虚け者遊び人の光國が改心するのは
やっと、ヒーロー(徳川光國)とヒロインJKが出会うことができます。
助走が長くてすみません。
これは歴史改編恋愛譚という、フィクションです。
「さて、神の使い様、どうぞお願いがあるのです。」
すっかりと落ち着いた英勝院様がそう切り出した。
「あの、英勝院様、私は神の使いではないです。普通の高校生です。名前は佐藤知加子と言います。そう呼んでください。」
「知加子というのね、本当にこの国の名前だわ。高校生とはナあニ?」
「学校という勉強をする場所に通っています。小学校が6年中学校高校が3年ずつ、私は高校1年生です。」
そんなに長く勉強するとは学者なのかと小さく伊藤さんが呟いてます。
「いえ、小中学校は義務教育で、高校まではだいたいどこの家の子も通います。通うことが義務つけられているのです。」
へえーほおーと一同が仰け反った。
「日本の未来は豊かなのですね、子供が働かなくて良いのですから。では、知加子さん。お知恵を拝借願います。」
英勝院様がそう言って微笑んだ。
「え?私でお役に立ちますかね?」
「勿論です。単刀直入に聞きますけれど、知加子さん、水戸藩について教えて頂きたいのです。」
ええー!知らない、水戸藩のことなんて知らないよ、どんなこと知りたいんだろう。
「知加子さん、貴女、徳川光國ってご存じかしら?彼の未来の評価ってどんな感じなのかしら?」
切羽つまった表情で話を切り出した英勝院様に、伊藤さん、目を見開いて驚いている。
「徳川光國、水戸黄門ですか?ああそんなこと!?モチロン知ってますよ、日本で一番有名なお爺ちゃんです。」
私は答えられる質問で良かったーと安心して息を吐いた。
「日本一有名なお、お爺ちゃん!?そ、そう、み、皆に好かれている、ということかしら?」
英勝院様が引きつった顔で聞き返した。
「ええそうです。国民的勧善懲悪ヒーローじいちゃんです。テレビドラマ、ってわからないか、っと、いやええっと、娯楽の読み物の物語とか役者が演じる演劇とかになっているので、広く日本人は知っています。日本中をお付きの助さんと格さんと一緒に回って悪代官とかをやっつけるんですよ。
こう格さんが葵の御門が付いた印籠を掲げて
『控えおろう、ここにおわすお方をどなたと心得る、前の副将軍水戸光國候なるぞ、控えおろう』
『ははあー』
みたいな?感じが毎回のお約束になってるのです。」
なんだろう、完璧なモノマネを見せたのに、場の空気が冷たい。
英勝院様もちょっと固まっている。
「んんん、前の副将軍っていっているからきっと隠居した後でしょうな。なるほど、庶民に真似されるくらい有名な演目なのですな。なるほど、なるほど。いや、ひと安心ですな、副将軍になった結果、物語が作られたのでしょうから。英勝院様、若は藩主になられるようですぞ。」
伊藤さんが急に大きな声で良かった良かったと喜び出した。
「なんかスゴい嬉しそうですね。どうしたんですか?」
そう気軽に聞いてしまった、自分を殴りたい。
「なになに、知加子殿、聞いていただけるのならば、ぜひ。」
その一言から始まった、光國若様の悪行の数々。
なにぃー相撲大会で飛び入り参加したものの相手に投げ倒されたと腹を立て刀を振り回して大暴れするわ、どこそこで酒を飲んでは記憶を失うわ、気づけば吉原遊郭で女遊びに嵌まるわ・・・
(う、黄門様ヤッベー奴じゃん、こっわ)
「挙げ句、先日は辻斬りをして旗本の倅に怪我を負わせてしまう事件までも起こす始末。ほとほと手に逐えず。どうしたものかと家来一同、いや祖母であらせられる英勝院様までも悩んでいるのです。」
そう、チワワのような目をウルウルさせて、聞かれても困ります。
「それは、なんと申しますか、タイヘンデスネ(あ、カタコトになっちゃった)えっと、あれ?なんかその話聞いたな、なんだっけ?あれ?んーん、んー、あの、確か・・・」
優たんがなんか言ってたじゃん、黄門様が反省して心を入れ換えるきっかけ。
「確か、反省するきっかけがなんかあったはず、なんだっけかな?」
ついブツブツと声に出してしまった。
「まあまあ、そうなの!本当に!それは何かしら?」
英勝院様が楽しそうに声をあげた。
伊藤さんもスゴい期待している目を向けている。
キャー止めて、期待しないでー、歴女でなくてごめんなさーい。
あの時の会話、『黄門様は日本で初めてラーメンを食べた』いや、これじゃない。
えっと、家来がなんか、えっと、えっと、
「確か、家来の誰かが諌める手紙をたくさん黄門様に送って」
私は首を捻りつつ呟く。
「て、手紙!?」
伊藤さんの問いかけに、
「そう、諌める手紙をたくさん出して、その中で引用として、中国の司馬遷が書いた、何だっけ?」
私は脳ミソを絞りに絞って、思い出しつつそこまで言うと、
「司馬遷、史記か!」
伊藤さんが勢いよく答えてくれた。
「あ、それ。そう、その史記の中になんか、自分の境遇に似た兄弟の話があるらしくて、それを知らせてくれた手紙を読んで反省して、態度を改めたって話だったはず。」
正確な題名は忘れちゃったけど、確か優たんそう言ってたよね。
「なるほど、藩に急ぎ帰ってそのように致しまする、これにて御免。」
挨拶もそこそこに、伊藤さんは帰っていった。
「まあまあ、知加子様、ありがとう。そのお知恵をこれからも拝借したいわ。」
英勝院様がそう言われたけれど、
「英勝院様、私は元の世界に帰りたいのです。もう一度、あの竹林の小路に行って良いですか?」
そうお願いした。
英勝院様とお静さんは目で会話していたけれど、すぐに英勝院様が小さく首を振って
「ええ、勿論です。私も一緒に参りましょう。」
そう言うと、あの竹林の小路へと一緒に向かった。
見上げた空は、時代を越えても尚青く澄み、真っ直ぐに伸びた竹を見上げた。
そうして、あのときと同じように、スマホで写真を撮ると、頭の頂点から魂が抜けるような感覚とグランと目眩がして、目の前が真っ暗になった。
それは一瞬の刹那。
一緒に竹林の小路を歩いていた知加子が、小路の真ん中であの四角いツルンとした板を掲げた。
パリャリという音と共に目映い光が瞬く。
英勝院もお静も後ろについてきた宗治も、その瞬間目を瞑ってしまった。
目を開けると、そこにいるはずの知加子が消えていた。
「ひゃ、ひゃあー」
お静が驚いて悲鳴をあげた。
「あれ、幽霊ってのは昼間も出るんですかい!?」
宗治が震えた声で言った。
「彼女を背負って寺の勝手口まで運んだのでしょう?幽霊なら触れないのではないかしら?」
「私も気を失っているあの子の頬を手拭いで拭きました。寝かせる時にも体に触れましたが、ちゃんと触れました。」
お静がそう言う。
「なら、彼女は幽霊ではなくて、大殿様が未来から使わして下さった神の使いなのでしょう。さて、お静少ししなければならないことが出来ました。宗治も手伝いお願いしますよ。」
「はい、もちろんです。」
「なんなりと。」
竹林をぐるりと廻し見して、きびすを返すと英勝院は本堂に向かった。
翌日から英勝寺では毎日昼過ぎに竹林での読経がお勤めに加わった。
それから、秋の半ばには竹林に向かって山伏や有名な僧侶を招いての読経会も開かれるようになった。
それは、知加子か、同じような神の使いがやって来ますようにという願いを成就させるための祈りだった。
(大殿様、仏様、どうぞもう一度神の使い様を遣わせてください)
英勝院が寛永19年に永眠。
死の間際まで、光國が反省して知加子の言う皆に慕われる黄門様へとなりますように、と。
また知加子を遣わせてください、と願っていた。
英勝院が亡くなると、住持として光國の同じ年の異母妹小良姫が継いで清因尼となった。
彼女も毎日昼過ぎには竹林に行き読経をあげた。
それは亡き英勝院の遺言であった。
首には螺鈿細工のツルリとした四角い板を首ぶら下げて。
(どうぞ神の使い様をお遣わせ下さい。このままじゃ、水戸藩の将来は存外暗いです。)
伊藤友玄は他の伝役や家老にも頼んで光國を諌める手紙を、司馬遷の史記を引用して書くように迫った。
自身も読んでは書き、書いては読む、いつか光國が改心してくれるはずと信じて。
しかし、まだ光國にはその気持ちは届かず、虚け者光國はというと、吉原の遊郭で大酒を飲んでは遊女と戯れていた。
ただ、この頃になると光國は、色が白くて背が高く、眉目秀麗な美丈夫となっていたので、江戸城に上がる時など奥女中がキャーだのワーだの、ステキーだのと、黄色い声があがるようになっていた。
すっかり浮き名を流す遊び人になってしまった光國に、傳役たちはせっせと手紙を書いた。
一番多く手紙を書いた傳役の小野言員はある日、司馬遷の史記の中の伯夷伝の中に立場を取り違えられた兄弟の話を見つけた。
「おい、友玄!あったぞ、これじゃないか!?」
小野は急ぎ、伊藤の席まで行って史記のその文を見せた。
あの英勝寺であった不思議な少女が言っていた、史記の中に自分と同じ境遇の兄弟の話があって、それを読んで光國は改心する。
それを信じて、自分も、他の傳役も家老も手紙で光國を諌め、史記の文章を引用、切り抜きながら改心を願って伝えていたのだった。
そうして、小野が見つけたその伯夷伝の引用された手紙を光國は手に取り何度も読み返したのだった。
なんと、あれから6年の月日が過ぎていた。
光國はその手紙を反芻しながら、よく自身を省みた。
このまま虚けをしようとも、御上の勅旨が変わることは無い。
そうしているうちに、藩の力は削がれてしまう。
正しい道に戻す前に、正しい藩政を敷かねばならぬ。
そして光國は、伯夷伝の如く自身の子を兄の藩へ養子に出し、兄の子を水戸藩の藩主へ据え正しい道に戻そうと決意するのだった。
蛮行は成りを潜めた。
身だしなみは、御三家の次期藩主に、次期副将軍に相応しいモノに改められた。
儒学や藩政は家老の山野辺義忠に学んだ。
元来の聡さと有り余る好奇心を遺憾なく発揮し、立派な水戸藩の世子と認められるようになった。
吉原での遊行は、まあ、まあ少しは減ったか、巴という遊女に入れあげたりもしたが、奥女中の弥智を側室とすると程無くして懐妊、翌年には長男の頼常が誕生することになった。
これによって、水戸藩の家来はホッと一息をつけるようになったのだった。
さて、光國に嫡男が誕生した頃、鎌倉の英勝寺では日課の昼過ぎの読経の最中であった。
確かに、何も無かった空間にナニかが飛び出てきた。
それは英勝院からの申し送り書にあるように、寸部変わらぬ場所に飛び出てきた。
それは、申し送り書にあるように、紺の羽織に短い花弁のような紺の腰巻き、背中に背負ったズタ袋、首から提げた桃色の紐の先にはツルリとした四角い板がぶら下がっていたのだった。
その飛び出てきた申し送りの神の使いを一瞬、地を蹴り手を伸ばし、地面に着く手前で掻き抱いたのは、初秋の読経会に気紛れに参加していた、徳川光國、その人であった。
「な、なんだ!お前、今どこからやって来た?いや、飛び出して来たな!?どういう原理だ!いやはや話し通りの様相だ。」
よくわからないことを口走る男に囚われた、体を抱くがっしりとした腕。
驚いて声も出すことが出来ず、狼狽えている少女は、12年前この竹林から消えたあの時のままの姿の少女、
「知加子様!」
お静がそう声をかけると、光國の腕の中にいる少女に駆け寄った。
「お、お静さん、これって一体、え?この人誰ですか?な、なぜこんなことに。」
知加子はあわわと慌てながら、見知ったお静に助けを求めて声をかけた。
「おいおい、こんなことってなんだよ。お前が地面に叩きつけられる前に、受け止めてやったってのに、挨拶もないのかい?お知加。」
そう言って知加子の顔にその恐ろしく整った顔を寄せてきた。
「う、う、きゃーーーーー!」
それは12年前を彷彿とさせる、耳をつんざくような悲鳴。
そうして、自身のキャパを越えた知加子は光國の腕の中、白目を剥いて気を失うのであった。
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