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臆病者の溺愛  作者: 林檎
20/23

未来の話

 

 園遊会は王族が持ち回りで主催を担当している、ガーデンパーティだ。

 今年の主催は王弟殿下で、妃殿下と共に一段高く設えられた席に並んで座し、招待客の挨拶を順に受けている。

 今日の両殿下は揃いの耳飾りを着けていて、結婚してしばらく経つというのにその仲睦まじい様子が若い貴族達の憧れだった。

 エマはそんな殿下の装いや、客が挨拶を終えて下がる際にライナスと彼女をチラチラと見ていくことにも構う心の余裕はない。

 淑女の嗜み読本で何度もおさらいしたし屋敷でジルに厳しい特訓を受けたものの、社交界デビューの謁見にも参っていない彼女にとって、王族と接するのはこれが初めてで緊張しない方が無理というもの。

 頭の中でもう一度謁見の手順を思い出しながら、それでも、とエマは考える。

 ライナスの隣にいる自分を、多くの人に見せたくなかったので今まで社交界とは距離を取ってきたが最初で最後の二人で出席する会が、こんなにも美しく晴れやかな空の元で行われるガーデンパーティなのは、とても素敵なことだ。

 ライナスから贈られた、彼の色のドレスを纏いエスコートを受けて進む。この先エマの人生が、これ以上華やかな出来事で彩られる日があるだろうか? 今日のこの景色は、とびきり素敵な思い出としてエマの心に残るだろう。


 でも、欲を言うならば、一つだけ心残りがあった。


 挨拶の順番が回ってきたので、ライナスにしっかりとエスコートされて殿下方の前に出たエマは、まだ脚がまともに動かないのでぎこちないものの、失礼のない程度のカーテシーを行えたことにほっとした。身を起こすと心配そうなライナスの銀の瞳と目が合ったので、エマは思わず得意げに微笑んでしまった。

 それを見て、王弟殿下は面白そうに笑う。

「アーノルドの可愛い婚約者に、ようやく会えて嬉しいよ」

「……光栄です、殿下」

「先日例の呪いが解けたと聞いた、おめでとう。これからは是非この朴念仁と、どんどん社交界に出てきてくれ」

 エマが内心困りつつ上品に微笑むと、王弟殿下は意味ありげにライナスを見遣った。

 それに倣って彼女も婚約者の顔を窺うと、彼は無表情ながらも複雑そうな気配が漏れ出ていたので、ひょっとしたらこの高貴な方によく揶揄われているのかもしれない。真面目なライナスには、きっと大変な苦労だろう。

「あまりいじめては、アーノルド卿に嫌われますよ殿下」

 妃殿下が諫めるように言うと、王弟殿下は片眉を上げて反論する。

「いや、我々はパートナーの自慢話で盛り上がるほど仲良しだぞ?」

「まぁ、それはさぞかし自慢の種が尽きないことでしょうね、互いに」


 妃殿下がエマの方を見てチャーミングに目配せをくれた。仲良く話す夫妻の揃いの耳飾りは、銀細工に二人の瞳の色の翡翠と紫水晶が揺れている美しいものである。

 エマは今ライナスの色を纏っているけれど、ライナスがエマの色を身に着ける日は、今後来ない。そのことに急に悲しくなって、彼女の体は無意識に震えた。

 丁寧にエスコートしながらエマのことばかり見つめていたライナスは、当然彼女の顔色が悪くなったことにすぐに気付く。

「……殿下、妃殿下。御前を失礼する無礼をお許しください」

「ああ、構わん」

「ゆっくり休めるところに、早く連れていってさしあげて」

 殿下方も一拍遅れて気付き、すぐに許可を出してくれる。何とか挨拶を締めくくると、ライナスはエマの体を抱えるようにして、風のようにその場を辞した。


 しばらく庭園を奥に進み、人気の少ない木陰のベンチにそっとエマを降ろしたライナスは、その前に跪いた。

「エマ? 何か欲しいものはありますか? それとも、もう帰りましょうか」

 真摯に見上げてくる神秘的な銀の瞳と、心配そうな表情。

 緊張の糸がぷつりと切れたエマの薄青い瞳から涙と、心から感情があふれ出した。それを見て、ライナスはぎょっとする。気丈な彼女が泣くところを、初めて見たのだ。


 エマは、きちんと準備しておけば何でも出来ると思って自惚れていた。右脚が動かなくても口喧嘩ではどんな相手にだって負けないし、どんな状況でも冷静に対処出来ると思いこんでいた。

 実際には、緊張すれば言葉は出ないし、ドレスではますます動きにくく、右脚の呪いが解けたところでエマは世間知らずで、田舎者の、ただの何者でもない子供だった。


「ごめんなさい……殿下方に、失礼を……」

 ほろほろとエマの白い頬を涙が伝う。目元はすぐに赤くなり、痛々しい。

 ライナスは彼女を落ち着かせるように、その小さな手をきゅっと握った。

「お二人とも、あの程度でお気を悪くされる方ではありません。それよりも、あなたはつい最近呪いが解けたばかりだというのに、私の配慮が足りませんでした……」

 体が無事でも、心に何も影響がないわけがない。五年もの長い間彼女に巣食っていた呪いは、きっと本人も自覚のないままに様々な意味で彼女を蝕んでいたのだろう。

「ライナス様……」

「外出は少し早かったのかもしれません。新しい関係を始めるのに、この催しは相応しいと思ったのですが、私が逸りすぎました」

「あたらしいかんけい」

 言いながらエマは目元を擦る。その手をライナスは掴んで、逆の手に持ったハンカチでそっと彼女の目元に触れた。

 すん、とエマは小さく鼻を鳴らす。

「わたしも……私も、同じことを考えていました」

「本当に?」

 ライナスの表情が輝き、反対にエマの表情は曇った。ついにこの時が来てしまったのだと思ったのだ。


 ライナスの反応を見て、予想していた通り彼もエマとの婚約を破棄するつもりなのだ、と彼女は考えた。朗らかな様子なので、快く破談にさせてくれるのかもしれない。

 しかし、エマの方が駄目だった。あれほど様々な場面を予想して、準備してきたにも関わらずこの話を恙無く終えられる自信が全くない。

 みっともなく泣いて、まともに話も出来ないかもしれない自分の、何と弱いことだろう。情けなくて、ますますエマの瞳には涙が溢れるのだった。


「ああ……エマ、どうか泣かないでください、あなたが泣いていると私も悲しい」


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