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8.

 悪い印象とならないように頑張って口角を上げ、お父様に付いて挨拶に回る。――が、そろそろ限界かもしれない。

 口数の少なくなってきた私にお父様は笑って言う。


「ルメリアが居なくなると皆残念がるが仕方ないな。侯爵、ルメリアを頼むよ」


 と、こめかみにキスをして、私を置いてお父様は一人だけ社交の輪に戻った。

 社交性を身につけると言ったけど、もう少し勉強してからじゃないと無理だと悟った。お父様の背を見送って、ため息を吐いた私を侯爵様が呼ぶ。


「ルメリア、少し下がろうか。ここは人が多い」

「――ええ」


 確かに、気が付けばやたらと周りに人が多い。

 「こっちに」と、促す侯爵様はいつもより三割増しくらいのきらきらしい笑顔を浮かべていて、フェイとは違う意味で少し胡散臭い。 その移動の途中、「…全く油断も隙もない」と侯爵様がボソッと呟いたけど、何のことだろうか?



 壁際へと避難して、ホッと息を吐いた私に侯爵様がいつもの笑顔で言う。


「疲れたかい?」

「疲れた、と言えるほど何もしてないんですが、…疲れました」

「ふふっ、なるほど」


 素直に言ったら笑われた。それならばと、ついでに聞いてみる。


「ロイス様はどうやって社交性を身につけたんですか? 物凄く顔が広いですよね?」

「うーん、その言われ方は…。まぁでも身につけざるを得なかったというか。父がさっさと引退してしまったからね」

「…そうですか」


 あり得ないけれど、もしお父様が急に引退してしまったら、私ならば即路頭に迷う自信しかない。

 …ああでも、フェイがいれば大丈夫かも。


 ――と、さっきからここに居ないフェイ(存在)が何度も頭にちらつく。

 これではフェイがいないと駄目な人間みたいではないか。実際そうだとしても。

 眉間に小さくシワを刻んだ私を見てどう思ったのか、侯爵様が取り繕うように言った。


「でもルメリアはそんな今すぐ社交性なんて身につけなくてもいいと思うよ」

「――え?」

「社交で繋がる縁が全て良いものだとは限らないからね。リスクを負うこともある。そうなった時に、君よりも、男爵と君の従者の取るだろう行動を考え方たら……、うん、あまり良い選択だとは思えない」

「………」


 言われて、思わず無言になった。社交性の中にはリスクを如何にして回避するかという技術も必要らしい。そのリスクが私にとってのものになるか、相手にとってのものになるか。


「…精進します」

「そんなに頑張らなくても。社交がしたいのなら私がいつでも付き合うよ?」

「有り難い申し出ですが、いつでもは駄目ですよ。 それこそロイス様まで噂の種になってしまいます」

「それに関してなら私は全く構わないんだけどね」

「駄目です」


 きっぱりと言う。それでは婚約者という立ち位置になってしまう。それこそ、私にはあってはならないもの。


「うーん。まぁ、君ならそう言うだろうね」


 侯爵様は苦笑を浮かべた。現状、リッツラント侯爵様に婚約者はいない。だからこそエスコートの件を承諾した。もし決まった相手がいたら絶対に断っていた案件だ。

 しかし、ここ一年ほど侯爵様との友人関係を築いてきたわけだが、やはり人にモテる。今日だって私のエスコート役に徹して自らは前に出ることのない侯爵様に、何人の人間が話し掛けたそうにしていたことか。

 実際に話し掛けてきた相手は爽やかな笑顔であしらわれて終わっていた。とても申し訳ない。


 でも、申し訳ないと思い出ながらも確かに侯爵様がいてくれて良かった。

 というのも、本当に王族の方々が声を掛けてきたからだ。その時だけは侯爵様は前に出てきて逆に私が後ろに徹し当たり障りのない会話だけで済んだ。物凄く残念そうな顔を向けられたが私にとっては知ったこっちゃない。

 それともうひとつ助かったのは、先ほどのカーストン子爵。会場で数人の貴族令息らしき者と談笑しているのを見掛けた。向こうも私に気付き、だけど横に侯爵がいるのを見て取ると、一瞬顔をしかめこちらに近付いて来ることはなかった。

 うん、本当にロイス様々だ。持つべきものは友とはこういうことか。

 そんな侯爵様に「ロイス!」と、やはり掛けてくる声がある。


「…ジェラルド」


 小さく名を呼び返し侯爵様は軽く眉をしかめた。だけど向こうはそんな表情にも気にすることなく笑顔で近付いてくる。


「どうしたんだ、こんなところで? 君の周りにデビュタントを迎える人間なんて、……おや――、」


 相手が私に気付いた。


「君は確か…、――あ、おいっ、ちょっと! わっ、引っ張るなってっ!」


 だけど直ぐに、侯爵様はジェラルドと呼んだ男の腕を掴むと私から距離を取る。


「お前はルメリアに近付くな」

「あ、やっぱり彼女がフィッシャー男爵令嬢か! うーん、なるほどなるほど」

「見るな」

「いやいや無理でしょ? 絶対目で追っちゃうよあれは」

「でも見るな」


 侯爵様らしからぬぶっきらぼうな物の言い方。だけどそこにトゲトゲしさはない。名前で呼び合うような仲なのなら私と同じ侯爵様の友人なのかもしれない。

 侯爵様の肩越しにこちらに向かって笑顔で手を振る男に私は小さな会釈を返すと、彼は少し目を見開き、二三度瞬かせた後、何か言おうと口を開いたが侯爵様がそれを邪魔した。


「ルメリア、すまないけどちょっとだけ待っててくれるかな。でも何かあったら直ぐに呼んでくれて構わないから」


 そう言われて、私が頷くと侯爵様はまた少し距離を取った。割りと無理やり引っ張っていたようだけど相手も笑っているので仲は良いのだろう。


 手持ち無沙汰だし、軽く何か飲んで待っていようと、テーブルに置かれた空のグラスを取る。そしていくつか並んだデキャンタから薄紅色の液体を選び、グラスに注ごうとしたら聞き慣れた声が聞こえた。


「ルメリア様、それはお酒ですので止めた方がいいですよ」


 振り返る。それは思った通りの男の姿だ。

 ――だけど。


「…フェイ」

「はい。 ――あ、こっちは果実水なのでこちらでいいですかね」


 フェイは私の手から空のグラスを取ると別のデキャンタから鮮やかな赤い液体を注いだ。


「はいどうぞ、ルメリア様。クランベリーのジュースです」


 給仕姿のフェイがグラスを差し出す。

 だけど、私の視線がグラスに向くことはなく、フェイを見つめたまま口を開いた。


「…………フェイ?」

「はい」

「髪…、どうしたの?」

「切りました」

 

 給仕ですし、ロン毛じゃ目立つでしょ?と、しれっと口にするフェイ。

 そう、私の視線の先はフェイの髪、編まれていた長い髪がすっかりなくなっている。ロン毛が何かはわからないけど。

 パチパチと目を瞬かせる私にフェイは言う。


「髪なんて切っても勝手に伸びますし」

「まあ確かに」


 それには同意だ。だから私も暑い時期はバッサリと切ってしまいたいと思うのに、駄目だと止めるのはお父様と、――目の前の(フェイ)

 

「あ、もちろんルメリア様は駄目ですから」


 まだ何も言っていないのに先手で釘を刺された。髪なんて伸びるって言ったくせに。

 私はムッと眉を寄せて、フェイの手からグラスを奪うと一気に呷った。 …そして噎せた。


「あー、何やってるんですか」

「――だ、だって……っ」


 ゲホゴホと噎せる私の背をフェイが宥め、その咳き込んだ声を聞き付けた侯爵様がこちらを振り返った。

 青い瞳が大きく見開く。 その理由は従者であるフェイがここに居ることと、髪のせいか。

 どちらにしてもフェイが原因で、そのフェイはニッコリと笑うと侯爵様に手を振った。


「あははー、驚いてますねー。驚く顔もイケメンてムカつきません?」

 

 フェイの呟きが聞こえたわけではないだろうけど、侯爵様は一度グッと眉を寄せ、だけどため息と共に今度はそれを解き、最後はちらりと私を見て眉を下げた。


「ほら、これで侯爵様も心置きなく友人と語れるでしょう。 ――あ、おかわり入りますか?」

「…次はお水がいい」


 噎せたからじゃないけどそう言う。フェイは苦笑混じりの声で「了解」と答えると、私の手からグラスを取り上げた。


 フェイが私の側にいること、それはやはり当たり前で自然だ。

 新しいグラスに水を注ぐフェイから、先ほどまでその位置にいた侯爵様へと目を向ける。侯爵様は再び友人と何か語り合っていて、フェイがいることで私に関しての気兼ねがなくなったのは確かだろう。

 本当に、申し訳ないと思う。本来なら侯爵様本人が話したいと思っていた人も沢山いたはずだ。


「ルメリア様、それ、見当違いですからね? はい、取りあえず水をどーぞ」


 そんな思考を中断するようにフェイが言い、差し出されたグラスを受け取り私はフェイの言葉を反復する。


「見当違いって?」

「ルメリア様が今考えてることですよ」

「考えていること」

「ええ、顔に出てます」


 言われて片手を頬に添える。だけどピクリとも動かしてなどいない。フェイはフッと笑った。


「言っときますけど、侯爵も俺たちと同じ穴のムジナですから」

「俺たち?」

「そうです。俺と、旦那様」

「んん?」


 フェイとお父様? それはどういう意味だと尋ねようとしたら、「――ルメリア!」と呼ぶ声が割って入った。


 今日は本当に突然の訪問者が多い。社交の場なのだから当然と言えば当然。例えそれが望んでいない相手でも。


「あら…、よく見たら貴方ルメリアの従者じゃない」


 私の隣にいる給仕姿のフェイを認めて、シャーロット様が言う。

 再びの遭遇。だけど人の少ない会場の片隅で、偶然の再会なんてないだろう。シャーロット様が私を探して来たのだ。


「シャーロット様、あの…私に何か?」

「うーん、一人だと思ったのに」

「え?」

「ううん、何でもない。それより、――ね、ルメリア、ちょっと二人で話せないかな?」


「無理ですね」


 私が答えるよりも早くフェイが答えた。


「私はルメリアに言ったんだけど?」

「旦那様からそう言われてますんで」

「ああそう。じゃあ、ルメリアこっちね」

「だから今無理って言いましたよね?」


 そんなフェイを無視してシャーロット様は私の手を取り、不機嫌に眉を寄せてフェイがその手を押さえた。

 本人である私はそっちのけでにらみ合う二人。私が絡むことに対してフェイの態度が良くないのはいつものことだ。けれど、二人の間に漂う微妙な雰囲気に、チラホラとあっただけの衆目がグッと増えた。これはあまりいただけない。


「ねぇフェイ…、―――あっ!」


 止めようとした私の、捕らわれていた手がグイッと引かれバランスを崩す。

 パシャッと小さな水音。持っていたグラスから零れた水が私のドレスとシャーロット様のドレスを濡らした。


「――!!」

「……あら、大変」

「…っ、申し訳ありません、シャーロット様!」

「ううん、私よりルメリアの方が酷いよ。これ水だよね? でも早く拭かないと」


 驚く私を余所にシャーロット様は至って平然とした様子。


「…アンタ、わざと引いたろ?」


 低く、唸るようにフェイが言う。


「そんなことよりも、従者なら今は主人の服を何とかしなきゃいけなくない?」

 

 それに対しても彼女は薄い笑みを浮かべて。

 フェイが言ったように、シャーロット様が私の手を引いたのは事実。だけど彼女が何でそんなことをしたのかより、今は確かにドレスを何とかする方が先決だ。

 それに「何故」かなんてわかっている。()()の為の()()、ただそれだけ。

 シャーロット様は濡れたスカートをつまみながら言う。


「何処か部屋を用意してくれるように言ってくれないかしら? 給仕さん」


 ()()姿()のフェイはその言葉に舌打ちを返すと、シャーロット様から目を逸らすことなく少し離れた場所の侯爵様を呼んだ。


「リッツラント侯爵!」


 呼ばれて、友人との話しを止め戻ってきた侯爵様は増えた人物に目を向け怪訝な顔をする。


「シャーロット嬢…? 何で…」

「侯爵、それよりこのおん――、…令嬢とルメリア様の服が濡れたので部屋を借りてきます。今の俺がそれに付き添うのも変なので侯爵が付いてて下さい」

「え――、あ、ああ…」


 矢継ぎ早に話すフェイにいまいち状況が読めないままでも侯爵様は頷き、フェイは再びシャーロット様へと鋭い眼差しを向けた。これなら文句はないだろというように。

 それに、シャーロット様は薄い笑みを浮かべたまま軽く頷き返した。




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