第五話
「い、いや。だってお前、《千里眼》、使えるんだろ?」
「はい」
「それと《瞬間移動》も使えるよな? だったら何でだよ?」
レイには《探知》がある。これで目的の物を探して、その場所を《千里眼》で特定。そこへ《瞬間移動》。完璧なコンボじゃないか。俺にしては珍しく、知恵を絞って考えたんだぞ。
「まず……ご主人様、基本的に《瞬間移動》は、直接肉眼で見える範囲を除くと、ポータルからポータルにしか、行使できません」
「は?」
「つまり、中継地点ですね。ただ、私は《千里眼》を使用できますので……視認できるポータルには《瞬間移動》できます。それにポータルからであれば、一定の範囲内であれば、やはり《瞬間移動》できますが」
「ビックリさせんな。じゃ、同じことだろ。さっさとそのポータルとやらに飛んで、そっからまた、砂漠の外に飛べよ」
だが、レイは真面目な表情で首を振った。
「いくつか問題があります。まず、私の《水属性魔法》のレベルが3しかありません。これですと、《探知》や《千里眼》が機能するのは、せいぜい半径二千キロメートル程度しかありません。《風属性魔法》も3レベルですから、《瞬間移動》の距離もその程度です。だから、いきなり世界のどこにでも行けるわけではありません」
「お、おう?」
一度の飛距離に制限があるってことか?
それだけじゃないな。「世界で一番きれいな女の子を探知せよ」と命令しても、探せるのは範囲内のみとなる。うぜっ。面倒っ。
「更に、《瞬間移動》にはクールタイムがあります。一度使用すると、最低一時間は待たなければ再使用できません」
「な、なんだとぉ?」
じゃ、ポータルってとこで、のんびり待ちながら移動するしかねぇってか。まぁ、時速二千キロって考えれば、旅客機よりは速いんだが。
「そして、これが最大の問題なのですが……」
沈んだ表情で、レイが重々しく口を開く。
「……使用可能なポータルが、著しく減少しています」
「はぁっ!?」
「一万二千年前であれば、だいたい百キロ四方に一つはポータルがありました。半径二千キロなら、範囲内に一千箇所以上はポータルがあるはずなのですが……」
おいおい。じゃ、もう肉眼で見える範囲でワープするしかないってか?
瞬間移動っつっても、直接肉眼で飛べる範囲ってなると……ここが地球と同じ規模の惑星だったとしたら。ええと、アレだな、惑星を円、視線をその接線として考えるとだいたい……おおよそ四キロくらいだったっけ? 全然使えねぇな。あー、ダメだ、頭パンクしそう。
「設備の反応があったのが、おおよそ三十箇所。ですが、大半は地中深く埋もれているとか、水没しているなどで、利用に適しません。辛うじて《瞬間移動》できる地点が、ここからですと、たったの四箇所」
「マジか」
いや。
前向きに考えよう。
つまり、それでも一応、ここから脱出できるのだ。長い長い砂漠の旅をしなくても。
「……その中で、砂漠の外に近い場所にあるのは、一箇所だけです」
「マジィッ!?」
やっべぇ。それがもし故障してたら、俺達、この砂漠から出られないところだったんじゃねぇか。
ヤールの馬鹿野郎。何考えてんだ。レイがいなかったら、いても俺が能力の設定をしくじったら、確実にお陀仏じゃねぇか。たまたま生き残ってるポータルがあったから脱出できそうだが、そうじゃなかったら……ん?
でも、ここまで来るのに、あいつはポータルなんか、使わなかったよな? いや、ここに来る前の、あのガラスの通路がそうなのか? よくわかんねぇ。
「そのポータルも、砂漠の中。ですから、いきなり移動しようと言われましても」
「あー、わかったわかった。じゃ、さっさとここを出るか」
「いえ、やめましょう」
「なんでだよっ」
レイは、チラッと岩窟の出口を振り返るようにして、続きを言った。
「ここはまだ、日差しが入ってこないから、そこまで暑くもありませんが、外気温はどう見ても四十度以上。砂漠のど真ん中ですから。私はともかく、ご主人様をこんな中、歩かせたら、死んでもおかしくありません」
「んー、なんとかなるだろ?」
「なりませんよ。ご主人様が死んだら、私も自動的に機能停止……つまり死ぬんですから。無茶はできません」
そんな鬼畜仕様とは。
でも、俺はさっさと過ごしやすい場所に行きたいんだがなー。
「さっきみたいにお前が氷でも出せばいいだろ?」
「ここは砂漠の中心です。あの手の魔法は、使えなくはありませんが、効率はよくありません」
「じゃ、どうにもならねぇのかよ」
チッ。使えねぇ。
「もし《火属性魔法》の《防熱》でも習得していれば、なんとかなったかもしれませんが」
「じゃ、それ、覚えればいいだろ」
俺の言い草に、レイはこめかみを押さえながら溜息をついた。
「能力決定後のポイントの振り直しはできませんよ」
「かーっ、使えねぇ、ポンコツだな」
「ご主人様」
低い声でレイが言う。
「あんまりポンコツ、ポンコツって言うのはやめていただけますか。地味に傷つきます」
「お? おう」
でも、これからどうすんだ。外には出られない。ということは。
「じゃあ、あれだな」
俺はその場に腰を下ろして、リラックスモードに移行する。
「つまり、ここで二人きりで過ごすしかないわけだ」
「う」
俺は下から、レイの体に視線を這わせる。
言いつけをちゃんと守ったらしい。なかなかにいい感じの格好じゃないか。
全般的に白さが目立つ。下半身は、長めのパレオみたいなのが足を覆っているが、少し激しく動いたら、中の下着も見えそうだ。
見た目だけを考えれば、靴はハイヒールにしたかった。しかし、長距離を歩くことも考えると、普通のブーツを履いているのも仕方ない。
いただけないのは上半身だ。胸を覆う形で、俺のと同じような白い革の鎧っぽいのをつけている。これじゃあ揉めないじゃないか。
「ああ、なんか眠くなってきたなぁ」
わざとらしく、声をあげる。
「じゃ、じゃあ、枕でも作って出しましょうか」
「んー、それよりぃ、膝枕がいいかなぁ」
「えーっ……は、はいぃ」
俺の要求に、仕方なくレイはしゃがみこむ。
「さ、苦しゅうない。我の頭を優しく包み込むのだ」
「は、はぁ」
うん。やーらかいふとももの感触。
悪かった。さっきはポンコツだなんて言って。これは極上だ。
「しかし、そうなると、どうしたもんかね?」
状況は厳しい。ここは砂漠の中。しかも、かなり広大らしい。そこから出られるという唯一のポータルも、やっぱり砂漠の中という。
ここも暑いが、外はもっと暑い。恐らく三十分と歩けまい。単純に気温だけでは、砂漠の危険度は測れない。強烈な日差しが、あっという間に遭難者を蒸し焼きにしてしまう。……というより、俺がつらい思いをしたくないだけなのだが。
「日没を待ちましょう」
さっきまでの気の抜けた声ではなく、落ち着きのある口調で、レイはそう答えた。
「この地点の推定最高気温は最高四十五度前後。ですが、明け方には氷点下を下回るでしょう。長く留まるべきではありません」
「マジ!?」
「はい。ですから今夜、日没後に気温が下がり始める前に、目標のポータルまで飛びます。そこから《飛行》の魔法を使って、安全な場所まで移動しましょう」
「そういや、そんなのもあったっけな」
うん、心配しなくてもよさそうだ。
しかし、今は動けない。動けないなら、今できることをやっておくべきだと思う。
「ちょ、ちょっ……」
「うーん、心地いいのは、ここかなぁ、それともここ……」
俺は膝枕の上でうつ伏せになった。それでレイはビクッと体を震わせ、逃げ腰になる。それを俺の両腕がガッチリホールド。そのまま、ふとももの狭間が織り成す神秘の領域へと沈み込んでいく。
「わっ、まっ、何をっ」
「幸せを探してるんだ」
「そんなところにはありませんっ」
「調べてみなきゃわからんだろう」
ああ、いい。
俺はもしかしたら、今までの人生で一番の幸せを味わっているのかもしれない。
だってそうだ。地球の日本で、普通の女の子にこういうことをしようとしたら。たとえ付き合ってる彼女だとしても、嫌がられたらおしまいだ。しかし、レイは俺の下僕らしい。下僕なら、何をされても我慢するしかないのだ。
「やはり女性下着は白が基本だな」
「みっ、見ないでっ」
「こんなスケスケの格好をしておいて、よく言う」
「それはご主人様がっ」
「白。純潔の象徴。神秘の領域を覆い隠す迷宮の霧。それはいわば愛の成就を妨げる最後の守り人。ゆえに汝に『純潔の守護者』の称号を授けよう」
「なんですか、それっ」
たった一枚の布。だが、それが此岸と彼岸とを分かつ。厭離穢土、欣求浄土。波羅蜜多、波羅蜜多。
だというのに、レイは俺のこれ以上の立ち入りを許さないとばかり、肩をがっちり掴んで離さない。ちょっと布越しに頬擦りしたいだけなのに。それでは俺の息子が解脱できまいに。
「レイさんや」
「なんですかっ」
「どうして邪魔をするんじゃあ」
「どうしてもこうしてもありませんっ」
チラッと頭上を見上げると、レイは耳たぶまで真っ赤だった。必死である。
「人間、誰しも、素晴らしいところに身を置きたいと思うのは、当然の欲求だろう?」
「何がどう素晴らしいんですか」
「わからない……? この神々しさが。こここそ楽園、こここそ天国。万人の求める理想郷」
「わけがわかりません」
だが、俺が宣言した。
「決めた! ボク、ここに住む!」
「ひっ……いやぁぁ!」
その叫びと同時に、レイは俺の拘束をするりと抜けると、俺の肩に蹴りを見舞って後ずさった。
「いてて……ご主人様を蹴るとは」
「いやあ! 来ないで! ……《物体作成》」
壁を背にしてお姉さん座りしたレイが、片腕を突き出す。そこに光の粒が集まり、あっというまに銀色に輝く杖が出現した。
「ぶ、打ちますよ! 本当に!」
「ほう、ご主人様にそんな暴力を」
「死なない程度に、い、痛めつけるんですから!」
やはり必死である。
「まぁまぁ、落ち着け。何がそんなに恥ずかしいんだ? もしかして、生理中か?」
「ありません! ホムンクルスなんですから!」
「じゃあ、パンツにシミでも」
「だからないって言ってます! 代謝がないんですから!」
「なら問題ないだろ」
「あります!」
代謝がないと言った割には、肩で息をしながら、レイが喚きたてる。
「ご主人様は、デリカシーがなさすぎます! へ、変態です!」
「ぐっ……自覚は、まぁ、あるがな」
涙目でこちらを睨みつつ、レイはなおも続ける。
「……どうせ命令するんでしょう? そうしたら、逆らえませんから」
「ん? でも、無理やり迫ってもいいけどな」
「できません」
「なんで?」
するとレイは、俺をキッと見据えて言った。
「さっきの《鑑定》結果です。ご主人様の身体能力はレベル1.9相当、知的能力は1.6相当、魔力に至ってはゼロです。命令しないで私を押さえ込めるわけないじゃないですか」
「は!?」
ウソだろ?
ヤール、俺が世界最強って話はどうなった?
「じゃ、じゃあ、お前は……?」
「身体能力3レベル、知的能力4レベル、魔力3レベル相当です。正直、ご主人様が百人いても、負けません」
「マジかっ!」
ん?
でも、待てよ?
「……でも、さっき俺に逆らったってことは」
「なんですか」
「お前は『命令されなくても、膝枕をした』んだよな」
「ひぐっ」
この野郎。俺の、特に知的能力をけなしやがって。お返しに、からかってやる。
「レイさ~ん、どうしてあんなこと、したんですかー」
「だって、だって」
あ、涙声がまじってきた。既に限界だったか。ヤバい、決壊するぞ。
だが、遅かった。レイは杖を取り落として、その場でおんおん泣き始めてしまった。
「うわぁああぁん!」