第十五章 旅の途中
//
アストラはドワーフの街で顔見知りになった冒険者たちの後ろを歩きながら、心の中で理論を組み立てていた。ドワーフの街で用事を済ませた時点で、特に杖とエーテルの作用についてはまだ不明な点も多く、アストラは新しい情報に飢えていた。だが、ドワーフの街から吸血鬼の国への道には「寄生獣」と呼ばれる、魔法に耐性を示す害獣が現れるらしい。魔法に耐性。エーテルの関与が疑われる症例だった。この冒険者たちが治療の謝礼として旅に同行し寄生獣に対する護衛を提供する、という申し出をしてきてくれたとき、アストラの頭をよぎったのはそれに対する安心と、同時にもしかしたら新しいエーテルの知見が得られるかもしれないという知識欲であった。
「寄生獣っていうのは、どんな害獣なの?」アストラは歩きながら、前を行く若いメヒョウの獣人、ナイルに尋ねた。彼女は先日アストラに治療を受けて以来、懐いているようだ。アストラに質問されることが嬉しいのか、ナイルは丁寧に答えた。
「普通の害獣に、木が寄生してるような感じ。木が巻きついて、その獣から赤っぽい光が漏れてるんだ。木の方が本体で、獣は単なる寄生されてるだけって言われてるよ。」
アストラはその説明を頭の中で反芻し、すぐに魔法に対する耐性の謎に結びつけた。「寄生獣はどうして魔法に強いの?」
ナイルは少し考えてから答えた。「その光のせいなのかなあ。魔法をかけても効かなくて、結局は武器で倒すしかないんだ。この辺で活動する冒険者たちは皆、そういう認識を持ってるよ。でも魔法ってよっぽど適性があるか、相性が合っていないとそもそもしょぼくて害獣倒すのには使えないからね。」
アストラは無言で頷いた。魔法耐性――それは、エーテルが関与しているという仮説を裏付ける材料だ。もし寄生獣がエーテルを利用しているのだとすれば、魔法が効かない理由も、エーテルが操作されていることにあるのではないか。
数日は平穏に過ぎたが、ある日、冒険者の一人が突然立ち止まり、鋭く叫んだ。「寄生獣が一頭!赤い光が見える!」
全員が警戒を強める。遠くから、赤い光が速いスピードでこちらに向かってくるのが見えた。「くそ、大きな猪型の寄生獣だ!」冒険者のリーダーが叫び、全員が武器を構える。
アストラは非戦闘要員と共に、ポータブルシェルターへと退避するよう指示されていた。シェルターの中で、彼女は冷静に師匠に命じた。「戦闘中のエーテルエネルギー密度の変化と、光のスペクトルを分析して。」
師匠のドローンが空中に飛び立ち、遠巻きに寄生獣の周囲のエーテルをリアルタイムでスキャンし始めた。彼女は戦闘の様子に目をやりながらも、頭の中では理論を練り直していた。寄生獣がエーテルを介して魔法耐性を得ているのなら、エーテルの濃度がどう変化するかが重要な手がかりになるはずだ。
戦闘は長くは続かなかった。冒険者たちは無事に寄生獣を倒し、ほっとした表情を浮かべている。外傷の範囲も治癒魔法で済む程度のようだ。それを確認すると、アストラはすぐに寄生獣の死体に近づいた。光を失ったその姿は、通常の猪よりも筋肉が肥大し、一回り大きい。絡みついていた木はすでに獣から切り離され、死んだように見える。
「師匠、解析結果はどう?」アストラは冷静に尋ねた。
「戦闘中に冒険者による魔法は使用されていなかったにも関わらず、エーテルエネルギー密度が顕著に低下している。さらに、寄生獣が発していた光のスペクトルには、火魔法と同じ量子的ピークがあった。このデータから、寄生獣が大気中のエーテルを利用していること、かつエーテルの持つエネルギーの放出に伴って特定の波長の電磁波を放射していた可能性が高いと考える。」
「ここでも火魔法と同じスペクトルで波長が量子化されているの……?エーテルにはやはりエネルギー準位が存在する可能性がある……面白い。」アストラの目が鋭く光った。「もしエーテルがエネルギー準位を上げ下げできるのなら、様々な応用が考えられるわ。」
彼女はさらに考察を続けた。「治癒魔法の基盤となっているエーテル記憶も、量子的なエネルギー準位に刻まれた情報、いわばbitとして働いているのかもしれない。」
その時、ナイルが寄生獣の死体を観察するアストラを見て苦笑した。「この植物、あんまり触らない方がいいよ。人間に寄生したって昔話もあるんだから。」
アストラは目を細め、しばらく死体を見つめたが、集団行動における秩序は守るべきだと判断した。渋々とその場を離れ、考察を整理し始めた。エーテルが持つエネルギー準位、そしてその制御可能性――それは、魔法の本質に迫る鍵かもしれない。
//
//
診断:不明
//
読んでいただきありがとうございます。評価やいいねなどなど頂ければ嬉しいです。




