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美少女発掘! 異世界ED治療の旅!  作者: 越智 翔
第一章「純潔の守護者」
7/8

第七話

「起きてください、ご主人様」

「……んん?」

「日没です」


 はっとして頭を上げる。そうだった。俺はレイの膝枕で、いつの間にか眠ってしまっていたんだった。

 にしても、なんて贅沢だろう。美少女の膝を枕に。うん、やっぱりこっち来てよかったかも。この世界、滅んでるらしいけど。


 起き上がり、岩窟の出入り口に目を向ける。差し込んでくる光も、かなり弱々しくなっていた。

 外に出る。まだ風は生温かい。だが、確実に気温が下がり始めている。


 遠くのほうに、ポツンと小さな太陽が見える。地平線のすぐ上だ。その左右を、藍色と橙色の交じり合った、汚れた靄のようなものが取り巻いている。最後の意地とばかり、太陽はその光を扇形に放射していて、それは空の上のほうに向かうにつれて、橙色から黄色、白、そして薄い青色……すぐに藍色に切り替わる。


 壮大な眺めだ。人はもちろん、その他の生命の気配もない。これが滅び去った世界の姿か。

 映画か何かで、滅んだ世界をこういう風に描写することはある。でも、それらを見ても、何も感じなかった。だが、実際に滅んだ世界で、こうして佇んでいると、言葉にならない何かが、胸の奥からせり上がってくる。

 すぐ隣でも、レイが俺と同じように、沈みゆく夕日に見入っている。俺と違って、彼女はこの世界の当事者だ。一万二千年前に製造され、それから覚醒の時を待ち続けて。いざ、目覚めてみたら、世界はとっくに滅んでいて。希望に満ちているはずの最初の一日が、破滅を知る日になったのだ。


「これが……私の、最初に見る……まがいものじゃない、本物の夕焼けなんですね」

「そうだな」


 さすがに俺も、ここで水を差すほど無神経ではない。これで落ち込むとか、ヤケになるとかしたら、容赦なく尻を触ってやるけどな。でも、レイは、儚げにとはいえ、静かな微笑を浮かべていた。


「行きましょう」


 そう言いながらも、彼女は一瞬、岩窟の入り口に目を向けた。

 ここが。彼女の生まれた家になってしまった。二度とは戻れないだろう場所。俺が死ぬまでの間、何か不幸がない限り、彼女の人生はずっと続く。できることなら、しばしば戻ってこられる場所で生まれてきたほうが、幸せだったのかもしれない。


「私にしっかり掴まってください」

「お? こうか?」

「いいえ」


 手を握ったら、そうではないと振り払われた。


「後ろから、しっかりと。抱きしめるくらいの方がいいと思います」

「こ、こうか?」

「絶対離さないくらいでないといけませんよ?」

「おう」


 おおお。後ろからピッタリ抱きすくめるなんて。なんてサービスだ、これ。

 できれば胸当てがなければな。これがあるから、胸を揉めない。まぁ、目覚める前に散々揉んだっけ。……あ。それでか? ド変態呼ばわりされたのって。


「では、いきます」


 そうして、レイは呪文を詠唱し始めた。長い。どれだけかかるんだ。と思った時だった。


「うぇぉぱっ」


 なんか、凄まじい揺れのようなものを感じた。ふと気付くと、周囲の風景が切り替わっている。そして、何か乗り物酔いでもしたかのように、急に頭がグルグルして、気持ち悪くなった。


「ご主人様、大丈夫ですか」

「うぉぇい……なんだ、これ」

「これが《瞬間移動》です。慣れないと、酔う場合が多いので」

「そういうことかぁ……」


 ちょっと、ショックが大きい。気持ち悪い。


「ここ、どこだ?」

「さっきの場所から北に千五百キロほどのポータルです」

「何もねぇじゃねぇか」

「本来のポータルは砂に埋もれています。ただ、なんとか転移できる程度の深さでした」


 掘り起こしたほうがいいんじゃね?

 ま、そんな手間をかける余裕なんかないか。


「この先は、飛びますよ」


 俺の返事も聞かずに、手を取ってきた。そして何事か唱えると、ふっと体が浮く。俺だけでなく、レイもだ。


「日没までに、目標地点まで行きます。一時間後にテレポートしてもいいんですが、その短い間に、かなり気温が下がるでしょうから……」


 ある程度の高さになったところで、ピタッと止まる。そこからは物理法則もあったものじゃなく、急に猛スピードで飛び始めた。北東方向に向かってだ。足元を見ると、砂山の織り成す陰翳が、早回しのように次々流れてきては、去っていく。


「お、うぉい」

「あんまり下を見ないでください。気持ち悪くなると思います」


 それで前を見た。藍色というより、もうほとんど灰色か黒だった。


「見るもんがないぞ」

「じゃあ、目をつぶっていてください。少しかかります」


 手を繋いで空を飛ぶとか、どっかの映画にあったようなシチュエーションだが、最初の興奮が収まると、なんだか退屈するな。

 まぁ、遊びで飛んでるわけじゃないんだし、いいんだが。


 周囲がほとんど真っ暗になりかけた頃、足元にポツポツと植物の姿が目に付きだした。


「あそこです」


 レイが指差した先には、僅かな月明かりを照り返す湖があった。


「あの湖の真ん中の小島で、今日は休みを取りましょう」

「わかった」


 ん、でも、問題ないのか? 水辺とか、虫けらがワンサカ涌いてそうなんだが。

 異世界での最初の夜に、虫刺されで苦しむなんて、絶対ごめんだぞ?


 俺の心配を余所に、レイは当たり前のように、島の上に降り立った。


「ちょっと寒くないか?」

「かなり北上しましたし、夜ですからね」


 返事をしてから、レイは呪文を詠唱する。一瞬、周囲に光が走る。


「よし、と。今、《動物支配》を行使しました。これで近くにいる虫は、みんな遠ざかっていくはずです。今夜いっぱい、安心ですよ」

「おお」


 ちゃんと考えていたか。さすが。


「寒さのほうは、《火属性魔法》が使えませんので、これも《物体作成》で乗り切るしかないですね」


 手を広げ、そこに光の粒を集めていく。少しかかったが、終わってみれば、大きな毛布ができていた。


「これにくるまって寝ましょう」

「ん? 俺の分だけか?」

「ホムンクルスに睡眠は不要です。けど」


 ここでいったん、言葉を切った。


「……ご主人様を冷やすわけにはいきません。一緒に寝ましょう」

「マジかっ!」


 いきなり最初の夜から、美少女と同衾。ヤール、お前はいい仕事をしたよ。


「でも、その前に、いろいろやらないといけませんね。温かいものを召し上がっていただくのと……ランタンや燃料も、作り出すしかないですね。少しコストがかかりすぎますけど」


 コスト、か。


「なあ」

「はい」

「さっきから『力を使う』とか『コストがかかる』とか、どういうことなんだ? もしかして、魔法を使うのに、制限があるのか?」

「はい、ありますよ」


 おっと。こいつは重大な問題だ。


「時間が経てば、自動的に回復していきますが、行使可能な魔力には上限があります。だから、あまり贅沢に使ってしまうと、あとで必要な時に魔法が使えなくなります」

「そうなのか。で、じゃあ、今、どれくらい残ってるんだ」

「そうですね……全体の一割ちょっと、使ってしまっています」

「なんだ、そんなもんか」


 意外に燃費がいいらしい。


「でも、ちょっと贅沢すると、すぐなくなりますから。例えば、《物体作成》で小屋を建てたりすると、相当な量を持っていかれます。というより、そういう使い方をするくらいなら、《シェルター》の魔法を覚えておくべきなんですけどね」

「ふーん?」


 意味がよくわからなくて取得させなかったんだが、もしかしてそっちのが便利だったか? なんか今のニュアンスだと、持ち運びできる家があるような感じだったしな。

 そうだ。そういえば、他にも気になることがあったんだった。


「なあ」

「はい?」

「そういえば、さっき、身体能力がどうとか、俺が百人いても負けないとか」

「ああ」


 俺がそう言うと、レイは苦笑いとも泣き笑いとも取れる表情を浮かべた。


「その、本気にしないでくださいね。ご主人様に手をあげるつもりなんて、ありませんから」

「いや、そっちじゃなくて。本当にそんなに強いのか?」

「えっと……はい」


 するとレイは、何もない空間に向かって、呪文を唱えた。途端に氷の壁が出現する。目測で高さ一メートル半、幅一メートル、厚さ十センチ、ってとこか。


「これでだいたい、重さにして百五十キロくらいになると思います。で、ここに取っ手代わりの溝をつけました。ご主人様、持ち上げられますか?」

「おーし。やったるか。俺だってな、エロいバイトしかしてねぇわけじゃねぇんだ。引越し屋の手伝いで鍛えた腕力、見せ付けてやらぁ」


 とは言ったものの、自信なんかない。百五十キロ。一人で運べる重さじゃないぞ?

 で、案の定。


「ふんぬ! ふんぬっ! ぼっ! ぼえぇ!」


 あかん。持ち上がらんぞ。突き倒すならできそうだけど、地面から浮かせるのも難しい。


「ってか、手が冷たい。無理」

「では、私が」


 入れ替わるように前に出たレイは、取っ手に指を差し込むと、慎重に、そろそろと背筋を伸ばしていった。気合も掛け声もなしに、氷の板は、地面から浮いていた。そのまま音もなくゆっくり角度を変えていく。垂直な壁が、いつしか水平になっていた。頭上に持ち上げられていたのだ。


「うおぅ、おい、危ない」


 こっちに倒れてきたらどうするんだ。だが、そんな心配などいらないとでもいうかのように、レイは軽く力をこめる。その細腕でどうしてそんなことができるのか、一瞬、勢いをつけると、氷の板はそのまま、目の前の湖の中に投げ込まれていた。


「というわけです」

「おっ、おお」

「他にも、《念力》も使えますから、それを合わせればもっと重いものでも」

「マジか」


 やっべぇ。ダメだ。レイ、いやレイさん、いやいやレイ様を怒らせたら。俺なんか、簡単に肉になる。

 あ、そのためのアレか。命令には逆らえないし、俺が死んだらレイも死ぬ。

 うん? でも待てよ?


『命令を言えないように俺の口を潰して手足も拘束の上、《断食》の魔法で栄養状態だけ確保して転がしておく』


 レイがこれを選んだら……うわ、やっべぇ。


「じゃあ、お食事にしましょう。寝る前ですから、軽いものがいいですね」


 脂汗を流してあれこれ思案する俺を余所に、レイは当たり前のように働き続ける。


「では、早めに寝ましょう」


 どういう状況だよ、コレ。

 ヤール、俺が世界最強って、んなわけねぇだろが。

 あ、そうか。世界が滅んでて、俺しかいないから世界最強。確かにな。ハハハ。


「こちらへ。冷えないようにしてくださいね」


 嵩張る革の鎧を外して、レイは毛布の上に横たわる。

 この胸躍る状況にもかかわらず、俺は素直に喜べなかった。

 ……のだが。


 俺が横になると、腕を回して毛布をかける。そのままレイは、その胸で俺の顔を包むようにして、それから目を閉じた。


 胸。

 視界には胸しかない。そして額に押し付けられるこの弾力。ちょっと頭をグリグリしてみる。レイはおとなしい。


 これ、イケるんじゃね!?

 よし、では、次は尻だ。尻を撫で回し……。


「ギッ! いっ!?」


 手の甲を凄まじい力でつねられた!

 いってぇ!


 だが、見上げてもレイは目を閉じたまま。

 ……これ、狸寝入りだよな? ホムなんとか、睡眠いらないよな? さっき言ってたもんな?


 くそっ。

 こんな状況なのに、我が息子よ、何をしているんだ。今こそお前の男らしさを見せるべきだというのに。


 無念を噛み締めつつも、俺は睡魔に絡め取られていった。

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