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『悪女レディ・ルメリア・フィッシャーは愛を拒む』
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『悪女レディ・ルメリア・フィッシャーへ愛を捧ぐ』
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続き、デビュタントの話しです。
一応、二十話くらいの話しの予定です。
自分を追い詰める為(?)取りあえず一話目投稿。ぼちぼちアップとなると思います。
しばらくお付き合いよろしくお願いします。
外敵を防ぐ為にと作られた城郭。だが今はそれが仇となる。
囲まれたその中ではあちらこちらから火の手が上がり、逃げ場を求める人々で王都は混乱と混沌に満ちる。
外へと繋がる門の全てには隣国の兵が築いた堅牢な柵。逃げ出すことを封じるかのようなそれはきっとその通りに、この国の何もかもを焼き尽くすのが目的なのだろう。
非道も罷り通る、それが戦争だ。そしてそこに利己的な憎しみが混ざっていたとしても、それも仕方ないこと。
周りを欺き裏切り、怪我を負いながらも最後に私の手を取った男は、けれど逃亡の途中力尽きて死んだ。名さえ知らぬ黒髪の痩せた男だった。
男が死んだ後、私は炎から逃げる人の流れに押されて小さな広場へとたどり着いた。
そこは少し高台で、炎によって街が蹂躙されて行く様子がよく見えた。
赤々とした炎が地を這い広がる。その光景をただ見つめる。
黒い世界を染めてゆく赤。それは圧倒的な力。抗う術さえ許さない絶対。
私の髪がブワリとなびいた。熱い風が頬を嬲る。
「風向きが変わった! ここも危ないぞ!」
どこからかそんな声が上がり、ため息がそこかしこで落ちた。
それはもう何処にも逃げ場なんてないじゃないか、という気持ちの代弁。 それでも皆、歩き出さざるを得ない。生きたいと望む限りは。
「ねえ、アンタも逃げないと」
逃げる人の流れに混ざらず、逆方向に顔を向けていた私に声を掛けてきた女。
振り向いた私に少しだけ驚いたような顔をしたが、胸に抱いていた我が子が愚図る気配を見せ直ぐに意識はそちらへと逸れた。
子をあやしながら母親である女は言う。
「ここももう危ないらしいわ、早く逃げないと。アンタとても綺麗な顔してんだし、火傷とかしたら大変じゃない」
「…心配、してくれるんだ」
「そんなの当たり前でしょう?」
訝しげな顔をする女に私は口の端を少しだけ上げた。
「……うん。ありがとう」
焦げた匂いのする熱風がとうとう煙を運んできた。子を庇い咳き込んだ母親に私は自分が身に着けていた外套を掛ける。
「使って。熱と煙避けになる」
「でも――」
「いいの、別に私のでもないし」
これは死んだ黒髪の男が私に着させたものだ。それに。
「私には必要ないから」
「?」
「待ってるの」
「待ってる?」
「そう。だから必要ないの」
どういうことかと言う顔を女はしたが、子がまた愚図り出したのでそこは素直に受け取るという判断をしたようだ。
「ごめんなさい、今は有り難く借りるわ。逃げ延びれたら必ず返すから」
と、外套で子を隠すように包み自らもフードを目深に被ってこちらを見た。
「ねえ、待ってるってのは、恋人?」
その視線はやるせなさが大半で、だけど少しだけ浮かぶ好奇心。
こういった状況だからこそ何でもいい、他人のことだろうと、自分が嬉しい楽しいと思うことに少しでもよすがを得たいのだろうけど。
私が緩く首を振ると、「そっか…」と女は眉を下げ小さな息を零した。
「……じゃあ、アタシは先に行くわね。アンタも頃合いを見て切り上げなさいよ。何もかも、生きてこその物種だから」
そう言って、逃げる人たちの流れに加わろうとして、思い出したように振り返った。
「ああ、そう。アンタの名前教えてよ。これ返す時に必要でしょ?」
女は被った外套を少し持ち上げる。
別に返す必要などないのだが。
「…ルメリアよ。 私は、ルメリア・フィッシャー」
「そう、ルメリアね、ルメリア。うん、わかった」
記憶に刻むように私の名を数度繰り返す。
彼女にとって、私の名は外套を貸してくれた者、としてだけ刻まれるようだ。
「これ、必ず返すから。お互い絶対また生きて会いましょう」
じゃあ。と軽く手を上げて今度こそ女は人の流れの中に消えた。
言葉通りに、この母親が生き延びれたとして。その後に私の名をどう聞くことになるだろうか。
―――生きてこそ、
心の中で繰り返す。
「生きて、こそ…」
今度は口に出して。
そしてゆるりと笑った。
そこに、何かを見出だすことはない。
私はまた、徐々にこちらへと迫る炎を静かに見つめる。
あの日――、あのデビュタントの日に。
私の心を魅いらせ猛けさせた、燃え踊る炎。
私は待っている。この空虚な心を埋める絶対的なものを。
私は、再び待っている。
~『悪女レディ・ルメリア・フィッシャーの最期』 最終章( 5 )~
***
そう、レディ・ルメリア・フィッシャーは悪女でなければならない。
そうだ、絶対に。
なのに――、
「何かが…、おかしい…?」
呟いた口元が決意を込めて一度結ばれる。
「……正さないと…、
ルメリア・フィッシャーのあるべき姿に」
***
「ルメリア様、今日の二時から衣装の仮縫いの打ち合わせですからね」
「………」
「そんな顔しても駄目ですよ。約束なんですから」
まだ何も言ってないし表情だって通常通りだったはずなのに、私の従者であるフェイは眉を寄せ、今更というように細い目を更に細くしてそんなことを言う。
「わかってるよ」
約束は守らなければいけないもの。
だけど気が進まないのも確かなのだから仕方ない。
私は大きなため息を吐いた。
何故なら、その打ち合わせというのが私のデビュタントの為の衣装であるから。
私は『ルメリア・フィッシャー』
失くなったお母様が残した言葉をもってするならば、私は悪女となる運命。
『レディ・ルメリア・フィッシャーは国をも滅ぼす悪女であり、その非道は十六歳のデビュタントの時から始まる』
そう――、そのデビュタントがとうとうやって来るのだ。
悪女とならない為の努力は色々としてきた。だけどそれが十分であるかなんてまだわからない。だからデビュタントも避けたかったのに、お父様とフェイに猛烈に反対された。
「最愛の娘の晴れ舞台が見れないなんて…、それはもの凄く親不孝なことだと思うんだよ、ルメリア」
とは、お父様。
「晴れの舞台なんて必要ですか?」
「そりゃ必要ですって。ルメリア様がもちろん圧勝でしょうけど」
フェイも参戦する。
「圧勝…? デビュタントに勝負事があるの?」
「貴族の集まりなんて常に誰が勝つか負けるか、そんなのばかりだよ。まぁ、フェイが言うようにルメリアが圧勝だけどね」
代わって答えたお父様。だけど結局答えになっていない。
私は眉を寄せた。
「よくわからないけれど、そもそも晴れの舞台が――」
「必要だよ」
「必要です」
二人して押しきられた。
それでもお父様に懇願して、何とかそんな舞台に出なくてよくなりそうになったとこで、何故か今度は絶対に断ることの出来ないところからのデビュタントへの招待状が届いた。
それを見たお父様とフェイはまた二人して今度は顔をしかめ、逆に参加を辞退しようと考えたようだけど、そこは既に諦観を決めた私が止めた。
そう諦めた、諦めたはずなんだけど。
やっぱり心は晴れない。晴れ舞台と言われようと。
コトリと、目の前に温かい紅茶が置かれた。ベルガモットの香りがする。
「そう言えば、二時には旦那様も戻られるそうですよ」
一応気に利かせてくれたのか、紅茶とそれに合わせたリンゴのコンポートが乗った皿を置いたフェイが言う。
「お父様が? 珍しいね、年度変わりこの時期は忙しいのに」
「まぁ、たとえ忙しくても今日は合わせてくるだろうなぁとは思ってましたけど」
「そうなの?」
「そりゃ俺だけが先にルメリア様の晴れ姿を見れるはずないでしょう。たとえ仮縫いであっても」
俺、殺されちゃいますよーと、からりと笑う従者を私は半目で見る。
よく言う。この私の従者は、体格こそこの国の平均男性より劣るが、その強さにおいては誰にも負けることはないと、何度も危ない目に会いその度に助けられてる私は自分の身をもって知ってる。
そしてお父様もその面においてはフェイに全幅の信頼を持っていることも。
フェイの冗談は無視して、私はリンゴのコンポートをフォークにさすと、シャクリと一口食べて小さく口元を綻ばせる。ここ二週間程、起きてる時間帯ではお父様と顔を合わせてはいない。なのでどんな理由にせよ、お父様に会えることは素直に嬉しかった。
**
仕立て屋の女主人は二人のお針子を連れて時間通りにフィッシャー家に来た。その少し後、
「――いやぁ、遅れてしまったっ、すまない!」
家令のハンスと共に勢いよく応接間にやって来たのは、この家の主――オデール・フィッシャー、お父様だ。
「ああ、何とか間に合ったかな? マダム慌ただしく申し訳ない」
「いいえ、そのような。ご機嫌ようございます男爵様。それよりお時間の無理があったのでは? 日にちを改めてもこちらは構いませんよ?」
「いやいや、それには及ばないよ。仕事より何よりも最優先はこちらだ」
そう言ってお父様は隣に座ると、柔らかい笑みを浮かべて私の頭に軽いキスをした。
因みに我がフィッシャー家は領地を持たない男爵家。一応貴族ではあるがお父様の意識的には商人に近い。
「おかえりなさい、お父様」
「うん、ただいまルメリア」
私より濃い栗色の髪、そして逆に少し薄い紫色の瞳。私の顔立ちはお母様に似ていたが色彩はお父様だ。その目を緩く細め、お父様は物凄く嬉しそうな顔で言う。
「やっと起きてるルメリアを見れたよ」
毎日寝顔は覗いてたんだけどね。と、蕩けるような顔でそんな微妙なことを言われても。
「お疲れではないんですか? 今日はただの衣装合わせだけですし、お父様は部屋でお休みになられては?」
「――はっ!? そんな…っ!! ……いやいやいや、それは酷いよルメリア。 私がどれだけ今日を楽しみにしてたと思うんだい?」
一応お父様の身を慮って言ってみたのだけれど逆に非難された。そんな親子のやり取りを向かいで見ていたマダムがくすりと笑う。
「相変わらず男爵様はお嬢様が一番でございますわねぇ」
「そりぁ当たり前のことさ。愛した妻の忘れ形見な上にこの愛らしさだよ? 本当は仕事なんて全部放り出していつもルメリアの側で過ごしたいんだが………くそぅ、フェイのヤツめ…」
何か小声が聞こえたけど聞かなかったことにしよう。
「まぁでも、こうやって仕事をしてるお陰でマダムが作る素晴らしい服を娘に着させることが出来るのだけどね」
「あらまあお上手」
「そしてその服を纏うルメリアがデビュタントの主役になることは間違いないだろうね!」
「………安定の親馬鹿ですわね」
「………すみません」
思わず謝った。いたたまれない。




