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アイナ=フォルゲイン

 家を出ると、アイナが車にもたれて立っていた。肩までの金髪が月明かりに煌めき、白い肌と合わさって幻想的な美しさを少女に与えていた。

 しかし、見慣れている翔は特に感想を口にも態度にも表わさない。


「どうしたの? 突然?」

「ま、いわゆるご機嫌伺い?」


 要件を率直に尋ねる翔に対し、アイナも率直に答える。

 翔は苦笑を浮かべて、応じた。


「悪くないよ」

「良くもない、でしょう?」


 即座に切り返えされ、翔は言葉を詰まらせた。


「シェリエは来てないわよ。昨日あんまり寝てないし、今頃は家でのんびりでしょ」


 アイナはそう言うと、車のドアを開けた。


「夜のドライブ、付き合わない?」


アイナはそれだけ言うと、翔の返事も待たずに滑るように運転席に入り、エンジンをかけた。

 夜の静寂を、たくましいエンジン音が破る。


「わかったよ」


 翔がおとなしく助手席に座ったのを確認して、アイナはアクセルを踏んだ。

 朝とは違い、ゆったりとした速度で車が走り出す。

 島の西部にある翔の家からしばらく東へ走り、ハイビームのライトが明かりの落ちたマジックスクールを照らし、視界にかろうじて入った頃、不意にアイナが口を開いた。


「翔」

「ん?」

「ごめんね」


 ぽつり、と零された言葉は、何についての謝罪か。

 それを正しく理解して、翔は柔らかい笑みを、アイナへと向ける。


「気にしてないよ」


 優しい嘘を吐きながら、笑みを――




 車はそれなりに年季の入ったエンジン音を響かせ、マジックスクールを横目に通り過ぎる。

 アイナの姉、ヴァネッサ=フォルゲインがここマギス島で乗っていたこの車は、年式こそ古いが安定した走りを途切れさせることがない。

 世界のベストセラーたる所以である。


「相変わらず良く走るね」

「それがこの車の取り柄でしょ」


 気分を変えようと無難な感想を口にした翔に視線を向けつつも、アイナは危なげないハンドル捌きで道なりに進んでいく。


「これくらい、魔動機も長持ちすればいいんだけどね」


 アイナの呟きには翔も同感だった。

 魔動機は手さぐりで開発が進められてきたため、ほとんどの魔動機は耐久性まで考慮する余裕がなかったためだ。

 この車のように数年、あるいは十数年の単位で仕様に耐えうる魔動機はない。


「でもアイナの目標は、長期使用じゃないよね?」

「まあね。でもまあ、長期使用に耐えうるにこしたことはないわ」


 いかにもアイナらしい物言いだった。

 ドイツから来た、マジックスクールに入学する前からの唯一の友人である少女は、魔動機に対して妥協をしない。

 それはフォルゲイン家の血がなす業か、あるいは何か別のものか。

 目標を純粋に、当然のように追うところはシェリエとそっくりだが、二人には決定的な違いがある、と翔は考えている。

 シェリエは優れた才能を当然のように受け止め、それを使いこなし、進む。

 しかし、アイナは。

 アイナ=フォルゲインは。

 かつて祖父がそうしたように、何度も失敗を繰り返しながら、一つ一つの欠片を掴み取っていく。

 天才ではない。それでも、目標に対する貪欲さで、進む。

 果たして、自分はどちらのタイプなのだろうか?

 才能を使いこなせず、貪欲に不格好に進む気概もない。

 まったく情けない。

 そして、不意に思った。情けないままでいいのか、と。

 それでも翔はただ静かにシートに身体を預ける。

 心の中で吹き荒ぶ寒風に舞い上がったそれは、今はひらひらと落ちていくのみ。

 しかし、ちりちりと翔の中に積もり、それは解放の時を待っている。




 車は島の中央を走る道を東の端まで出ると、T字路を左へ、つまりは北へと進路を取った。

 南の道沿いには、日航機事故の墜落現場がある。そこを通らないようにしたのは、アイナなりの気遣いだろう。

 事故現場は、島の誰もが知っている。慰霊碑も建てられている。

 しかし、当の本人である翔が足繁く――ほぼ毎日――通っていることを知っているのは、保護者であるカテリナと、アイナだけである。

 アイナと翔は五年来の付き合いであり、幼馴染と言ってもいいだろう。事実、二人ともそう認識している。

 島のほとんどを学校関係者と学生が占めるこの島で、翔の幼馴染はアイナ一人であるためだ。

 偶然にも夏休みを利用して、姉のところへ遊びに来ていたアイナは、事故の話を聞いて、現場へ花を供えに行った。

 事故を悼む気持ちはもちろんあった。しかし、それに加えて、多少大人びた気分でいたのは間違いない。

 多感で、成長期にある一〇歳の少女であれば、ごく当然であり、責められるいわれなどどこにもない。

 それでも、アイナは自分が軽い気持ちでいたことを、今でも後悔している。

 花も持たず、涙も流さず。

 ただそこに佇んでいた、少年の姿を忘れたことは、一度もない。


「ありがとう」


 少女の持つ花を見て、そう言った少年の姿を忘れることなど、できるはずもない。

 それほど深く考えずに花を供えようとした、自分の軽挙に寒気がした。本当の傷に、土足で踏み込んだ気がした。

 だから、幼心にアイナ=フォルゲインは誓った。

 少年と、友達になろうと。

 その傷を、少しでも癒せる存在になろうと。

 だって、彼と自分は同じ――

 魔法使いなんだから、と。

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