第四話
「そうだ、膝をついて尻を突き出せ」
「あの、ご主人様、こんなことをしている場合では」
「ごまかすつもりか。物分かりの悪い下僕には、お仕置きが必要なんだぞ」
実に素晴らしい。実にけしからん。
こんなに形のいい尻は、コンビニで買ったエロ本でも、アダルトビデオでも、なかなかお目にかかれない。そうだな、アイドルの水着写真集とかであれば、同等のクオリティが期待できるか。
そして、そんな尻に今から、愛のムチを叩き込むのだ。仕方がない。主従関係は明確にしなければ。ナメられたら終わりなのだ。
俺は手を振り上げ、そして打ち下ろす……。
「ひっ……ひゃん!?」
いかんいかん、思わず力が抜けた。パチンという音すらしなかったぞ。そして俺の右手は、粗末な純白の下着に貼りついたままだ。
「おい、レイ」
「は、はい?」
「不届き者め。また勝手に魔法を使ったな?」
「な、何のことですかぁ!?」
俺の詰問に、顔だけ向けながら、半泣きで問いを返す。
「どうしてくれるんだ。俺の手が、お前の尻から離れないぞ。これはもしや《念力》だな?」
「そんなこと、してませんっ!」
「何を、ご主人様をたばかるかっ!」
そう言いながら、俺は尻をスリスリする。
さすが実物。最高だ。しかもさっきと違って反応がある。明らかに嫌がってるけど。
「よぉし、許して欲しければ」
俺はそのままスッと立ち上がる。
「今すぐ、俺様のケツの穴を舐めるのだ。《浄化》なんか使うなよ? いいな、これは命令だぞ」
この一言に、レイの顔からサーッと血の気が引いた。
「……承知、いたしました」
よろよろと立ち上がると、レイは俺の後ろに回りこむ。うんうん、従順でいいことだ。だがさすがにつらかろう。本気でやるわけ……って!
「って、待て! や、やめ!」
涙目になったレイは、そこで動きを止める。
ヤバかった。あと一秒遅かったら、こいつ、本当に俺のアナルを舐めてたぞ。
「お前、バカか? マジかどうかもわかんねぇのかよ!」
「だって、命令だって」
「ドアホッ! お前な、俺はまだ、お前とキスもしてねぇんだぞ! 先にケツの穴なんざ舐めさせたら、後でキスする気が失せるだろが!」
「……仕方ないんです」
暗く沈んだ声で、レイが説明する。
「私達ホムンクルスは、主人の命令には絶対に逆らえないんです。命令と言われたら、どんなことでもするようにできていますから……」
「マジ!? うっわー、引くわー……」
どんな鬼畜仕様だよ、それ。製作者の良識を疑うな。うん。
「……ひっく」
見ると、俺の足元で、レイがすすり泣き始めている。
「うおっ!? ど、どうした。どこか痛いのか」
「心が痛いです」
「だから落ち着け! さっきのはちょっとした冗談だ! マジじゃない!」
「わかってますけど」
恨めしそうに俺の顔をじっと見据えながら、彼女は言った。
「はじめましてって……ご主人様にはじめましてって言えるのは、一度きりなのに……私の最初の出会いが、これなんて」
「ぐっ」
確かに、絵的に無残なモノはある。それは認めざるを得ない。周囲は殺風景な岩窟で、下半身だけ露出した男がご主人様で、いきなり折檻だもんな。……ん? でも待てよ?
「いや! お前が一番最初に俺を汚物みたいな目で見るから」
「だって! ご主人様、最後にお風呂に入ったのはいつでしたか! 《鑑定》に出てましたよ! もう二日も前じゃないですか!」
「それくらいなんだ! いいか、フランス人はな、デートの数日前からシャワーを控えて、体臭と香水で、自分の匂いをセルフコーディネートして備えるんだぞ。俺の体臭くらい、なんだってんだ!」
「ご主人様には香水の匂いなんてしません! ただ不潔だっただけじゃないですか!」
「しょうがないんだよ! 一人暮らしの貧乏学生なんだぞ! もう仕送りもないんだ! ガス水道代くらい、節約して当たり前だろが!」
「び、貧乏!?」
貧乏という言葉に、レイはびっくりしたらしい。
「貧乏で悪いか!」
「い、いえ……そうではなく」
声が震えている。なんだ?
「じゃあ、なんだ?」
「ご主人様……もしかして、もしかして」
肩をカタカタさせながら、レイはやっと言葉を絞り出した。
「……泥棒、ですか?」
「違うわ!」
何かと思ったら。そんなわけないだろうに。
「ならいいのですが」
「なんだよ」
「だって、ホムンクルスですよ? それも高魔力自律型の。よほど裕福な方でなければ、そうそう簡単には購入できないと思うのですが」
ふむ。そうなのか。
そうかもしれん。こんなの、地球に持っていったら、エラいことになるぞ。明らかに現代の技術超えてるもんな。だいたい、こんな代物が一般庶民でも簡単に買えるようだったら、そんな社会、絶対崩壊する。主に少子化で。
「もらったんだよ」
「それはどなたにですか?」
「神様に」
「えっ!」
俺の言葉に、またレイは驚く。
「では、フィミウルピーヤ様がこのエタールに戻ってらした!?」
「誰だそれ」
「ち、違うのですか? でも、神様って」
「ええっと、ヤール? トゥッ、トゥルー……あー、思い出せねぇ」
待てよ?
確かに俺は、ヤールからレイと、この金の入った袋をもらった。でも、これ、奴はどこから入手したんだ?
まさか盗品とか……。
「ま、とにかく神様だ」
「は、はぁ」
釈然としない、という顔のレイだが、ここは深く考えないほうがよさそうだ。
「それより」
「はい」
俺はおもむろに、上半身にまとったシャツも脱ぎ始めた。
「えっ! えっ? あ、あの、ご主人様! どうして脱ぐんですか!」
「お前もそれ、脱いだほうがいいかもな」
「そ、そんな! はっ、早すぎます!」
俺は衣類をバサッとまとめて投げ出した。
「これ、《浄化》かけて、《収納》? だったっけ? 保存しておいてくれ」
「えっと、はい」
「で、確か《物体作成》とかって魔法が使えるんだよな? それで着替えを作ってくれ。服がそれしかないんだ。この世界で一般的なのを一式な。あと、お前の分も」
そういうことだ。
この世界で半袖シャツにジーパン、スニーカーが一般的な格好とは思えない。変に目立つのは嫌だし、今となっては、元の世界の品物は、入手が難しそうだ。だから、ちゃんと保管しておく。
服装という点では、なんか繭の残りカスみたいなのを身に纏っているだけのレイにも問題がある。こっちも普通の女の格好をさせたほうがいいだろう。
「そんな」
だが、レイは目を見開いたまま、驚きに固まっている。
「どうした?」
「ご主人様が、ご主人様がっ……」
両手を頬に添えながら、彼女はカタカタ震えている。
「だからどうしたって」
「まともなことを言うなんて!」
数秒間が過ぎた。
俺はおもむろに彼女の頭に手を伸ばし、ツインテールの片方をむんずと掴む。
「てめぇは俺を何だと思ってるんだっ! このポンコツッ」
「キャ……い、痛い痛い! 痛いですっ!」
俺はパッと手を離す。
「ま、いい。話が進まないからな。さ、チャッチャと服を作れ」
「は、はい、でも」
「でも、なんだ?」
俺の問いかけには答えを返さず、レイは何やら手短に呪文を唱える。そして、遠くを見るようにして、一回転した。
「変なんです」
「だから、何がだ」
「私の体内時計が、その、製造日付から、一万二千年も経ってることになってるんですが」
「はぁ!?」
なんだ、それ。どこのパイオツ、いやオーパーツだ。
「道理で、ご主人様の言葉も、耳慣れないものなわけですね。認識改変がかかっているのも……」
「ま、待て! 何を言ってるんだ?」
今更何を? という顔で、レイは向き直る。
「ですから。私はもちろんですけど、ご主人様にも、自動翻訳の魔法がかかっていますよ? ただ、私はもともと、あちこちの言語知識を最初から登録済みですから……でも、ご主人様のパターンはいずれにも該当しませんが」
「いや、だってお前、日本語で喋ってるし」
「ニホン語?」
そうか。そうだよな。ここ異世界。それがマジなら、こいつが日本語喋ってるほうがおかしい。尻に夢中で、そこに気付けなかった。
「まぁいい。で、それと服と、何の関係があるんだ?」
「はい。一般的な服を、とのことでしたが、さっきも申し上げた通り、体内時計から判断すると、ものすごい時間が経ってるんですよ。だから私の知っている世界の常識は通用しないかもしれませんので。世の中がどう変わってるのか、《千里眼》で確認していたんです」
「なるほどな」
なんだ、ポンコツかと思いきや、案外ちゃんと考えてるじゃないか。
そうじゃないと、俺が困るけどな。考えるのは面倒だから。知力に4レベル分費やしただけはある。
「ですが……」
何やら思案顔だ。
「……どうやら、私の知っている世界は、とっくに滅んでしまったようですね」
「はぁっ!?」
ウソだろ? 世界が滅んでる?
「とりあえず、服を作りますね」
俺の動揺を余所に、こいつはまた呪文を唱えた。指先に白い光が点る。小さな光の粒が空間に次々現れ、それが彼女の手元へと、波打つように集まっていく。一際大きな輝きの後、彼女の手元には、衣類一式があった。
「これがご主人様の服です」
「お、おう」
すげぇな。マジでいきなり物を生み出しやがった。
「では、私の服も」
「あ、待て」
「はい?」
譲れないものがある。ここはハッキリさせておかないと。
「エロかわいい服以外、禁止。あと、下着は白な」
「はぁっ!? う、命令……わかりました」
同じようにして、レイは白っぽい服を一式、作り出した。
「……ご主人様?」
さっき渡された服を手にしたまま、ぼーっと突っ立っているのを見咎めて、声をかけてきた。
「なんだ?」
「どうして服を着ないんですか?」
「着るけど、まずはお前の着替えを鑑賞しないとな」
「そんな……ううっ」
恥ずかしさからか、レイは俯いてしまう。
うーん、ちょっといじめすぎたか。さすがに嫌がってる。最初からこれだと、よくないな。
うむ。ここは優しいご主人様を演出するのだ。
「わかったわかった。後ろ向いて着替えるから、お前も着替えろ」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」
顔をぱぁっと明るくして、レイは叫ぶ。
ま、ここは見逃してやろう。どうせ今、無理やり見たって意味ないし。
それより、さっきのセリフだ。
世界が滅んでるとか、サラッと言いやがったな。どういうことなんだ。
もしこの世に、俺とレイしかいなかったら? この狭い岩窟の外には、ただ青空と赤い砂漠があるだけ。世界最強にしてもらったって、これじゃ意味なんかないだろ。
いかんな。さすがに心配になってきた。
服をささっと着てしまう。ゴム製品が普及してないのか、下着も紐で結ばないといけない。とはいえ、ちゃんと袖のある服だ。ほぼ全身真っ白だが、ややダボつく感じのズボンに、ボタンで留めるタイプの上着。そこに白っぽい革のベスト。これ、防具か? 更にマントを羽織る。あと、ターバンっぽい何かをかぶる。靴も白っぽい革靴だ。人造皮革かもしれんが。
振り返ると、よっぽど急いだのだろう、レイも着替えを済ませていた。
「よしっ……と、さて」
着替えは覗かないでやった。だがな。
足元に落ちているその白い布切れ。回収させてもらう……
「……《氷槌》」
俺が手を伸ばしかけた瞬間、そこにぶっとい氷のナイフが何本も突き刺さった。
さっきレイが着ていた布切れは、すぐズタズタになった。
「とっ……ふぅ」
い、いやぁ。
物騒な能力持ってるんだな、うん。
この手? ああ、頭を掻こうと思ったんだ。そう、それだけだ。
「で、レイ」
「はい」
「さっき世界中を《千里眼》で見たんだよな?」
「えっと……まぁ、はい」
切り替えていこう。
せっかくだ。まずはもっと居心地のいい場所に行く。
「じゃ、さっさと砂漠の外まで《瞬間移動》で飛びたいんだが」
「できません」
へっ……?