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臆病者の溺愛  作者: 林檎
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侯爵令息の献身


 一般登城者向けの回廊に戻り、出口へと向かってゆっくりと歩きながらエマはどきどきと小さく高鳴ったままの胸に手を当てた。

「ライナス様にお会い出来て、よろしゅうございましたねお嬢様」

 本来ならば一歩遅れて付き従うべきなのだろうけれど、エマが転んだ場合などに備えて隣を歩いてくれている侍女のジルが小さくはしゃいだ声を上げる。

「う、うん。お菓子を渡すなんて、子供っぽかったかしら? でも今日の分は特別美味しく出来たし……」

「あら、お嬢様のお手製ですもの! ライナス様は必ず大事に食べてくださいますわ」

 訳知り顔でそう言うジルの雇い主は、ライナスである。

 王都にいる間、エマが滞在している屋敷はアグラール侯爵家の別邸であり、普段はライナスが暮らしている屋敷なのだ。

 彼の祖父だか曽祖父だかの所有していた屋敷を彼の成人の祝いに贈られたもので、以来ライナスの個人屋敷として彼が暮らしているのだが社交界シーズンにエマが王都に滞在する際の宿として提供されている。その間、ライナスはアグラール侯爵家本邸に滞在し、そこから出仕していた。

「そうよね……料理人のロブさんは普段はライナス様のお食事を作っている人だもの、好みの味に出来ているわよねきっと」

「んんーこの場合ロブさんは手を出していない方がライナス様的には良かったかもしれませんけどー」

「ええ? どうして、仲がお悪いの?」

 ジルが唸ると、エマは目を丸くする。


 エマの生家であるシェルトン子爵家は本当に小さな地方の貴族である為、王都にタウンハウスを持っておらず、社交界シーズンの間であっても用がなければ王都に来ることはない。五年前の事件がなければ、エマもあの園遊会以来王都に毎年来ることなどなかっただろう。

 その一件があって、王都近郊に領地を持つ大貴族・アグラール侯爵家の次男であるライナスと婚約したエマは、数奇な経緯を経て毎年王都を訪ねることとなった。そこで問題になるのが、その際の滞在先だ。

 当然社交界シーズンは王都中の宿も満室、しかも何十日と滞在する宿代もシェルトン子爵家には苦しい。領地の方も気候の良い季節は田畑のかき入れ時、大忙しの弱小領主であるエマの両親が王都まで娘の付き添いをする余裕もない。

 そのような事情を鑑みて、アグラール侯爵夫妻が王都でのエマの後見となり、ライナスは彼の屋敷と使用人をエマの王都滞在時に全て貸してくれている、という次第だった。

 しかも節度ある婚約者としての一定の距離を保つ為、彼自身は侯爵家の本邸へと居を移す徹底ぶりである。おかげで身一つで自領からやって来たエマは、今年も王都で心地よく引き籠っていられるというわけだった。

 屋敷の使用人達は、主のライナス同様にとても親切で優しい。彼女の脚のことも良く心得ていて、何不自由なく過ごさせてくれていた。五年前からこの期間はエマについてくれている侍女のジルも、今となってはとても親しい存在だ。


「いえいえ、そういう意味ではないのですが。ここから先は主が申しておりませんのに、私が言うわけにもいきませんので」

「???」

 ジルはうふふ、と意味ありげに微笑み、エマはあどけない表情で不思議そうにしていた。

「それにしても、ライナス様にお声を掛けるなんて珍しいですねお嬢様」

 エマは社交界にこそ引き籠っているものの、せっかく王都にいるのだから、と一般人向けに開放されている王立図書館にはよく足を運んでいる。領地では滅多にお目にかかれない本ばかりで、様々な問題がありつつも毎年彼女が王都に赴く目的の一つは、この図書館だ。

「ええ……たまには、いいかと思って」

 エマはギクリとしつつ曖昧に微笑む。


 これまで図書館に通う際に、ライナスのことを見かけたことは何度もあった。

 今回のようにパーシヴァルといた時もあったし、令嬢に迫られて明らかに彼がウンザリしている光景も見たことがある。その時はジルは憤慨して、乗り込んでやりましょう! と言ったがエマはこそこそと退散したものだ。

 社交界の人達には、出来るだけエマのことを忘れていて欲しかったのだ。いつか何かのきっかけで右脚が動くようになったら、きっとライナスとの婚約は破棄される。

 その時に、エマのことを誰も覚えていて欲しくなかったし、ライナスの為にも薄い存在でいたかったのだ。だから王城で見かけても声を掛けることはしなかったし、これまで外に共に出掛けることも極力避けてきたのだ。

 エマが社交界デビューする年になるまでは、婚約していたところでさして意味はなかった。この国の法ではまだ結婚が許されなかったし、十七歳になるまでに呪いが解ける可能性もあった。

 その為、呪いが解けたら、だなんて消極的な理由を盾にここまでライナスの優しさに甘えてきてしまったが、もういい加減エマは彼を解放するべきだ。

 相変わらずライナスは女性達に人気だし、職場での地位も確立している。エマはこの先彼のお荷物になるだけだ。

 役に立たないだけではなく、足を引っ張ることになったら自分が自分を許すことが出来ない。


「……おや、そちらにおいでなのはエマ様?」



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