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魔法の現在位置

 翔とアイナを乗せた車が校門に滑り込むよりもかなり早く、万国共通とすら思えるチャイムの音が島に響いた。午前八時の合図だ。そしてもちろんそれは、始業の合図でもある。


「あーあ」

「また遅刻ねー。参ったわ」


 嘆息する翔の隣で、アイナはあっけらかんとした口調で事実と、それに対する感想を口にした。

 思っていたよりもあっさりとしているアイナを疑問に思い、思わず翔は尋ねる。


「あんまり焦ってないね? まだ日数いけるんだっけ?」

「わたしはシェリエみたいな天然娘とは違うからね」


 翔はその言葉をきちんと計算している、という意味に受け取った。そして、できれば遅刻しないようにその計算高さを使ってほしい、と脳内の愚痴吐き袋へと三回呟いた。

 そんな翔をよそに、すっかりと諦めたアイナの心情を表わすように、車はそのスピードを落とし、ゆっくりと、これ以上ないほどの安全運転で生徒用の駐車場に停車した。

 二人が車を降り、校門まで歩くと、一人の黒ずくめの少女が腕組みして立っているのが視界に入ってきた。

 常夏のマギス島でそんな伝統的な魔女の服装をしているのは一人しかいない。

 シェリエ=ミュートだ。

 由緒正しい魔女の家系に生まれた少女は、常日頃より『ご先祖様の正装に対して敬意を払わなくてはならない』という、彼女にしか理解できない理由で常にトンガリ帽子に黒マントを身につけている。ぎらぎらと照りつける太陽の下でも、汗をほとんどかかないが、周囲からは『さすが魔女』の一言で片付けられている。

 翔は慣れたもので、そんな少女の服装には特に感想を抱かずに、軽く声をかける。


「おはよう、シェリエ」

「……おはよ」


 しかし返ってきたのは憮然とした挨拶だった。たっぷりと、不機嫌さがトッピングされている。


「ああ、結局間に合わなかったんだね」

「うっさい!」


 不機嫌の理由を見事に口にして、翔は叫びと共に振り回されたシェリエの箒にはたかれた。

 その二人を完全にスルーして、アイナは既に閉まっている校門の隣にある守衛室に向かって歩いていく。


「すいません、三名遅刻です」


 声をかけ、名前を記入してから中に入れてはもらえたが、三人は教室に向かうこともなく中庭のベンチへと直行した。

 このマジックスクールは六〇分が一つの授業であり、途中入室はいかなる理由があろうと認められないからだ。


「あーあ、一時間もどうしよ」

「あんたは暇つぶし得意でしょ。しょっちゅう遅刻してるんだから」


 不平をこぼすシェリエにすぐにアイナからの突っ込みが入った。シェリエも負けじと言い返す。


「今日のはあんたが原因でしょうが!」


 その言葉には翔も賛成だった。三人は昨日珍しくアイナの家で遊び、そのままアイナの助手として深夜までこき使われたからだ。

 完全な徹夜ではないが帰る気もなくすほどにハードな使いっぷりに、翔とシェリエは泥のように眠った。アイナは作業しながら寝ていた。

 そして三人はめでたく普段のタイムスケジュールから大幅に出遅れることになったのだ。

 だがアイナは悪びれることなく、言い放つ。


「まあまあ、協力には感謝してるって。おかげで設計の目途がつきそうだし」

「設計って……相変わらずの工作オタクなんだから」


 シェリエが半ば諦めたような口調で言い返すが、今度の意見には翔は頷けなかった。


「そんなことが言えるのはシェリエくらいだよ。僕達は魔動機がなくては、十分な魔法が使えないんだから」


 いや、と翔は内心で自分の意見を否定する。

 魔動機を使っても、自分達はかつての魔法使い達のような力は振るえないだろう。

 神話や伝説、お伽噺に出てくる魔法の力。

 時に人を救い、時に人を滅ぼし、自然を操り、人智の及ばない奇跡を起こす。

 圧倒的な力、魔法。

 現代では、その力は既に失われている。

 魔動機と呼ばれる魔力――魔法を使うための力――を一定方向に増幅する機械を用いてすら、できることはたかが知れている。

 結局、魔法は機械のように便利にはならなかったのだ。

 今朝、自分達が遅刻を回避するために選んだ手段が車であるように。

 魔法は機械に敗北している。シェリエのような、ごくわずかな例外を除いて。


(それでも、魔法使いは言いたいんだ。私達は魔法使いだ、って)


 視界に収まりきらない、巨大な校舎。

 魔法使いの末裔達が、このマジックスクールで学ぶ目的も、つまりはそういうことなのだろう。

 翔は知らず、校舎に焦点を合わせた。小さな島の、巨大な校舎。

 それはもちろん、何も語らない。

 ただ、照りつける太陽の光を浴びて、キラリとその姿を輝かせている。




「そういえば、翔は専門、何を選ぶの?」


 シェリエが翔の背中にかけた質問は、入学して半年の三人にとっては気が早いとも言えるし、今更とも言えるものだった。

 マジックスクールでは二年進級時に専門課程の選択がある。どれも魔法に特化したものだ。


「何でわたしに聞かないのよ?」


 翔が答えるよりも早く、アイナが口を開いた。その言葉にシェリエは微笑して答える。


「アイナは聞かなくてもわかるもの。魔法工学、でしょう?」


 シェリエの指摘にアイナは笑みを浮かべて頷いた。魔法工学とは魔動機の設計、製作を行うための知識を学ぶ専攻だ。普段から機械いじりに余念のないアイナにうってつけといえる。

 シェリエはその類稀な魔力、そして先祖代々の技術を活かすために、魔法技術の専攻をとるつもりである。四つある専門課程の中で最も人気の高いもので、大抵の場合は選抜試験があるが、シェリエが落ちることは考えにくい。

 自分達の好みを抜きにしても、アイナはドイツの、シェリエはアメリカの援助を受けてマジックスクールに通う留学生だ。すべての学生は各国政府やそれに準ずる組織の援助を受けて通学している。

 そこには様々な思惑があり、少女達の好みだけで専攻が選べるわけでは、ない。


「さあ、まだ決めてないよ」


 だが、振り返らずに答えてきた少年は違う。

 眼前の少年、日高翔は。

 この島で唯一の日本人であり、唯一何の後ろ盾も持たず。

 そして唯一、世界からその存在を消され、この島で育った少年である。

 当時幼かったシェリエの記憶にすら残っている、悲惨な日航機事故。

 それをどういう方法で生き残ったのか、シェリエは知らない。だが、確信はある。

 日高翔は一〇歳にして、島の外れに墜落し爆発した飛行機から、後遺症一つなく助かるほどの何かを持っている。

 それは、機械では到底なしえないこと。幸運という言葉では済まされないほどの、奇跡。

 そんなことを可能にするものは、シェリエの知る限りたった一つ。

 それは――魔法。

 それも現在の力が失われた紛い物ではない。遥か昔からそう呼ばれている本当の意味での、魔法だ。

 政治的な動きを見せることがほとんどないこの島が少年の生存を隠蔽していることも、その期待の表れだとシェリエは理解している。

 しかし留学して半年、シェリエはまだ彼が魔法を使ったところを見ていない。実際、翔は勉強こそできるが、魔法関係の授業では底辺をぶっちぎっている。

 自分を超えるほどの魔法の使い手であるはずなのに、その片鱗すら見せない少年。

 誰もが優秀な魔法使いとなるべく切磋琢磨し、自らの力を誇るマジックスクールでは明らかに異質で浮いた存在。

 だからだろうか。

 シェリエはいつからか、日高翔から目が離せなくなっている。

 そんなシェリエの想いをよそに、翔は校舎を眺め続けている。彼はたまにこうして、何かを深く考えている時がある。

 何となく手持無沙汰になってふとアイナに視線を戻すと、彼女も視線を翔に注いでいた。

 それは、とても優しい眼だった。

 普段の能天気なアイナはそこに存在しない。同性のシェリエですら見惚れてしまうほど、その表情は美しかった。


「んん?」


 アイナはシェリエの視線に気づいて、振り返り、突然いつものアイナの顔に戻った。


「どうしたの? わたしに見惚れた?」

「んなわけないでしょ」


 シェリエが慌てて否定すると、返事のようにチャイムが鳴る。一時間目の終了の合図だ。これで教室に入ることができる。


「やっとだね。じゃ、教室行こうか」


 その音に反応してようやく振り返って声をかけてきた翔に慌てて頷いて、彼を追って歩き出す。


「ああ、見惚れたのは……」

「ちっがーう!」


 アイナが何か言おうとするのを、シェリエは全力で阻止した。

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