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南の島の少年少女

 南太平洋に浮かぶ小さな島、マギス島。全周が三〇キロ程度で、人口は約一五〇〇人。ミクロネシアと呼ばれる地域に浮かぶその島は、とりたてて特徴らしいものは何もないが、一つだけ、普通の島とは大きく違う点がある。

 その島は現代で唯一、魔法を受け継ぐ者たちが集う島であるということだ。

 しかし島は取り立ててその特徴を主張していない。

 今も島を東西に横切るアスファルトで舗装された道路を、ドイツ製の大衆車が走っている。陽の光を浴びて走るその車は、有名な昆虫の名を冠したものではない。もっといかにも実用車といった角のあるフォルムをした、世界のベストセラーの一つでもあるものだ。

 走る車線は右側。道路の両端にはいかにも南国らしく、フェニックスが等間隔で植えられているが、道そのものは片側に一車線ずつしかない。

 車の左側に据え付けられたハンドルを握っているのは一〇代半ばほどの少女だった。目鼻の整ったシャープな顔立ちに見事な金髪、すらりとしたスタイル。その恵まれた容姿を引き立てるように、緑色のタンクトップと七分丈のジーンズを合わせている、典型的な欧州人の少女アイナは静かに笑みを浮かべた。


「いやー。見事に遅刻ペースね。参ったわ」

「参ったわって……見事に他人事だね」


 年式の割にしっかりと装備されているエアコンを調節しながら、声に呆れを乗せて応じたのは、助手席の少年だった。年はアイナより少し下に見えるが、アジア人であるためにそう見えるだけなのだろう。綺麗に真ん中で分けられた黒髪は開けっ放しの窓から吹き込む風にサラリと揺れ、その下の丸いフレームレスのメガネを叩いている。背はアイナよりも少し低い。服はシンプルな白い半袖シャツに黒のスラックスで、いかにも高校生といった出で立ちだ。


「他人事だからね」

「いや、きっぱりとアイナの寝坊のせいだから」


 アイナはわざとらしく頬を膨らませたが、少年は一蹴した。つう、とアイナの額を一筋汗が走った。取り付くようにまた笑う。若干乾いてきているが。


「でもわたしが運転できるおかげで、最小限の被害で済むでしょ?」

「運転には感謝するけど、遅刻の最大限とか嫌過ぎるし」

「翔一人じゃ飛べもしないじゃない」

「いや、飛んで通学って校則で禁止だし。そもそもそんな長距離飛べる生徒なんてそうそういないし。ていうか、アイナも無理じゃん」


 翔、と呼ばれた少年は優しげな風貌に似合わず容赦なくアイナを追いつめていく。しかしアイナは堪えた様子もなく最後の言葉にだけ反応して、わずかに憮然とした表情を作る。


「そうね、無理ね。そんなことができるサラブレッドはあの子くらいのもんでしょ」

「そうだね」


 アイナが天井を指差し、翔も頷く。

 そのまま何となく無言になって、二人を乗せた車は軽快に、しかし致命的なタイムスケジュールで一本道を進んでいく。


「あー、まずい、本当に遅刻する!」


 不意に、声がかかった。翔が窓から半ば身を乗り出すと、声の主は上にいた。

翔とアイナを乗せた車の上空を、ほぼ同じくらいの速度で、島とは対照的にいかにも魔法使い、と主張するかのように箒に乗った小柄な少女が飛んでいた。アイナとはタイプが違うが、こちらも美少女と言っていい。ただし、艶のあるウェーブがかかった長い黒髪の上には、漆黒のトンガリ帽子が乗っており、身につけているマントも同じく黒という、魅力を引き立てるというよりは伝統的な魔女の衣装だった。

南国にはおよそ似つかわしくないその衣装に身を包んでも、汗一つかいていない。


「先に行くわよ!」

「あ、ちょっと! シェリエ! 校則やばいよ!」


 少女の言葉に翔は焦ったように声を張り上げるが、シェリエと呼ばれた少女は取り合わない。


「知ったことかー! 遅刻の方がもうやばいのよ!」


 シェリエはそう叫ぶと、速度を上げてあっという間にその姿を小さくしていく。


「あーあ。知らないや」

「お疲れさま」


 翔が車内に身を戻すと、アイナが労いの言葉をかけてきた。そのまま、危なげないステアリングを保ったままで、続ける。


「まあ、あの爆弾娘を止めるのは無理でしょ」

「……自分も爆弾、って自覚はある?」


 思わず翔は半眼になって呻いたが、アイナは笑って否定した。


「わたしなんて、あの子に比べれば可愛いものよ」

「そうかなー」

「そう、クラスター爆弾と対人地雷くらい」

「いや、どっちがタチ悪いかというか、どっちがどっちなのかも気になるんだけど……」


 実のない会話を続けるうちに、進行方向に一つの巨大な建造物が見えてくる。

 年代物の市庁舎か、学舎といった趣のそれこそが、翔達が目指す目的地だ。

 翔達はそこで、失われつつある一つの事を学んでいる。

 万物を操る、お伽噺の中のもの。

 歴史の隅に埋もれ、まれに浮上し、また消えていくもの。あるいは、力。

 すなわち、魔法。

 小さな島に不釣り合いに大きなその敷地は、国際マギス魔法専門高等学校。


 ――通称、マジックスクール。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読みました! 描写力が素晴らしくて、想像しながら先に読み進めることが出来ました。 [気になる点] 私の理解力が乏しく、ミクロネシアに不時着をしてから、魔法学園に通うことになったのが…
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