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進むか戻るか分水嶺

この作品はフィクションです。

気がつくと、私はこじんまりとした部屋の布団に寝かされていた。

部屋には誰も居ない。

どれくらい時間が経ったのだろう、枕元のスマホを探す。


!!!

無い!


飛び起きて見回せば、障子の前に置かれた小さな文机の上に置かれていた。

その横にはリュックサックも置かれ、チャックを開けられた様子もない。


一応確認とばかり、中を調べるが、社会科見学にと持った日焼け止めと制汗スプレーとリラックマのハンドタオル、ビタミンキャンディ、スマホ充電ケーブル、お誕生日にママに買ってもらったCOACHのお財布、そして優たんが今回のために班員に配布した自作の鎌倉観光マップが入っているだけ。


(まだお土産も買ってなかったのに、なんでこんなことに、ウウウッ)


リラックマのタオルを顔に当てると、溢れ出る涙に湿っぽくなっていった。


随分長い時間を泣いていたのかまるで旅館のような設えの室内は薄暗くなっていた。


私は、静かにリュックを背負い首からスマホをぶら下げて、そっと廊下に出た。

別に見張りが居るわけでもない。外に出ようと彷徨くと縁側から庭に繋がっていた。


(靴が無いけれどいいや)


靴下を脱いでそこにいあった草履を履いた。

ゴワゴワしてチクチクと足の裏に不快な刺激を与えるその草履で、我慢して歩き出した。

先に見える竹林へと急いで歩を進めた。


秋の夕暮れ時はあっ言う間に闇に包まれる。

街灯も無いこの世界、まだ見える内にと急いだ。


竹林に入り奥へと進む、程無くしてあの場に到着した。

林の中はもう夜の闇で、頬を撫でる風は思いの他冷たかった。


(さ、寒い。早く帰りたい、戻りたいよ)


目から溢れ落ちた涙が秋の夜風に冷やされ体温を奪う。


見上げた真っ直ぐ伸びた竹の穂先には星が煌めく夜空があった。


(帰りたい、帰りたい、カシャッ)


カシャッカシャッ

カシャカシャカシャカシャッ


暗い闇の中、フラッシュが竹林を照らす。

が、変化が見えない。


(ああ、もうバッテリーが無いのに。江戸時代って電気無いでしょ、これが切れたらもう帰れないのに。)


絶望が胸に満ちる。


カシャカシャッ

カシャカシャカシャカシャッ


何枚、何十枚撮っても、あの頭の頂点から魂を引き抜かれるような衝撃が、グラリと目の前が暗転するあの体感が起こらなかった。


真っ暗になった竹林の中、私は絶望に足を掬われその場に座り込み、声をあげて泣いた。


どのくらいの時間が経ったのか、寒さに身震いして顔をあげるとそこに、大きな体躯を微動だにせず佇む男の背中があった。


「!!ビックリした!」

私はビクンと体を震わせつつ素早く立ち上がると、その男は振り返って


「気が済んだか。」

鷹揚な声で、そう聞いた。


「気が済むって、どういうことですか?」

私はキンキンとした甲高い声をあげて聞き返した。


「もう、未来に帰られないとわかったか、この時代に骨を埋める覚悟は出来たか。」

男は重々しい口調で、また尋ねた。


「ひ、酷い!そんな言い方しなくてもいいのに、好きで此処にいるんじゃない。」

私の止まったはずの涙は言葉と共に溢れ出て、悲鳴のような叫びをその男にぶつけた。


男は大きな一歩踏み込み私の前に立つと、

「好きで生きられる者などどこの世界にもいるものか、江戸の殿様だって好きで城に居る訳もない。生きるとは所詮、詮無いことの連続だ。今、絶望の淵に居る今、選べ。来い、俺の手を取れ、知加子。」

そう言って大きな手を出して私に迫ったのだった。


私はその言葉を聞いて暫く、憑き物にでも憑かれたようにフラフラと目をさ迷わせていたけれど、心細くて不安で悲しくて寂しくて、結局、その男の手を取ってしまった。


男は直ぐに私の身を引き寄せるとフワリと優しく抱き締めて、言った。

「漸く手に入れた。俺はお前に会うことを信じて待っていたんだよ。」




寺に戻ると、入口に宗治さんとお静さんが心配そうに立っていた。


「知加子様、冷えてしまわれたでしょう、ああお召し物も汚れてしまって。風呂で温まってからお召し替え致しましょう。」


そう言われ手を引かれて奥へと連れて行かれたのだった。


風呂というのは、蒸し風呂でサウナのようだったが、体の芯まで温まり、桶に貯めてあるお湯で身を清めると何となくホッと息をつくことが出来た。


着替えは浴衣のようなものだったが、私は着付けが出来ないのでお静さんに着せてもらった。



随分と遅くなってしまったけれど、清因尼様が夕餉を一緒にと誘ってくれたので一緒の席についた。


そこには先ほど絶望の淵に居ると知っていて、尚、人生の選択を迫った男、光國も座っていた。

満面の笑みを湛えて。


「知加子様、兄上が御免なさいね、意地悪でしょう?」

清因尼様が困った顔でそう言った。


「何をいう。俺は存外優しいだろう、な、お知加。」

心外だとばかりにそう言うと、意地の悪そうに顔を歪めて笑った。


「ええ、清因尼様、本当に私の知っている黄門様と同じ方だとは思えません。実際はこんなにドSだったとは!あと、清因尼様、私に様は結構です。知加子と呼び捨てでお願いします。」

私は風呂から出ると自分でも不思議なくらい心が凪いていて、嫌みすら言えるまでに復活していた。


「では、お知加。私は、私もお静もお知加の傍に居てあげたいと、そう言ったのですよ。でも兄上が『元の時代へ帰れるや良し、帰らずば尚良し』なんて言うものですから。」

清因尼様の告白にハッとしてその男の顔をみた。


「おい、それは内々だと申し付けただろう!」

不本意そうな声で非難するが、


「私もお静も内々を承諾しておりませんから。」

清因尼様はそう言って非難を返していた。


「さ、さ。知加子様。たんと召し上がれ。」

そう言って茶碗を渡された。


(旅館の朝ごはんみたい)


一汁三菜の精進料理である。

それでも、ご飯は美味しく、味噌汁はホッとする味だった。


ゆっくり租借しながら食べている横で、バクバクと茶碗の飯を吸い込んでいる男に目を奪われた。


「んー、質素な食事だな。雉の味噌焼きくらい付いていても良かろうに。」

そう言いながら、お代わりの茶碗を受け取っていた。


「ここはお寺ですよ、兄上。食肉禁止に決まってるでしょうに。」

清因尼様が眉を潜めた。


「江戸時代の人ってお肉は食べないんじゃないの?」

ふとそんな疑問が口から溢れる。


「いや、食べるぞ。鳥は二本足だからな、庶民も皆食べる。いや、庶民の方が肉食はしてるかもな、山間の者らは猪や鹿、兎なんかも良く食べてる。馬や牛や豚も食べてるか、存外思い馳せてみれば、みな食しておるな。」

楽しげに話を拾って答えてくれる、今目の前にいる光國君、さっきの男と同じとは思えないフレンドリーさ。二重人格か。


「お知加、これから一年の後、婚姻を執り行う。その間、清因尼の下、藩主の御簾中とみえる作法を教えてもらえ。案ずることはない、格好だけだ。俺の前では別段、そのままでかまわない。そして俺に未来の知恵を教えてくれよ。」

二重人格光國君、更にお代わりを受け取りつつ、軽い口調でそう告げた。


私は、困惑を浮かべた視線を清因尼様に向け、


「あのぉ、この時代の結婚って正妻と側室と妾が居るんですよね?確か、英勝院様は側室だったような。私はこの時代じゃ孤児のようなものですけど、婚姻とか徳川御三家の次期藩主が出来ないですよね。どんな立場になるのですか?なんなら、このお寺で住み込みで働かせてもらえないでしょうか?武士の妻って想像も出来ないんですけど、お寺で働く方が出来そうな、気が・・・・。」

そう、話しかけた途端、直前まで軽口を叩いていた隣の男、スゴい殺気を払いながら私をガン見してきた。


「ならん。」

否、即決、短文。


いや、私、清因尼様に話してますが。

「なぜですか?武士のなんたるかもわからないのに、藩主の妻なんて出来る気がしません。」

そう言い返すと、


「出来る出来ないではない。いいか、よく聞け。よく覚えておけ。もしお前がここで寺女として働いて、お前の存在を知れば、即、某がお前を拐う。平民の世捨て人の寺女なぞ、お前、生かすも殺すも些末なことだぞ、そこ、わかっていっているのか。」

恐ろしい怒気を孕んだ声、怒鳴り声ではなく地響きのような声色。


大きな声でないから余計に怖い、え?私、なぜ拐われるって決定事項?


「英勝院様が、いや、水戸藩が、長きに渡り落ち人を調べていたのは、知る人ぞ知る、この寺の事実なの。そこに、毛色の変わった新しい寺女が入ったなどという噂はあっという間に広がるわ。庶民の人拐いは言うに及ばず、高名な僧侶、代々御上に仕える陰陽師。そこから話を聞いた別の藩の大名。お知加が知っている未来のことを知りたい人はたくさん居るわ。


例えば次の江戸の世継ぎが誰かなんてこと、知っているとしたら江戸城が動くでしょうね、御三家の他家も。その際、貴女の命の保証は無く情報だけとられてお仕舞い、なんて恐ろしいことだって有るやも知れないの。


その辺の懸念も含めて、英勝院様はお知加の申し送り書に打開策と手順を色々と指示されていたの。だからお知加、あなたは2代水戸藩藩主 徳川光國の御簾中として、()()()()()()()()嫁ぐこと、これが一番貴女が安全に、存外貴女らしく暮らせることだと私たちは考えているわ。」


清因尼様の言葉に、横に侍っていたお静さんが強く頷いている。


(え?近衛家ってなに?てかどこかの娘になってから、御簾中として嫁ぐ、御簾中って何だろう)


「あの、近衛家ってなんですか?御簾中って何ですか?」

私はおずおずと、視線をさ迷わせながら質問をすると、


「え?未来では近衛家は無いのか?天皇家はあるのか?徳川は?どんな時代になっているんだ!水戸藩は続いているか?」

その言葉を聞いた光國様、ビリビリと放っていた殺気が霧散し、今度は好奇心がビンビン尖ってる。


「近衛家は京の公家です。あなたは後陽成天皇の第四皇子 近衛信尋公の娘、尋子(ちかこ)として、水戸徳川家に正妻としてお嫁入りしてもらいます。」

清因尼様が凛とした声でそうおっしゃった。


天皇の皇子の娘、公家の娘、徳川の正妻・・・


え?ちょっとキャパシティオーバー・・・


その瞬間、目の前が真っ白になる。

私は今日、何回目かも最早わからぬ、白目を剥いて失神したのだった。


お読みくださいましてありがとうございました。


誤字誤謬があるかもしれません。


わかり次第訂正いたします。


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