第一章:出会いの山道(1)
同じ道を歩いてきたからこそ、見える風景がある。
心の中の“みどりの道しるべ”をたどりながら、ふたりはそれぞれの未来に向けて、ゆっくりと足を進めていく。
そんな二人の物語を書いていければと思っています。
ゴールデンウィーク真っ只中。街中ではショッピングモールや観光地に向かう人々で賑わいを見せていたが、春川蒼真はそんな喧騒から少し離れた場所にいた。
高校三年生になったばかりの蒼真は、自宅のある駅前のロータリーから出る始発のバスに揺られ、一時間半。バスを降りると、そこには澄んだ空気と、新緑の匂いが漂う登山道の入り口が広がっていた。空は雲ひとつなく澄み渡り、木々の葉がやわらかく風に揺れている。
朝7時半。五月の陽射しは心地よく、風も穏やか。これ以上ない登山日和だった。街では人混みに揉まれているだろう人々をよそに、蒼真は自然とともにある時間を選んだ。
蒼真はザックを背負い直し、一歩を踏み出した。足元にはトレッキングシューズ、長袖のシャツと軽量のウィンドブレーカー。すべて、アルバイト代を少しずつ貯めて揃えたお気に入りの装備だった。
高校に入ってから、彼は毎月1回の登山を自分のルールにしていた。きっかけは、父親の古い登山雑誌だった。押し入れの奥で偶然見つけたその雑誌には、信じられないような青空と山々の写真が載っていて、心を奪われた。雑誌を開いた瞬間、「ここに行きたい」と素直に思った。その衝動が今の自分を形づくっている。
アルバイトは週に三回、放課後と土日に駅前の喫茶店で働いている。接客から簡単なドリンクづくりまで任されており、常連の年配客からは顔を覚えられていた。店長も気さくで優しく、先輩スタッフとも関係は良好。まるでちょっとした居場所のように感じられる空間だった。特に先輩の志保さんは、兄や姉のような存在で、進路や人間関係の相談にもよく乗ってくれる。
その喫茶店で働きながら少しずつ貯めたお金で、登山靴やザック、レインウェアなどを揃えた。学校では目立つタイプではないが、自分の中に確かな目標があることが、蒼真にとって静かな自信となっていた。
今回選んだのは、県境にある中級者向けの山。標高はそれほど高くないが、登りごたえがあり、途中にいくつかのビュースポットもある。何より、今の時期は新緑が美しく、空気が澄んでいる。
蒼真は登山道の入り口で一度深呼吸をしてから、ゆっくりと登り始めた。頭の中では、このルートの地図と過去の記録が自然と浮かんでくる。彼にとって山登りは、身体を動かすだけでなく、心を整える儀式のようなものだった。
足音と風の音、鳥のさえずり。静けさの中に、自然の音がリズムのように響く。そんな環境に身を置いていると、学校での些細なストレスや、人付き合いの悩みがすっと薄れていくようだった。