第四章 人間の国-三
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助産院の入り口から一人の助産師が駆け寄ってきた。彼女はふくよかな体つきで、強い意志を感じさせる目をしていた。名はマリナ。アストラは、何度も悪阻の妊婦を治療するうちに顔馴染みになった彼女に、いきなり腕を掴まれた。「あんた、すぐ来ておくれ!」マリナの声は切迫していた。アストラは一瞬面食らったが、その状況が緊急であることはすぐに理解した。
助産院に引き込まれると、ベッドの上で苦しむ女性が目に入った。彼女の肌には鱗が浮かび、瞳孔は縦に細長く、爬虫類のような外見だった。「彼女は蜥蜴の獣人だよ。卵詰まりを起こしているんだ」とマリナが説明した。「治癒魔法を使ったけれど、さらに悪化するばかりで……卵に呪われてるんだ。あんた、何とかできないか?」
この世界には人間以外の知的生命体がいるのか……そして卵詰まり?医師としてのアストラの目は瞬時に女性の状態を分析し始めた。頻呼吸、発熱、そして苦悶様表情。おそらく爬虫類に類似する生態を持つ生命体である彼女は、産卵時に卵が産道で詰まり、炎症が進行しているのだろう。アストラはすぐに師匠に呼びかけて確認をする。「師匠、卵詰まりって?」彼の解析が彼女の視界に展開される。卵詰まり――鳥類や爬虫類で見られる症状で、卵が産道に詰まり出産ができない状態だ。もし放置すれば、卵管の破裂や感染症による命の危険がある。
「なるほど、ここでも治癒魔法が効かない症例ね」アストラは自らに語りかけた。この世界で見た悪阻に続き、また一つ、治癒魔法の限界に直面していた。彼女の知識は主に人間の生理に基づいていたが、ここでは異なる生態系――爬虫類型の生命体に応用する必要がある。
まず、水魔法と土魔法を使い、生理的に適切な補液を作り出し点滴を施す。患者の頻呼吸は徐々に和らいでいった。次に、アストラは水魔法を応用して空気中から純酸素を生成し、女性の口腔に直接送り込む。酸素供給量が増加することで、彼女の呼吸はさらに安定し始めた。
だが、最大の問題は卵そのものだった。卵が産道を塞ぎ、出産が不可能な状態にあるのだろう。師匠の計算に基づいて、アストラは風魔法で超音波を発生させ、体外から卵の正確な位置とサイズをモニタリングする。師匠の解析を経て彼女の視界に浮かび上がった解析結果は、卵がかなり大きく、産道を完全に塞いでいることを示していた。そして妊婦は衰弱し、適切な腹圧をかけられていない。
「局所的な圧力をかけて、少しずつ卵を前進させるしかないわね」アストラは自らの決断を確認するように呟いた。師匠の計算結果に基づき、風魔法で慎重に産道に圧力を加え、卵を少しずつ前進させる。患者は痛みによって顔を歪め、呼吸が乱れたが、アストラは圧力を微調整し、慎重に操作を続けた。
「もう少しよ……」彼女は自分に言い聞かせるように呟きながら作業を進めた。その瞬間、ポンという音が響き、卵が無事に産道を抜け出した。女性は深い安堵の息をつき、苦痛から解放された表情を浮かべた。
アストラは素早く処置を終えると、ふと天井を見上げた。再び、彼女はこの世界の治癒魔法が万能でないことに思いを馳せた。なぜ、卵詰まりに対する卵の排出が治癒魔法の範囲外にあるのか、という謎と、さらには治癒魔法とは何かというより大きな謎。彼女の前に大きく立ちはだかるものだった。
「失った水分のように、新しい生命である卵は、自己の一部として認識されていないのかもしれない」彼女は思索に沈んだ。この症例に治癒魔法が作用しない理由、それは自己と非自己の認識に関わるのではないか?アストラは、人間の免疫系が自己と非自己をどのように識別するかについての知識を持っていた。MHCという個人を識別するタグのようなタンパク質の提示。感染症や癌、さらには自己免疫疾患――それらの病気はすべて、身体が自らをどのように認識するかに深く関連している。
「治癒魔法も、何らかの自己非自己の認識の原則があるのかもしれない……」この新たな仮説が彼女の脳裏に浮かび上がり、それは非常に興味深く、研究価値のあるものであった。しかし、この仮説を立証するためには、さらなる症例の観察と研究が必要だった。
翌朝、アストラは冒険者派遣組合を辞める手続きを済ませ、新たな計画を実行に移した。町中に掲示を出し、「治癒魔法が効かない症例を治療します。適切な報酬をお支払いください」と記した。これで彼女は、より多くの症例を観察し、治癒魔法の限界とその背後にある法則を解明することができるだろう。
もしかすると、この世界の未知は、彼女の科学的な理解を完全に超えたものである可能性もあった。だが、それがアストラにとっての恐怖ではなく、強い好奇心を刺激する要因となっていた。彼女はその探求の先に、新たな発見と科学的理解が待っていると信じていた。
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最終診断:卵詰まり
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function oxygen_delivery(target, purity_percentage, volume_liters_per_minute, duration_minutes) {
oxygen_source = extract_components("O2", purity_percentage);
administer_gas(oxygen_source, volume_liters_per_minute, duration_minutes);
}
function ultrasound_imaging(frequency_mhz, power_watts, tissue_density) {
// frequency_mhz: 使用する超音波の周波数 (MHz)
// power_watts: 超音波の出力 (W)
// tissue_density: スキャン対象の組織密度 (g//cm³)
ultrasound_wave = generate_wave("wind", frequency_mhz, power_watts);
tissue_interaction = analyze_wave_reflection(ultrasound_wave, tissue_density);
師匠.process(tissue_interaction, "egg_position", "visualization");
}
function pressure_assist(expulsion_force_newtons, position_cm, egg_diameter_cm) {
// expulsion_force_newtons: 圧力による押し出し力 (N)
// position_cm: 卵の位置 (cm)
// egg_diameter_cm: 卵の直径 (cm)
target_position = locate_object("egg", position_cm, egg_diameter_cm);
apply_pressure("wind", expulsion_force_newtons, target_position);
}
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