第三話
「やめ、と言いますのは、どのような」
「まぁ、あれだ、うん」
俺はタブレットサイズの石版を放り出すと、改めて目の前に寝転ぶ美少女を見下ろした。
さっき、ホムなんとかって言っていたな。じゃあ、もしかして、人間じゃないとか? そんなニュアンスだよな。だいたい、あの茶色い球体から、いきなり出てきたんだし。なんか、さっきから俺の常識が壊れっぱなしだ。
ま、いいか。
俺は彼女の上に馬乗りになった。
「どうなさいましたか? 何かご不明な点でも」
モミモミモミモミモミモミモミモミモミモミ。
「あの、それは起動に必要な入力操作ではありませんが?」
「俺が起動するかもしれねぇんだ、もうちょいかわいい声で啼いてくれよ」
「なく、とは?」
モミモミモミモミモミモミモミモミモミモミ。
「だぁっ、ちっきしょう! さっきはイケそうだと思ったんだけどなー」
どうなってんだ、クソ。
何がいけないんだ?
あ、そうか。こいつが起きたからだ。さっき、何も言わないで寝ていた時には、夜這いプレイみたいな密やかな興奮があった。今はそれがない。何をしても嫌がりもせず、喜びもしない。淡々と起動しろ、起動しろと言うだけ。これじゃ萎えるのも当たり前だ。
「てめぇのせいだ、どうしてくれる」
「何か不都合がありましたでしょうか」
「おお、大有りだ」
このままでは、俺は童貞のまま、死んでしまう。仮にも目の前に女がいるというのにだ。
「申し訳ございませんが、初期化開始後の返品は……」
「そーゆーこっちゃねぇ。このままだと、干からびて死んじまうっつってんだ」
「ホムンクルスは、基本的に不死です」
「俺が! 俺が死ぬの! ここ、砂漠!」
俺の絶叫に、しばらく彼女は、考え込むように沈黙した。だが、ややあって言葉を発した。
「それは私の発生させた問題ではないと推測されます」
「だーかーらー。わっかんねぇ奴だな。ここ砂漠だろ? 俺、もうすぐ死ぬだろ? そしたら死ぬ前に童貞卒業したいだろ? なのにお前の態度が悪いから、萎えちまったんだ」
「論理が飛躍しています。解釈できません」
目の前の女は、目を閉じたまま、淡々と続ける。
「現時点では人格中枢システムが起動していません。そのため、申し訳ございませんが、最低限の対応しかできません。用途や目的、問題点がおありの場合には、速やかに起動処理を完了なさることをお勧め致します」
「チッ」
しょうがねぇ。
俺は放り出したタブレットを引き寄せた。
「えーと、なになに? 《氷槌・氷壁》……ほー、氷出せんのか」
「それは狭い範囲で発動する、攻防一体の魔法で」
「あー、細けぇこたぁいい」
タップすると、その部分が明るく光る。と同時に、未使用ポイントの残りが37ptに減り、《水属性魔法》のランク1の部分が点滅し始めた。
「お、おい」
「ランク2魔法を選択したことで、自動的に《水属性魔法》レベル2を選択したと判断されました。ランク1魔法から、お好みのものを二つ、お選びください」
はー、うざってぇ仕様。最初から全部使えるようにしとけよ。
そう言われて、おとなしく選ぶわけねぇだろ。お、《透視》? これ、いいんじゃね? 服を透視して、女の裸見放題じゃねぇか。よし、タップ。
すると、《透視》とランク1魔法がすべて明るく光り、今度はランク3魔法が点灯し始めた。
「ランク2魔法を複数選択したことで、自動的に《水属性魔法》レベル3を選択したと判断されました。ランク3魔法から、お好みのものを一つ、お選びください」
かー、うぜぇ。
じゃ、《千里眼》でも取っとくか。遠くにいる美少女とか、発見できるかもしれんしな。
で、ここまでとっても、ポイントが34ptも残っている。
「おい」
「はい」
「これ、選んだ能力って、マジで使えるのか?」
「はい。正確には、レベルに応じて出力量が……」
「あー、わかったわかった」
なるほど。有能な美少女、か。
魔法じみたものを使えるなら、そりゃ有能、か。
「この《瞬間移動》って……マジか、そんなことまでできるのか」
「はい。ですが正確には」
「いい、黙れ。《収納》ってのは?」
「亜空間に荷物を収納します。その容量は……」
「はい、次。この《断食》ってのは?」
「発動させることで、対象は飲食しなくても栄養失調になりません。但し」
「そりゃ便利だけどイヤだな。食いもん出す魔法とかねぇのか」
「それでしたら《物体作成》が必要になります。こちらの魔法は」
「話長ぇよ」
いろいろ便利すぎて、どれ取ったらいいかわからんな……おっ?
「おい!」
「はい」
「この《治癒》とか《解毒》っていうのはなんだ!」
「それらは、対象の傷や病気を治療します。その範囲は」
「ひゃっほー! すげぇ! 一発解決じゃん!」
更にすごいものが。
「じゃあ《不老長寿》ってのはなんだ?」
「老化が停止します。更に」
「よっしゃ、取るか。ん? でも、この復活ってのは?」
「自然死以外の原因で死亡した場合、一度だけ対象を復活させます。その際」
「一回だけか、じゃあ、いらねぇな……ん?」
そういえば、上のほうに《身体能力》《知的能力》という項目がある。
「じゃあ、これはなんだ、身体能力とかって」
「それらは最低でも1以上にしてください。1で子供や老人並み、2で健康な大人、3で訓練を受けた高い能力をもった人間、4で人間でも最高ランクの能力、5で人間を超えた能力を発揮できます」
「ほー」
「但し《知的能力》については、4までで知識や技術、思考力の水準は上がらなくなります。5では並列思考や完全記憶といった特殊能力が付与され」
「あー、いい、いい。俺より頭よけりゃいい」
数分間、タブレットをポチポチ押した結果、ポイントをきれいに使いきった。
「よーし! 決めてやったぞ! さあ、起きろ!」
「《呼称》が未設定です」
「あぁー?」
また面倒な。名前?
「それくらい、てめぇで考えろ」
「所有者が命名することで、正式に設定が完了します」
「あー……」
どうする?
名前をつけるっつったって。
「お前、俺に絶対服従なんだよな?」
「起動すれば、そうなります」
「じゃ、どうせお前の使い道なんて決まってんだし……『オナホ』でどうだ?」
「それでは、正式に《呼称》を『オナホ』に設定し」
「わー! 待て待て!」
くそっ。
冗談通じねぇ。
「……『サセコ』で」
「それでは、正式に《呼称》を『サセコ』に設」
「待て」
本当に冗談通じねぇ。
じゃ、これならどうだ。
「なら、名前は『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の』」
「長すぎます。前から『ジュゲムジュゲムゴコウノスリキ』で設定」
「キャンセル」
いい加減、疲れてきた。
ちょっと真面目に考えよう。
あのヤールとかって奴が言ってたのが本当なら、こいつは名前をつけると、俺に仕える優秀な下僕になるらしい。でも、そのまんま『下僕』って名付けるのも、なんだか芸がない。犬に向かって『犬』って名前をつけるようなもんだしな。
で、俺はこいつをどうしたいんだろう? もちろん、性奴隷だ。毎晩毎晩、えっちなことをさせるのだ。奴隷、奴隷、ああ、なんて魅力的な響き……そうだ!
「じゃ、これで決定。『レイ』で」
「それでは、正式に《呼称》を『レイ』に設定します」
「ほいほーい」
奴隷のレイ。隷属のレイ。素敵な名前だ。
「初期化完了……起動します」
そう呟くと、彼女の体が一瞬、光ったように見えた。
しばらく、動く気配がない。
手元のタブレットを見るが、変化はなかった。
俺がレイに設定した能力は、こんな感じだ。
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《身体能力》
(レベル:3 - 6pt)
《知的能力》
(レベル:4 - 10pt)
《水属性魔法》
(レベル:3 - 6pt)
ランク1:[浄化][探知][鑑定]
ランク2:[氷槌・氷壁][透視]
ランク3:[千里眼]
《風属性魔法》
(レベル:3 - 6pt)
ランク1:[念力][精神感応][鋭敏感覚]
ランク2:[収納][飛行]
ランク3:[瞬間移動]
《土属性魔法》
(レベル:3 - 6pt)
ランク1:[疲労回復][動物支配][植物繁茂]
ランク2:[ゴーレム][断食]
ランク3:[物体作成]
《光属性魔法》
(レベル:3 - 6pt)
ランク1:[魔法防御][治癒][危険感知]
ランク2:[解呪][解毒]
ランク3:[不老長寿]
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いろいろ選んだが、一番期待しているのは、もちろんアレだ。俺はそっとジーパンを脱ぎ、トランクスをおろした。
しばらくして、レイがピクッと動いた。
「う……?」
さっき散々喋ってたくせに、今、目覚めましたよ、といった雰囲気だ。わざとらしいんだよ。
のろのろと上半身を起こし、そっと目蓋を開ける。そこには、銀色の瞳が輝いていた。
いいね。
目を閉じていてもきれいだと思ったが、こうして目を開けると、その優しげな表情のおかげで、かわいらしさのほうが前面に出ているように感じる。
「ご主人様、はじめまして……名前をつけてくださりありが……ホゲェッ!?」
だが、目を見開いた彼女は、美少女にあるまじき悲鳴をあげて、硬直した。
「な! ななな! 何をいきなりっ! どうして下だけ脱いでるんですか!」
「待てねぇんだよ」
「そっ、そんな! 順序! 順序ってものがあります! いくらホムンクルスだからって、人格はあるんですよ!」
「いいから早く治してくれ」
「いいえ、いけません、ご主人様、考え直して……えっ?」
最初の混乱が収まると、途端にレイはピタッと押し黙った。そして、しゃがんだまま、目の前で仁王立ちする俺の顔を見上げる。
「治す、とは?」
「わかんねぇのか? せっかく頭よくしてやったのに?」
「申し訳ございませんが、できればご説明を」
「しょーがねぇな」
俺はレイの眼前で、悩みの原因をプラプラさせながら宣言した。
「俺様、シキマヨシオはな、二十歳の若さで、アレの悩みに苦しんでるんだよ」
「アレ? といいますと? 性病にでも感染されましたか?」
「違ぇっ! 勃たねぇんだよ!」
「ああ!」
やっと理解が追いついたのか、このポンコツめ。
「そういうことですね。わかりました。では早速《鑑定》して、原因を調査します」
「おう? そんなこともできるのか。じゃ、さっさとしてくれ」
そうすると彼女は、やや目を伏せるようにして、何事かを短く唱えた。すぐに結果が出たらしい。
「これは……」
「なんだ? なんだ? 早く教えろ」
「恐らく心因性のものかと思われます。身体機能に異常は見られません」
そんなのわかってた。
「そうか。いいから早く治せ」
「できません」
「そうか……ってぇええ!?」
できない? できないって言った? 今?
なんだよ! 治癒とか解毒とか、できるんじゃねぇのかよ?
「ふざけんな! とにかく治せ! 今すぐ治せ!」
「説明を聞きませんでしたか? 《治癒》や《解毒》で対応できるのは、物理的に原因があるものだけで、精神的なものまでは……」
「だぁぁ! このっ! じゃ、もうどうしようもねぇってことか!」
俺はヤケになって叫んだ。
だがそこで、レイは真剣な眼差しを俺の股間に向ける。
「いえ。治すのは難しいですが、私にもできることならあります」
「お? なら、それ頼む」
「はい!」
元気よく返事をしたレイは、また何か呪文らしきものをそっと唱えた。直後、俺の股間に一瞬、何か、清水のようなものが流れるような感触があった。
「……今のは? なんだ?」
「はい。《浄化》です。これで少しは臭いや汚れも落ちたかと」
キッパリと言い切るレイ。
俺は黙って彼女を見下ろした。彼女もぐっと目に力をこめ、さも誇らしげに鼻息荒くフンスと俺の顔を見上げる。
数秒間が過ぎた。
俺はおもむろに彼女の頭に手を伸ばし、ツインテールの片方をむんずと掴む。
「……っだぁあっ! ナメた真似しやがってこのポンコツ! てめぇがここにいるのは何のためだ? あぁ!? 俺の息子に奉仕するためだろが! それをてめぇ、臭ぇだとぉ?」
「キャ……キャーッ!」