていうか、前回の登山もお父さんに付き合ってただけじゃなかった?」
「う、うん……そうなんだけど……。なんか、また行ってみたいって思ったの」
「へぇ〜、珍しいね。前はけっこう『疲れた〜』とか言ってたのに」
「うん。でも、なんか……山の中にいると、自分のことを誰も見てないって感じがして、すごく楽だった」
香菜が曖昧に笑いながらそう呟くと、遥は興味深そうに身を乗り出してきた。
「もしかして、なにかあった? 山で出会ったとか、そういうロマンチックな……」
「ち、違うよっ! ……いや、違わないかもだけど、えっと……」
「なんか意味深なんだけど!? ねえねえ、それって誰かに会ったってこと? どんな人? どこの学校? 年上? 年下? どんな話したの? 名前は?」
「や、やめて、質問多すぎ! うーん……ちょっと話しにくい」
顔を赤くして手をぶんぶん振る香菜を見て、遥は楽しそうに笑った。
「じゃあ白状してもらおうか、香菜さん。当日までにちゃんとメモ用意してきてよ?」
「うぅ……それはそれで恥ずかしいな。でも……一緒に登ってくれたら、頂上で話すよ」
「おっ、なるほどね、ドラマチックに仕掛けてくるじゃん。気になるけど、わかった。頂上で話してくれるなら、私も付き合う!」
「ほんと? ありがとう、遥ちゃん」
「よし、じゃあ私は山用のオシャレコーデでも考えておくかな〜。香菜の恋バナ、楽しみにしてるからねっ」
こうして、香菜は遥と一緒に別の低山への登山を約束した。心の奥に引っかかっていた何かを、ようやく少しずつ動かすような決意だった。
その日の夜、香菜は夕食の席で両親に登山のことを話した。
「今度の土曜日、遥ちゃんと一緒に山に行こうと思ってて」
箸を動かしていた父が、ふと手を止めて顔を上げた。
「山に? 今度は家族じゃなくて友達と? ……どこに行くんだ?」
「高木山っていうところ。ネットで見たら、初心者でも行きやすいってあったし、電車とバスでアクセスも悪くないみたい」
母は心配そうに眉をひそめたが、父は少し考え込んだように腕を組み、そして穏やかな口調で言った。
「だったら、国見山のほうがいいかもしれないな。標高もそこまで高くないし、道も整備されてて歩きやすい。途中に休憩できるベンチや水場もあるし、何より眺めがいい」
「ほんと? じゃあ、そっちにしようかな……遥ちゃんにも相談してみる」
父はうなずきながら微笑んだ。
「無理しすぎるなよ。天気予報もちゃんと見ておけ。靴と水分はしっかりな」
「うん、ありがとうお父さん」
母も最後には「気をつけてね」と優しく言ってくれた。
香菜は胸の奥が少し温かくなるのを感じながら、ご飯をもう一口、ゆっくりと口に運んだ。