表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬の童話祭2025

ロンドンの兄妹

作者: 六福亭

 

 むかしむかし、イギリスのある村に、両親を亡くしたばかりの小さな兄妹がいました。2人ぼっちの兄妹は、家にあった食べ物がすっかりなくなると、村を出てロンドンに向かいました。ロンドンにはお金持ちの伯父さんがいて、何不自由ないくらしをしていたからです。

 

 ところが、その伯父さんは冷たく、ケチな人でした。はるばる遠くからやってきた甥っ子と姪っ子にパン1つさえくれず、立派なお屋敷から追い出そうとしました。

「なまけ者の、ごくつぶしの小僧どもをいそうろうさせたら、わしの商売にも傷がつくわい」

 そう言った伯父さんでしたが、お腹がすいてやせこけた妹を抱えて外へ出ていく兄を見て、ちょっとだけ考え直しました。

「この小僧どもを見捨てて、道ばたで飢え死にでもされたら、悪い評判がたつかもしれん」

 そして、兄を下男として、妹は女中として働かせることにしました。

 

 兄は毎日、重い荷物を運んだり、料理番の手伝いをして朝早くから夜遅くまでへとへとになるまで働きました。妹は、伯父の娘の身の回りの世話や、屋敷の掃除をしています。伯父の娘は意地悪で、ささいなことで妹を呼び出してはいじめました。その上、妹の掃除がようやく終わった後で、わざとおやつの皿をひっくり返しては妹を呼びつけるのです。

 こんなに辛い思いをして働いても、2人にお給料はもらせませんでした。お屋敷に住まわせてやっているだけでもありがたく思えと言うのです。けれど、1日に兄妹が食べさせてもらえるのは、薄い麦のおかゆ一杯っきりでした。


 ある日、妹が客間の掃除をしていると、伯父の娘が大騒ぎしながら飛び込んできました。

「ちょっと! あんた、早く鳥かごを出すのよ!」

 娘は、両手で何かをしっかり握っているようでした。

「早く早く! せっかく捕まえたのに、逃げちまうわ! この、ぐずったら!」

 娘の金切り声を聞きつけて、台所でスープを作っていた料理番が駆けつけました。彼女が持ってきた銀の鍋を逆さにして、娘はその中に何かを入れます。

「お嬢様、一体何を捕まえたんでございますか?」

 主人の娘は、うっとりと答えました。

「青い羽の、小さな妖精よ。お茶会の席で見つけたの」

 銀の鍋からは、何かが体当たりをしているような軽い音が聞こえてきました。娘は、鍋を叩いては、中から音が返ってくるのを楽しんでいます。それを見て、妹は妖精をかわいそうに思いました。

 料理番が、また尋ねます。

「お嬢様、妖精を捕まえて、どうするんでございますか?」

「もちろん飼うのよ。それで、いつか嫁ぐ旦那様への持参金にするつもりよ」

 娘は、帰ってきた両親や友達にもそう自慢しました。けれど、いとこの兄妹には鍋に指1本触らせませんでした。

 

 それから何日も経って、妹は、妖精がえさを食べないと女中たちがうわさしているのを聞きました。妖精はあれから、金の鳥かごに入れられて、小鳥のえさを与えられていましたが、日に日に弱っていくようでした。

 妹は、娘の部屋を掃除する時に、妖精の様子を見ようと思って、鳥かごをのぞきました。青いきれいな羽の妖精は、小さなまぶたを閉じて、ぐったりとしきわらの上で眠っているようです。妹がそっと呼びかけても、目を開けません。

「こんな鳥かごの中で……きゅうくつだろうな」

 妹は、鳥かごの鍵を外し、開けてやりました。すると妖精はぱっと目を開けて羽を広げ、鳥かごから飛び出しました。

「あっ!」

 おどろく妹の目の前で、妖精はふわふわと飛んで、開いていた窓から外に出て行ってしまいました。

 妹の声を聞きつけた兄が部屋に入ってきて、空っぽの鳥かごと、うろたえている妹を見ました。

「なんてことをしてしまったんだ。ご主人様は、僕たちをきっと殺すぞ」

 妹は泣き出してしまいました。

「だって、妖精がぐったりしていたんだもの……まさか、あんなに素早く逃げちゃうとは思わなくて……」

「こうなったら、妖精を追いかけて、僕らも逃げだそう」

 兄は妹の手をにぎり、村からもってきた両親の形見だけを持って、屋敷を飛び出しました。

 


 けれど、2人には行くあてもないのです。

 しばらくロンドンの広い道を歩いていましたが、やがてお腹が空いた2人は道ばたに座り込みました。朝から何も食べていないのです。その上、季節は冬で、薄いぼろ着だけの2人は今にも凍えそうでした。

 

 ぴったりとくっつき合ってぼんやりと空を眺めていた兄妹は、真っ青な小鳥が頭の上をぐるぐると飛び回っていることに気がつきました。

 小鳥はしきりに鳴きながら、ある方向へ飛んでいきました。兄妹は行くあてもないので、ついていくことにしました。

 小鳥は、1軒の仕立屋の看板にとまりました。店の中をのぞくと、優しそうな男の人がたった1人で忙しそうに働いていました。小鳥がまたうるさく鳴くので、兄は仕立屋の扉を叩きました。

 中から出てきた男の人は、小さな2人の子どもが立っているのを見て、大声で叫びました。

「助かった。ちょうど、誰かに手伝ってほしいところだったんだ。中に入ってくれ」

 兄妹が中に入ると、店の中にはたくさんの布がありました。

 仕立屋は困ったようすで言いました。

「明後日までに、同じ形のワンピースを10着も仕立てなくちゃならないんだ。お礼は必ずするから、手伝っておくれ」

 仕立屋は、お腹が空いて倒れそうな兄妹に、まずあたたかいスープとパンをくれました。食べ終わった兄妹は、型紙どおりに布を切ったり、縫い合わせたりして仕立屋を助けます。

丸2日、休まずに3人で働いて、全部のワンピースが出来上がりました。仕立屋はほっとして、兄妹にお礼を言いました。

「ありがとう、本当に助かったよ。君たちはまだ幼いのに、大した働きっぷりだった。お礼をしなくちゃなるまいね」

 仕立屋は、兄妹に2着ずつ、立派な服を作ってくれました。あったかい服と、よそゆきの服と。

 それから、仕立屋は言いました。

「どうだね、これからもうちの店で働いてくれないか」

 けれども、兄は断りました。ロンドンにいる、伯父さんや娘に見つかるのが怖かったのです。

「僕たち、ロンドンの外で旅をして、世間を見て回りたいと思います」

 仕立屋は食べ物やふかふかの外套をくれ、こころよく兄妹を送り出してくれました。


 兄妹はロンドンを出て、丘を越え、山を登り、谷を渡りました。いろいろな人に出会い、いろいろな仕事を手伝いました。ロンドンや生まれた村以外にも、世界ははてしなく広がっていました。

 行く先々で、兄妹はあの青い小鳥を見かけました。小鳥が飛ぶ方向には、いつも優しい人の家があり、兄妹に働き口や食べ物を分けてくれるのでした。

 


 何年も旅を続けた末に、2人は人里離れたところに建つ古い城にたどり着きました。

 そこの城の主は、残忍でわがままな悪魔でした。悪魔は城の周りの民をいじめ、作物をとれなくしたり、家畜に病をはやらせることを何よりの楽しみにしていました。そうともしらず、2人は城の扉を叩きました。

 2人を中に入れた悪魔は、また獲物が飛び込んできたと内心ほくそ笑みながらも、2人をあたたかく歓迎するふりをしました。テーブルいっぱいのごちそうでもてなされ、兄妹は喜びました。

 悪魔は、にこにこしながら2人に言いました。

「2人とも、とても良い子で、賢そうだ。どうかね、わたしの後をついで、この城の主になってくれないか?」

 兄妹がおどろいていると、悪魔は続けて言いました。

「ただし、わたしが出すなぞをとくことができたら、だ」

「もし、なぞをとくことができなかったら?」

 妹がたずねると、悪魔は鋭い歯をむき出して答えました。

「その時は、お前たちの魂をもらうとしよう!」

 兄妹は、やっと目の前の優しそうな紳士が悪魔であることに気がつきました。悪魔は「どうするね?」と何度も聞きます。とうとう兄が答えました。

「やります」

 妹は怖がり慌てましたが、1度口にしてしまったことを取り消すことはできません。


 夕食が終わった後で、悪魔は兄妹を前にして、こう告げました。

「なぞをとく時間を、夜中まであげよう。いいか、お前たちがとくなぞは……誰にも消すことができない炎をわたしに見せることだ!」

 悪魔がどこかに行ってしまった後で、兄妹はああでもない、こうでもないと話しました。兄が、炎を見せるのならマッチがあればいいと言うと、妹はすかさず水をかければ消えてしまうじゃないのとやり返しました。では油や脂をまぜればいいと思いつきましたが、そんなものは、城のどこを探しても見つかりませんでした。

 真夜中まであともう少しというところで、兄妹はへとへとになってしまいました。

「誰にも消せない炎だなんて……」

 兄ががっくりとつぶやきます。このなぞは難しすぎるのです。あと少しで、兄妹の魂は悪魔のものとなってしまいます。

「まるで太陽みたいな炎ね」

 妹が言いました。兄がはっとします。

「そうだ、太陽だ! 太陽をあの人に見せればいいんだ!」

「だけど、今は真夜中よ! どうやって太陽を見せればいいの?」

 兄妹はうなだれました。悪魔はわざと、期限は夜中までだと言ったのにちがいありません。

「そうだわ、太陽の絵を描くのはどうかしら」

 2人は慌てて紙と絵の具を探してきました。そして白い紙にたくさん、太陽の絵を描きました」

「真夜中まで、あと少しね」

 太陽の絵をにぎりしめて、妹がつぶやきました。兄もどきどきしています。絵を見て、悪魔はよしと言ってくれるでしょうか。2人の答えはまちがっていないでしょうか。 

 どこからともなく、優しい声が聞こえてきました。

「2人とも、消えない炎は太陽だけではありませんよ」

 見ると、窓にあの青い小鳥がとまっていました。小鳥は妹の肩に飛んできて、さえずります。

「知恵を出し合って、よく頑張りましたね。だけど、もう一息、頭を働かせてみて。太陽の他に消えない炎があるとしたら?」

 妹が叫びます。

「星だわ!」

「お見事。さあ、もうすぐ真夜中ですよ」

 と小鳥が言い終わるが早いか、悪魔が意気揚々と2人のもとにやってきました。

「さあ子どもたち、消えない炎は用意できたかね?」

 兄妹は顔を見合わせ、カーテンを引きました。

「外を見てください。あの高い夜空に輝く星が、消えない炎です!」

 悪魔はにやりと笑いました。

「見事な答えだ。だが、今夜は曇り空だぞ。消えない炎など1つも見えないはずだ!」

 そう言って悪魔は窓から身を乗り出し、あっとおどろきました。

 夜空には雲なんて1つもなく、星が数え切れないほどまたたいていました。小鳥が、空を覆い隠す重たい雲を吹き払ってくれたのです。

 悪魔は怒りのうなり声を上げて窓から飛び出し、そのまま二度と戻ってきませんでした。


 残された兄妹は、青い小鳥と一緒に城の中を隅々まで見て回りました。いくつもに部屋を埋め尽くすほどの財宝が隠されていました。地下に降りると、たくさんの人が囚われていました。

 新しい城の主となった兄妹は、囚われていた人たちをみんな解き放ち、宝を近くに住む人々に分けました。そして、成長した兄はかつて悪魔に囚われた美しい貴婦人と、妹は悪魔に挑んで石像にされた勇敢な騎士と結婚し、みんなで幸せにくらしました。

 おしまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
幼い兄妹ながらいろんな経験をしましたね。悪魔に立ち向かった勇気をずっと大事にして欲しいです╰(*´︶`*)╯♡
2025/02/01 13:44 退会済み
管理
よくできたストーリーで、子供に読み聞かせたら真剣に聞いてくれると思います。 懐かしい古典の匂いがしました。
上質な童話でした! 城にまでたどりつくまでも面白く、最後の悪魔との対決も良かったです。 重すぎず、拝読した後古き良き昔話を読んだような満足感に満たされています。 読ませていただき、ありがとうございまし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ