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第二十一章 空飛ぶ鯨の街-一

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 アストラは内陸の小さな国に到着すると、すぐにその地の名産であり、彼女の好物でもある大きな蟹の料理を食することにした。秋の特産だというその蟹は、肉厚でジューシーで、食べるごとに旨味が口に広がる。アストラは目を細め、しばしその味を楽しんだ。しかし、同時に疑問が浮かんだ。どうして海から遠く離れた内陸の国で、これほど大きな甲殻類が特産になるのか?


 興味を抑えきれず、彼女は店の店員に問いかけた。「この蟹はどこで取れるんですか?内陸でこれほど立派な蟹が取れるのは不思議ですね。」


 店員は少し笑ってから答える。「これは、この時期に空を飛んでやってくる鯨から取れるんですよ。この鯨蟹は、鯨の体に付着している蟹で、この国では秋の恒例行事です。」


 アストラの興味はますます深まる。「空飛ぶ鯨ですか…。見てみたいものです。」


「それでしたら、あの山々の盆地の街で見られます。ちょうどこの時期は紅葉も美しく観光にも最適ですし、鯨蟹の収穫も見られるでしょう。」店員の言葉に、アストラは即座に観光地の名前を聞き、そこへ向かうことに決めた。



 盆地に向かう山道を歩きながら、アストラと師匠はその話について論じ始める。「空を飛ぶような巨体の鯨が存在するというのは、構造的にどう説明できる?」アストラは雑談を行う。


「理論上、地球の重力では鯨のような巨体が飛行するのはまず不可能だ。だが、もしこの惑星の大気組成や重力が異なるのであれば、浮力を持つ生物の存在も考えられる。あるいは、鯨自体が魔法的な浮力を利用している可能性もあるな。」師匠は冷静に応える。


 アストラは頷きながら、紅葉に彩られた山道を進む。その先に、巨大な鯨の姿が盆地全体に横たわるように見えた。鯨の巨体は想像を超えるほどの大きさで、遠目にはまるで山脈の一部のようにも見えた。



 盆地に降り立つと、そこはまさに鯨蟹漁の街だった。遠くから見ると鯨の体の白斑と思われた部分は、実際には鯨蟹の群れであり、漁師たちがその蟹を次々と収穫している光景が広がっていた。


「鯨と鯨蟹は共生関係にあるとされていますが、蟹が増えすぎると鯨にとっては負担になるのです。蟹が隆起して空気抵抗が増え、鯨が飛べなくなってしまうのです。そのため、人々は収穫を行っているのです。」近くの観光ガイドが観光客に説明している声が聞こえ、アストラは一瞬、聞き耳を立てた。


 その説明を聞きながら、アストラの頭の中には別の疑問が浮かんだ。人類の腸内細菌叢と治癒魔法の関係だ。人間の腸内には膨大な数の細菌が共生しており、その多くは病原体ではない。それどころか、健康に寄与しているが、これらの微生物はどのように治癒魔法に認識されているのだろう?この鯨と鯨蟹の関係と、治癒魔法による自己と非自己の識別は、どこか共通しているのではないか。


 アストラは観光客に紛れ、観光ガイドに質問を投げかける。「鯨蟹は鯨にとって負担になることもあるのですよね?それなら、治癒魔法で鯨蟹を取り除くことはできないのですか?」


 ガイドはにこやかに答えた。「確かに、そういう見方もあるかもしれませんが、実は治癒魔法では鯨蟹は一匹も取り除けないんです。不思議ですよね。それに、私たちの国の特産品ですから、そんなことをしてしまったらもったいないです!」


 アストラは考え込んだ。治癒魔法は鯨蟹を除去できないという事実。共生関係の中で、治癒魔法はこの蟹を病原体として認識していないのだろうか。あるいは、蟹が自己非自己機構をハックしている可能性もあるが、治癒魔法が共生関係を保護するように作用しているのかもしれない。この理論を確かめるためには、別の宿主に蟹を寄生させた場合にも同じ結果が得られるかを調べる必要がある。もし蟹が除去されるのであれば、この鯨と蟹の関係が特別なのだ。


「腸内細菌も似たようなものかもしれない。」アストラは独り言のように呟く。人間の腸内環境と鯨蟹の共生関係の類似性に、彼女の科学的好奇心は一層かき立てられた。



 その後、アストラは漁師から収穫したばかりの新鮮な鯨蟹を購入し、その味を再び堪能した。そして、鯨と鯨蟹、人間と腸内細菌――生物同士の共生関係、そしてそれに対する治癒魔法の作用について思いを馳せた。まだ解明されていない謎は多いが、アストラは新たな研究のテーマを見出していた。


 彼女の旅は続く。しかし、この内陸の国で得た発見は、また新たな科学的探究の始まりを意味していた。

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最終診断:寄生虫保有状態

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