表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

第一章 不時着

//

始まりの日

//


//

 アストラの意識が現実へと引き戻されると、ぼんやりとした視界に無数の警告表示が浮かび上がっていた。暗闇が退き、意識がはっきりするまでに数秒を要した。目の前には冷たい金属の床。鼻をくすぐる微かなオゾンの匂い。そして、不自然な静けさ。


「師匠……?」彼女はかすれた声で呟いた。返答はすぐだった。


「データにない惑星に不時着している。星間インターネットに接続できない。今オフラインで状況を分析している。」冷静で落ち着いた声が、彼女の脳内に直接響く。その声の主、コンパニオンAIの『師匠』は、彼女の視覚の隅で静かに浮遊するモノアイ型の球体だった。


「今後の生存可能性は?」アストラは体をゆっくりと起こしながら、冷静に状況を把握しようと努めた。幸い外傷はなし。宇宙船内は無残に破壊され、床には散乱した医療資源の破片が転がっている。持ち運び用の医療機器はほぼ全滅しているようだった。これほどの損傷を受けた宇宙船では、修理は不可能に近い。彼女の脳裏には絶望と不安がよぎったが、その一方で、どこか冷徹な分析が彼女の心を支配していた。


「大気分析の結果によると、呼吸には問題ない。赤外線分析では外気温も安定している。さらに生命反応もある……が、データベースにはない生物種だ。」師匠が応じた。


 アストラは短く息を吸い込み、窓の外の景色に目を向けた。目に飛び込んできたのは、奇妙に鬱蒼とした森。緑と青紫色の葉が混ざり合った、不規則な形をした樹木や蔓植物が一面に広がっていた。まるで異次元のように、どこか現実感の薄れた風景だった。


「どうやら本当に新しい惑星に着陸したようね......」アストラは無感情に言葉を吐いた。冷静な表情はその内心を隠すが、彼女の中では数多の仮説と推論が渦巻いていた。理論物理学の知識から、未知の星系に降り立つ可能性は理解していた。しかし、それが現実となるとは。


「外部の探索を推奨する。」師匠が提案する。


 アストラは頷き、緊急キットを手に取った。「師匠がいてくれてよかったわ......」彼女の声はわずかに震えた。自分は一人きりではない。師匠がいてくれる。彼女は深呼吸をすると宇宙船のハッチを開け、外の世界へ一歩を踏み出した。



 宇宙船外の濃密な空気が彼女の肌にまとわりつき、故郷のそれよりも重く、湿気を感じさせた。深く息を吸い込むと、森の中の静けさが際立つ。風の音すら聞こえないが、彼女の直感と師匠のデータが示すように、無数の小さな生物たちが周囲を動き回っている。


「生命体と思われるものは多数あるが、いずれも一センチメートル以下のサイズだ。赤外線分析では体温が非常に低い。」師匠の冷静な分析が続く。


「その大きさなら何かあっても対処できそうね。」アストラは素早く結論を下した。「まずは、知的な生命体がいるかどうかを確認したいわ。」


 その時、師匠が微弱な電磁波の検知を報告した。「……微弱な指向性を持つ電磁波を感知した。知的生命体は存在する可能性が高い。」


 アストラは驚き眉をひそめた。「電磁波?ということは、ここにはある程度以上の文明があるのかしら。」


「文明のレベルまではわからんが、少なくとも技術的な痕跡がある。」師匠の声は冷静だったが、その中には未知への探求心が垣間見えた。


 アストラの胸には、科学者としての好奇心が燃え上がるのを感じた。未知の星、未知の文明、そして未知の生命体。すべてが彼女の知的欲求を刺激し、彼女の前には解明すべき新たな謎が広がっている。師匠がいれば、危険も乗り越えられるだろう。


「いいわ。すべて解き明かしてやりましょう。」彼女は微笑みを浮かべ、探求の旅に再び足を踏み出した。

//


//

 アストラは宇宙船から離れ、しかし依然として鬱蒼とした森の中に佇んでいた。周囲の木々は奇妙な静寂を保ちながらも、何かが常に背後に潜んでいるような気配を感じさせる。彼女は自身の身体にまとわりつく湿った空気を意識しつつ、これが既知の星ではないことを身をもって理解していた。ここには未知が広がっている。その未知を解明しなければならないという理性が、彼女の冷静さを保たせていた。


「食料はあと数日分しかない。生存のために行動しなければ。」アストラは自分にそう言い聞かせながら、周囲を見渡した。宇宙船の内部再生システムは完全に壊れており、この惑星で生き残るためには情報を集め、何らかの資源を手に入れなければならない。彼女が依存できるのは、自らの知識と師匠だけだった。


「環境モニタリングは継続しつつ、外界の音声収集を開始して。」アストラは指示を出し、師匠がドローンを起動する音を聞いた。彼女の脳に直結するチップを通じて、モニタリングデータが流れ込んでくる。周囲の音、温度、湿度、生命体の存在、すべてが彼女の意識の一部に溶け込んでいた。


「音声収集を開始する。」師匠の低く静かな声が応じる。彼はいつも冷静で、彼女の焦りや不安を宥め、しかし誤魔化さず事実を伝えてくれる。それがアストラにとっての心の安定の源だった。この未知の星で生き延びるために最も重要なパートナーだ。


 アストラはボディスーツの腰に小さなツールキットを装備し、慎重に一歩一歩を踏み出す。周囲の風景は、まるで別世界の中に足を踏み入れたように感じられる。それでも彼女の科学的な視点は、この異質な環境を冷静に分析していた。葉の構造や樹木の成長パターン、空気中の成分は、彼女が知る植物生態系とは異なるが、その基本的な法則は同じだと推測できる。


「師匠、音声解析の進展状況は?」アストラは確認する。


「進行中だ。」師匠の声が応じる。「ドローンが人型の生命体をカメラで捕捉した。太い道がある……街がある可能性が高い。人型生命体の言語解析も同時に進めている。」


 アストラはその言葉に立ち止まり、彼が脳幹通信チップを介し視覚野に送った画像に目を向けた。木々の間、道の先に建物の影が見える。街――いや、少なくとも街のようなものだろう。ドローンが収集したデータは、人型の生命体が存在することを示している。彼女は心の中で瞬間的に計算した。もしこれらの生命体が地球の人類と同様の生態をしているなら、彼女の医学知識が役立つかもしれない。だが、それは仮説に過ぎない。もし彼女が遭遇する生命体の生理構造が大きく異なれば、医者としての役割は果たせないだろう。しかし、その可能性は低い。これまでの観察から、基本的な生体プロセスは共通しているように思える。


 数時間後、師匠が言語習得を完了したことを報告する。「……アストラ、現地語の基本的な理解が完了した。会話の補助は自動で行えるレベルだ。」


 彼女は即座に決断した。街へ向かうべきだ。現地の人々と接触し、情報を集め、彼女がこの世界で生き延びるための手がかりを得る必要があった。彼女は師匠を鞄に隠し、外見を少しでもこの世界に溶け込ませるために、オーバーサイズの白衣をコートのように羽織った。アストラのマゼンタに近い赤い髪と冷えたグレイの瞳、小柄で華奢な体はこれといってこの世界では特異的ではないようだった。そしてこの服装ならば少なくとも、奇異の目で見られることは避けられるだろう。


彼女はこの星で生きていくために、宇宙船を廃棄して街に向かって足取りを進めた。

//


import xxxxxxxx

お読みいただきありがとうございます。第二章を本日AM9:00に投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ