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第二章:再会と芽生え(8)

 電車を降りて帰路につく中、蒼真はひとり夜風の中を歩いていた。周囲は静かで、遠くで虫の音が響いているだけ。ふいに、電車の中で香菜と交わした言葉や表情が、頭の中にじんわりと浮かび上がってきた。

(今日、また会えたのは……偶然だけど、それでもうれしかった)

 登山の途中、ふとした拍子に思い出していた香菜の姿。それが、現実に再び目の前に現れて、しかもこうして連絡先まで交換できたこと。

(少しずつ……彼女のこと、意識してるのかもしれないな)

 そんな自分の気持ちに気づいた瞬間、どこかくすぐったいような、そして戸惑いも混じった感情が胸の中に残った。

 だが同時に、現実の自分の立場も、頭の片隅に冷静にあった。

(でも俺は……放任主義の親に甘えて、バイトして、好きで山に登ってるだけの受験生だ)

 将来の目標がぼんやりしたまま、ただ自分の“好き”に逃げているんじゃないかという不安。だからこそ、人との関係に踏み込むことに臆病になっている自分がいる。

 誰かに好意を持つこと、誰かと向き合うこと。それはきっと、いまの自分にはまだ早いのかもしれないと、そう感じてしまう。

 それでも──

 風が頬をなでていく中、蒼真は空を見上げて、小さく息を吐いた。

(もう少しだけ、ちゃんと自分を考えられるようになったら……。)

 言葉にならない想いを胸の奥にしまい込み、蒼真は足を止めることなく、家路へと歩を進めた。

 駅に着いたあと、電車で別れた蒼真の背中を見送りながら、香菜と遥はあらためて顔を見合わせた。

「なんか……すごい日だったね」

「ほんとだよ、まさかほんとに再会しちゃうとはね!」

 ふたりはそのまま駅前のショッピングモールへ足を運んだ。遥がずっと行きたがっていたアクセサリーショップは、小さなガラスケースが並ぶ可愛らしい店構えで、香菜も自然と笑顔になった。

「香菜、これ似合いそうじゃない? この小さい葉っぱのピアス」

「え、かわいい……! でもピアス開けてないんだ」

「あ、じゃあイヤリングバージョンもあったよ! ほら、これ!」

「ほんとだ……こっちならつけられるかも」

 ふたりで鏡の前に並び、耳元に合わせてはあれこれと楽しそうに選び合う。香菜の頬には、ほんのり紅がさしていた。

「なんかさ、こういうのも久しぶりだね。放課後にこうやって一緒にショッピングするの」

「うん……なんか学生って感じする」

 買い物を終えたあとは、話題のパンケーキカフェへ。平たいお皿にふわふわのパンケーキが三段重ねられ、その上にたっぷりのホイップとフルーツが盛り付けられていた。

「やば……写真撮るしかないでしょこれは」

「うん、でも早く食べたい(笑)」夕飯前だが登山とショッピングで疲れている二人は眼の前の糖分の誘惑には当然太刀打ちできなかった。

 スマホで何枚か写真を撮ったあと、甘い香りに包まれながらふたりは母親の顔と夕飯という言葉を心の奥底へ追いやりナイフとフォークを手にパンケーキを頬張った。

「しあわせすぎる……! 今日、最高だね」

「うん……今日はほんとに、いい日だった」

 パンケーキの甘さと、胸の奥に残る温かな偶然。それらが香菜の心に、静かに広がっていた。

 遥は香菜の様子をじっと見つめ、ふとニヤッと笑みを浮かべた。

「ねぇ香菜さ……さっきからちょっとぼーっとしてない? もしかして、春川くんのこと考えてたりして?」

「なっ……ち、ちがっ……!」

 言いかけて、すぐに言葉が詰まった香菜の顔が、パンケーキよりもずっと甘く赤らんでいくのを見て、遥は肩を揺らして笑った。

「うわ〜、図星だった? てかあのタイミングで連絡先交換とか、もう少女漫画すぎるでしょ〜!」

「も、もう……やめてよ遥ちゃんっ!」

 両手で顔を覆ってうつむく香菜の姿を見て、遥は心の中で(ほんと、かわいいなぁ)とつぶやいた。こういう香菜を見られるのは、親友である自分の特権だと、なんだか誇らしい気持ちにすらなっていた。

 その後もしばらくふたりは甘いスイーツと甘い話題に包まれながら、ゆっくりと時間を過ごした。店を出る頃には、空はほんのりと茜色に染まり始めていた。

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