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第零章 竜の飛ぶ国

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 竜の嘶きが大地を震わせる。その響きは空間を揺るがし、重低音が一瞬のうちに鼓膜を打つ。それでも、アストラ・ノヴィスの細い体は微動だにしなかった。彼女の思考は物理的な音波やその衝撃を意識の外に置き、眼前の状況に集中していた。その視線はこの巨大な竜の体に走る波打つ筋肉、膨れ上がる腹部、鱗のパターンを一瞥した後、彼女のAIが映しだす黒白の画像の一点に固定された。


「尿路結石ね。これは痛いでしょう。」アストラの声は、まるで結論を淡々と伝える研究者のように冷静だった。巨大な竜の腎臓から膀胱へ続く尿管、その細い管に、硬い石が詰まっているという診断が()()()()()()()()によって得られていた。


「治癒魔法が全く効かなかった……。もしこの竜が暴れ始めたら、誰も止められない。」この領地を治める領主の声は重々しく、彼の恐怖と絶望が彼女に届いていた。だが、アストラは冷ややかに首を横に振る。「当然よ。治癒魔法ではいわば時間を数週巻き戻すだけ。加えて結晶自体が対象になっていないのだから、その効果がないのは当たり前でしょう。」


 周囲の者たちは、彼女が何を言っているのか理解できていない。彼女の発言はあまりにも抽象的で、()()()()における現実の感覚とは乖離していた。しかし、彼女の中では、すべてが論理的に結びついていた。


 アストラは手を挙げ、空気中に指を滑らせた。「『師匠』、来て。」彼女の声に応じて空中に小さな唸り音が響き、彼女のコンパニオンAIである『師匠』が静かに浮かび上がった。その銀色の球体のモノアイが竜の腹部を見据え、冷静に分析を始める。


「結石を土魔法で移動させるのは一つだ」師匠の低い声がアストラの耳に響く。「だが、石を動かす過程で、尿管周囲の組織を傷つけるリスクがある。」彼の指摘は鋭いが、アストラはすぐに返答した。「ええ、わかってるわ。だから、土魔法は不適切。風魔法を使おうと思う。」


 アストラの視線は竜の腹部に固定され、すでに次の処置を考えていた。「()()()()()()()()()()()()()を試したい。風魔法で空気を圧縮し、衝撃波を生じさせれば、結石を破砕できるはずよ。」彼女の声には自信があった。


 師匠は短く間を置いてから応じた。「精度は問題ないか?焦点を間違えれば、竜の内臓を傷つけ致死的になりかねないぞ。」


「大丈夫。この竜の巨体を見て、尿管の直径は私の胴体ほどあるわ。それに細かく調整するのも、あなたが手伝ってくれるでしょう?」



 しばらく師匠と調整を行った後、アストラは大きく息を吸うと竜の腹部に手をかざし、風魔法を行使を宣言した。局所的に空気を圧縮し、衝撃波を生成する。彼女は師匠を通じてその圧力を解析し、風魔法の力を最適化して結石の位置に集中させた。衝撃波が結石に精確に作用するよう、アストラは音波の干渉を微細に調整する。風魔法が織り成す複雑な物理現象は、彼女の意志によって制御され、竜の体を傷つけることなく、結石だけを破砕する準備が整った。


「圧縮を……今!」アストラが命じた瞬間、空気の唸りが竜の腹部に小さな震えを引き起こした。


 その瞬間、彼女は少しだけ肩を緩め、手を下ろした。「成功ね......」冷静に宣言したアストラは、すぐに次の段階に移った。水の杖と土の杖を用い、砕かれた石片を尿管から膀胱へと押し流すために点滴を施した。膨大な量の生理食塩水を、竜の血管に流し込む。


 竜の呼吸が落ち着き、緊張していた筋肉も弛緩する。彼女は竜の安定した脈拍を確認した後、再度魔法的超音波解析を行い、結石が完全に取り除かれたことを確認した。「これでいいわ。しばらくは血尿が出るでしょう。」周囲から歓声が湧き上がるが、アストラはその音に耳を傾けることなく、冷静にその場を去った。



 アストラは周囲の歓声や喧騒を意識から遠ざけ、まぶたを閉じた。すると、彼女の心に静かな記憶の断片が再び浮かび上がってきた。あの全ての始まりの日、彼女がこの世界に不時着し、この世界を知った時のこと。


 あの時の衝撃は鮮烈だった。すべてが未知で、すべてが非論理的に思えた。ここでは「魔法」というものが存在し、しかもそれが医学に取って代わる存在であるという事実は彼女を大いに戸惑わせた。治癒魔法——その言葉の響きだけで、彼女の医師としてのアイデンティティが揺らいだ。人々が当たり前のように治癒魔法で病気を治し、外傷を癒やす光景を目の当たりにした時、アストラは無力感を感じた。自分が学んできた科学や医学の知識は、この世界では必要とされないのではないかという恐れが彼女を包み込んだのだ。


 しかし、アストラはその恐れに屈服することはしなかった。彼女の中の科学者の声が囁いた。「魔法とは何なのか?なぜこのような現象が起こるのか?実験しそして理解しなければならない。」彼女はこの世界の住人が当然のように使う魔法を、他の人々と同じように盲信することはできなかった。科学者としての彼女は、目の前の現象に対する理論的な理解を求め、元の世界で彼女がしていたのと同じように、コンパニオンA Iである師匠と探求を開始した。


 そして彼女は発見した。魔法のなかに潜む機構、そして治癒魔法の限界を。この世界にも、魔法では対処できない病気が存在していたのだ。それを初めて目にしたのは、治癒魔法をかけても回復しない妊婦の悪阻の症例だった。その時、アストラの中で医学の火が再び燃え上がった。魔法を『ハック』して、医学を融合させ、新たな治療法を編み出す。そしてこの世界全体の医療水準を引き上げる。旅の中で彼女の中の医師と科学者が手を取り合い、この世界の医療のための道を切り開くという新たな目標が形を成していた。



「思い出した?」師匠の落ち着いた声が彼女の思考を現実に引き戻した。


 アストラは微笑んだ。「ええ、最初の頃のことをね。あの時は無力感でいっぱいだった。でも今は違う。この世界の治癒魔法には限界がある。そして、その限界があるからこそ私はここにいる。」


 師匠のモノアイが彼女に焦点を合わせている。「本当に、よくここまで来たな。」


「私たちは、治癒魔法の限界を知り、その隙間を埋める方法を探している。今ではこの世界の医療水準を引き上げることが、魔法の研究と並ぶ私のもう一つの使命になった。私の知識と、この世界の魔法の力を組み合わせて、新しい治療法を見つけ出し、普及させる。」アストラは自らに言い聞かせるように言葉を紡いだ。


 彼女は自らの成長を実感していた。この異世界で出会った魔法に対する恐れや戸惑いは、今では探求の対象となり、新しい挑戦への道筋となっていた。彼女の医師としての役割は、この世界で科学者としての役割と重なり合い、未知の領域に踏み込む喜びを与えていたのだ。


「次の目的地はどこにする?」師匠が尋ねた。


「もちろん、もっと理解を深められる場所へ。」彼女は笑みを浮かべ、視線を前方に向けた。「新しい発見が待っている。それが私にとっての喜びだから。」


 再び歩みを進め、アストラは彼女の探求の道を進んでいった。その道は、理解を求める科学者として、そして命を救う医師としての彼女の新たな目的地へと続いていた。

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最終診断:尿路結石

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function lithotripsy(stone_size_mm, pressure_intensity_kpa, pulse_frequency_hz) {

  // stone_size_mm: 結石の直径 (mm)

  // pressure_intensity_kpa: 風魔法で生成する衝撃波の圧力強度 (kPa)

  // pulse_frequency_hz: 衝撃波のパルス周波数 (Hz)


  pressure_wave = generate_pressure_wave("wind", pressure_intensity_kpa, pulse_frequency_hz);

  target_stone = detect_internal_structure("kidney", stone_size_mm);

  disintegrate_stone(target_stone, pressure_wave);

}


読んでいただきありがとうございます。第一章は本日AM8:00に投稿します。

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