夫となる男性は女性を尊重するのが当然ですわ。― 姉の代わりに酷い婚約者をとっちめるお話 ―
「いつも言っているだろう。今日の君はどうしたんだ?」
いきなりそう言われて驚いた。
ただ、カフェのメニューを見て、珈琲と好きな苺ケーキを選ぼうと思っただけなのだ。
それなのに、目の前の男は。
「私は紅茶とレモンケーキが好みだ。」
店員を呼んで男は勝手に注文する。
「紅茶二つとレモンケーキ二つ。」
端正な顔立ち。金の髪がキラキラと輝いて、この男は相当モテるだろう。
政略でガランド・ケルテリウス公爵令息18歳と、リリアーゼ・カルディスク公爵令嬢17歳との婚約が調ったのは1年前の事である。
目の前の男、ガランドは横柄な態度で、
「せっかく私が忙しい時間の合間に、君とのデートの時間を作ったのだ。感謝するのだな。」
「はい。でも、わたくし珈琲と苺ケーキを食べたかったですわ。」
ガランドは不機嫌そうに眉を寄せ、
「いつから、そんな我儘を言うようになった。今日の君はおかしいぞ。」
「え?」
「それに、その格好はなんだ?桃色のドレスだと?私が贈ったレースをふんだんに使った水色のドレスがあるだろう。私はその色は好まない。何度言ったら解るんだ。お前はそんなに頭が悪い女だったのか。」
何だ?この男は…
思わずテーブルを叩いて立ち上がった。
「貴方にわたくしの服装まで指図される覚えはありませんわ。」
「何を言う。私は未来の夫なのだぞ。夫の言う事に従うのが妻と言う物だ。今からそのように教育している。感謝するのだな。」
イラついた。
だが、にこやかに微笑んで。
「今度から気を付けますわ。今、ここでドレスを脱ぐわけにはいかないでしょう。」
「解ればいい。今日のデートはこの後、お前にドレスを買ってやろう。その時に、その品のないドレスを着替えるがいい。それにしても、今日の髪型はどうした?私は結ってあるのが好みだ。いつも言っているだろう?」
「今日は可愛らしく見せる為に、結いたくなかったのです。」
「はぁ?今からでも化粧室へ行って、髪を結ってくるがいい。」
苛ついた。
「わたくし、帰らせて貰います。」
「無礼極まりない。お前の両親に報告させて貰う。我が公爵家を怒らせたらどうなるか思い知るがいい。」
「ええ。報告でも何でもどうぞ。」
馬車を呼び、屋敷に戻ったフェリアーナ。
屋敷に戻ると、両親へ報告した。
「酷い男でしたわ。ガランド様は。お姉様が病むのが良く解りました。お父様。お母様。
何故、お姉様がああなるまで、放っておいたのです。」
フェリアーナと姉のリリアーゼは双子だった。
見分けがつかない程にそっくりだったのだ。
大人しいリリアーゼは両親が望むままに、ガランド・ケルテリウス公爵令息と婚約し、いつの間にか心が病んでしまった。
人の見わけもつかない程に病んでしまったので、二日前に領地の方へ静養へ向かわせた。
フェリアーナの方はと言うと自由を好み、隣国へ留学していたのだ。
久しぶりに国へ戻ってきたのが一週間前。姉のリリアーゼは壊れてしまって、フェリアーナの事すら解らなくなっていた。
両親は忙しく、どうしてリリアーゼが壊れてしまったのか、まるで心当たりはないという。
だから、フェリアーナは見た目がそっくりな事を利用し、色々と調べてみる事にしたのだ。
そうしたら、婚約者のガランドがとんでもない男だった。
許せない。
怒りが湧きあがる。
父のカルディスク公爵は娘の怒りに頷いて。
「ガランドが原因なら、ケルテリウス公爵に言って、婚約を解消させよう。」
カルディスク公爵夫人はハンカチを手に、怒りに震えながら、
「リリアーゼは大人しい娘ですから我慢していたのね。婚約破棄ですわ。婚約破棄。」
フェリアーナも頷いて。
「そうですわ。婚約破棄。慰謝料をしっかりと貰いましょう。」
ふと、フェリアーナは思った。
向こうにとっては当たり前の事。
それでリリアーゼが壊れただなんて難癖をつけられても慰謝料は払えないと言うだろう。
そこで、力強い人に味方になって貰う事にした。
二日後、ガランドに贈られた濃い緑のドレスを着て、髪を結って王宮の夜会にフェリアーナはリリアーゼとして出席した。
ガランドはフェリアーナに向かって、
「反省したようだな。私が贈ったドレスを着て、髪を結って…全て私好みの姿で現れるとは。」
フェリアーナは王宮の広間の中央で、叫んだ。
「わたくし、こんな色のドレス嫌ですわ。」
ガランドが目を見開いて叫ぶ。
「何を言うか。私が贈ったドレスを嫌だというとは…」
「だって、貴方様は、わたくしの事を否定致しますでしょう?わたくしの好きな色?この色は?わたくしの好きな髪型ですの?この髪型は…何一つ、わたくしの希望なんて聞いてくれない。そんなの酷いではありませんか?」
「ふん。それは当たり前の事だ。私は次期公爵だぞ。妻は夫の言う事を聞いていればいい。妻は夫の人形であるべきだ。」
「それは違うな。」
スっと現れたのはこの国の第二王子アレスである。
ガランドはアレス第二王子に向かって、
「これはアレス様。私は当たり前の事を言ったまでですが…」
「それは違うと私は言ったが。」
フェリアーナの手をアレス第二王子は愛し気に取り、自分の方へ引き寄せてくれた。
そして、宣言する。
「フェリアーナ・カルディスク公爵令嬢は私の婚約者だ。」
ガランドは目を見開いて、
「この女は私の婚約者。リリアーゼ・カルディスク公爵令嬢のはずですが。」
フェリアーナはにこやかに微笑んで、
「リリアーゼはわたくしの姉ですわ。わたくしの婚約者はアレス第二王子殿下。姉、リリアーゼに変わって、わたくし、貴方にお会い致しましたの。姉は貴方のせいで、心を病んでしまいましたわ。」
ガランドは眉を寄せて、
「私のせいだと?どうして私のせいになるのだ。」
アレス第二王子は、
「しっかりと聞かせて貰った。お前はリリアーゼの意見をいっさい聞かず、自分の好みを押し付けて、人形のように扱ったそうだな。」
「当たり前の事です。妻になる女性を今から教育していただけです。」
「私はフェリアーナの希望をちゃんと聞いてやっている。一人の女性として尊重している。フェリアーナは人間だからな。お前はリリアーゼを尊重しなかった。彼女は精神を病んでしまった。王族権限で命じる。カルディスク公爵家の慰謝料の請求にはしっかりと答えるように。」
「いや、私のやっていた事はっ。」
「了承致しました。アレス第二王子殿下。」
ケルテリウス公爵がカルディスク公爵と共に現れた。
息子の頬を平手打ちする。
ガランドは目を見開いて頬を押さえ、
「父上。何をっ。」
「妻がお前を甘やかしすぎたな。お前は騎士団へ行き、しっかりとその精神を鍛え直せ。」
フェリアーナがにこやかに、
「ケルテリウス公爵様。辺境の騎士団がよろしいですわ。」
ガランドは真っ青になる。
「辺境の騎士団は嫌だーーーーっ。」
女性が一人もいない辺境の騎士団。男達はこの際…(以下略)美しければ何でも…(以下略)
何かをやらかした貴族達…彼らにとって辺境の騎士団へ送られるのは恐怖でしかないのだ。
ケルテリウス公爵は頷いて、
「そうだな。辺境の騎士団へ行かせよう。」
連れて来た男達がガランドを簀巻きにする。
「嫌だぁーーー。あそこは嫌だぁーーーーー。」
ガランドの悲鳴がこだました。
ケルテリウス公爵はカルディスク公爵に頭を下げた。
「息子がすまない。慰謝料は払おう。リリアーゼ嬢の一刻も早い回復を願っている。」
「ああ。請求書を送ろう。」
フェリアーナはアレス第二王子の方を見つめて、
「有難うございます。ガランド様に問題があったのですから、婚約破棄になるでしょう。
アレス様のお陰ですわ。愛しい人…」
アレス第二王子はフェリアーナの方を優しく見つめ、
「その緑のドレス、似合っているけれども、あの男が贈ったものだから、着替えて欲しい。」
「まぁ、それではわたくしは何色のドレスを着たらよいのかしら。」
「君の希望を聞いて、私が贈ったドレスを…桃色の華やかな…君に似合っているあのドレスを。」
「解ったわ。」
アレス第二王子は、とても優しくて、ちゃんとフェリアーナの事を尊重してくれる。
夫となる男性は妻を尊重してくれる方でないといけないのよ。
世の女性達はなんてこう、酷い男を選ぶのかしら。解らないわ。
姉は家同士の婚約で我慢に我慢を重ねて傍にいるしかなかった。そして心を壊してしまったわ。
どうか、不幸な女性が一人でも減りますように…
フェリアーナはアレス第二王子と結婚し、それはもう幸せな家庭を築いたという。
姉のリリアーゼは、家族の優しい看病の元で、徐々に回復し、今度は優しい男性と出会って、今は幸せに暮らしている。