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第八章 旅の始まり

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 アストラは、ロウェンの提案を聞いた時、まるで航路を失った船が、遠くに灯台を見つけたかのように感じた。冒険者派遣組合の組合長ゲルドの抑圧的な態度、そして街全体の治癒魔法への盲信が、アストラの思考を無駄に消耗させていた。論理的に考えれば、彼らの依存する治癒魔法はただの応急処置に過ぎない。外傷や感染症に対して一時的な回復をもたらすが、その根本的な病因には手を出さない。それどころか、魔法が人体を時間的に巻き戻すことで、病原体を生存させ続け、自己再生機能をむしろ妨げる結果となっている。しかし、この事実を伝えることは、治癒魔法を神聖視している人々には火に水を注ぐような無意味さしかもたらさなかった。


 ロウェンの誘い――海に国境の半分が面した、ネレウムと呼ばれる国のことだった――は彼女にとって理想的な次の目的地となる可能性があった。ネレウムに治癒魔法では治せない海の呪いが存在し、それをアストラにみて欲しいという。この機会は、アストラが治癒魔法の本質に迫る絶好の機会だった。


 その夜、彼女は荷物をまとめた。持っていくものは最小限。カバン一つに、わずかな道具、そして師匠。元々、宇宙船内に備蓄されていた携帯品はほぼ破損していたし、この世界の生態系や旅に必要なものもまだ十分には理解していない。だが、旅慣れたロウェンが彼女にこの世界での旅を教えてくれるという。


 ロウェンは呪いを診断する前金として旅の必要品を用意してくれると申し出てくれた。ありがたく、身一つにカバン一つを持って、彼の旅に同行することになった。


 馬のような生き物の背に揺られ、草原と岩が点在する平地を進む間、アストラは師匠を使って、これまでのデータを整理していた。この世界には、人間だけでなく、小人や獣人、エルフ、ドワーフなど、様々な知的生命体が存在することは街の人やロウェンから聞かされていたが、ロウェンが師匠を見て、「何らかの知らない種族だと思っていた」という発言には、アストラは小さな微笑を浮かべた。


 ロウェンが説明する、世界樹の杖が世界中に冒険者派遣組合を通じて供給されているという事実も、彼女にとって興味深かった。杖が独占されないように、世界樹自体がトラブル時には供給を制限しているという話は、彼女の元の世界で見られる自然界の自律的な調整機構に似ていた。彼女は興味を持ってその機構を聞いたが、ロウェンはわからない、と言った。


 ロウェンがふと質問を投げかけてきた。


「君はどうして治癒魔法が効かない状態、いわゆる呪いと呼ばれるようなものに、そんなにこだわるんだい?」


 アストラは一瞬、言葉に詰まった。彼の問いは、単なる興味本位ではなく、鋭く彼女の内心を突き刺すようなものであった。彼の推測は正しかった。アストラの興味は単純に「苦しむ人を救う」という使命感だけではない。むしろ、彼女は魔法の特異点に惹かれていた。治癒魔法が限界を見せるその瞬間に、世界の根底に隠された規則性が見える気がしていたのだ。


「たしかに、単に人を助けたいだけではないかもしれない。」アストラは思索の果てに、正直に答えた。「私は治癒魔法のメカニズムを理解したい。なぜ治癒魔法では解決できないのかを探ることで、それを知りたい。もしそれがわかれば、単なる医療の枠を超えて、この世界の基盤そのものを解き明かす鍵になるかもしれない。」


 彼女の頭には、再びラナの赤ん坊カイの笑顔が浮かんだ。その笑顔が、彼女にとって確かな意味を持っていることも否定できなかった。彼女が自分の方法で誰かを救った時、その一瞬の満足感は本物だった。

「でも、同時に、人を助けたいという気持ちも確かにある。どちらも本当だよ。」と、彼女は軽く答えた。


 ロウェンは「フーン」とだけ言って、沈黙した。


 彼らはしばらく馬を進め、ネレウムに向かって進んだ。その道の先には、さらなる未知が広がっているが、アストラの心は冷静だった。

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