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臆病者の溺愛  作者: 林檎
19/23

あの日と同じ、園遊会

 


 そして迎えた園遊会当日。

 侯爵家の馬車で迎えに来たライナスは、玄関脇のソファに座って待っていたエマを見て言葉を失っていた。

 この日の為に彼が贈ったドレスは、華奢なエマにとてもよく似合っている。白を基調としたシンプルな形のドレスに、ふんだんにあしらわれたレース。所々にアクセントとして配された光沢のある黒地のリボンには銀糸で刺繍が施されている。

 エマの亜麻色の髪を飾る見事な銀細工の装飾品も含めて全てが、強く、ライナスの独占欲を主張していた。

「ライナス様!」

 彼の顔を見て、ほっとした様にエマが微笑む。

 ドレスや装飾品一式を贈られていたし、約束をしておきながらライナスが来ない、なんてことはないと信じてはいたが、やはりあんな風に最後に別れていては不安だったのだ。

「……この前は、申し訳ありませんでした。一方的に不機嫌になって、あなたときちんと話し合うこともせず」

 ライナスに跪いて言われて、エマはどきりとする。彼はひょっとしたら、エマが何を考えているのか全てお見通しなのだろうか?

 そんな筈はない、と思いながらも大きく温かな手に自分の手を取られて、エマは思考が鈍る。

「いえ……きっと私が子供だから、ライナス様を苛立たせてしまったのだと反省していました。私の方こそ、ごめんなさい……」

 ライナスは首を横に振ったが、あの時のことを詳しく説明してはくれない。

「あなたにそんな顔をさせてしまうなんて、私は婚約者失格です」

 ぎこちない表情のエマを見て、ライナスは困ったように言葉を落とした。先日のことは、彼にも上手く処理出来ていないのだ。


 いつまで経とうと、どれほど共に過ごそうと二人の間には大きな溝が横たわっていて、分かり合うことは出来ないのだ。そう感じて、エマはひどく寂しくなった。ここでもっと彼に踏み込んで訊ねたり、あるいはいっそ感情的になって怒ってしまえばいいのだろう。

 だが、エマにはそれが出来ないし、ライナスは何も言わない彼女に胸の内を吐露しない。

 エマの心にあるのは、いつも同じことだ。どれほど寂しく、悲しかろうと自分のエゴで彼の様な素晴らしい人を縛り付けていてはいけないのだ。彼を、解放してあげなくては、いけないのだ。

「……あなた程素晴らしい婚約者は、国中を探してもいませんわ」

 エマが心からそう言うと、彼は痛みを耐える様にして微笑んだ。



 スムーズに走り出した侯爵家の馬車は相変わらず快適で、つつがなく二人を園遊会の会場へと運んでくれた。

 今日のエマの杖は、昼間の会だから装飾の少ない方のそれだ。しかし、ドレスと共に贈られて来た黒地のリボンを飾っているのを見てライナスは満足そうにしていたので、これが彼の意図だったのだろう。

 そう感じて、エマは嬉しくなる。殿方の気持ちを汲み取ることも、淑女の嗜みだ。

 そういう意味ではエマは実は全くの落第点なのだが、説明の少ないライナスの方にも問題は大いにあった。


 到着するとライナスは先に馬車を降り、中に両腕を差し出す。人目のないところでは彼はいつもエマを抱えて馬車から降ろしていたし、今日は人目があろうとなかろうとそうするつもりだった。しかし、エマはそれをやんわりと拒否して、片手だけ借りてそろそろと馬車を降りる。

「……大丈夫ですか」

 ライナスが思わず硬い声で聞くと、エマは余裕の表情を浮かべて見せた。

「私、もう小さな子供ではありませんのよ」

 わざとツン、と言うとライナスは甘ったるく微笑む。エマの強がっている様子がとても可愛らしかったのだ。

 緊張している様子を隠しきれていないし、ライナスの手を握る小さなエマの手は必死に縋り付くかの様に力が入っている。どれほど利発であろうと、ライナスとエマの間には歴然とした歳の差があり、彼女がどれほど年を重ねようとライナスにとってはエマは可愛い年下のお嬢さんなのだ。

「怯えないでください。今度は何があろうと、私があなたをお守りします」

「……頼りにしていますわ」

 社交に慣れていないエマは、自分の無謀さを内心で罵りつつ同時に叱咤した。


 帰る時は、この頼もしい掌はいないのだ。一人で歩くと決めた端からこれでは先が思いやられる。

 園遊会の会場に二人が到着した頃にはもう大勢の招待客が集まっていて、ライナスの色を纏うエマはとても目立った。口さがないゴシップ好きの貴族達も、ライナスのエマへのあからさまな溺愛ぶりに呆れてしまう程だった。

 今まで滅多に二人揃って姿を現さなかった悲劇の婚約者達。それゆえに貴族達は面白おかしく不仲説や仮面婚約者説などと好き勝手に吹聴していたが、ライナスのエマを見る視線、エマがライナスに寄せる信頼は一目見ただけでも疑いようがなかった。

 他者から見た二人は、確実に互いに思い合っていることが明らかだったのだ。

「まず主催の王族の方にご挨拶に行くのですよね?」

「ええ、脚は平気ですか? 皆事情は知っているのですから、私があなたを抱えて行きましょうか」


「冗談を仰らないで。登山をするわけでもなし、これぐらい歩けます。心配性ですね、ライナス様」

 子供を嗜める様にエマが言うと、ライナスはどこかくすぐったそうに笑う。彼女にそんな風に気安く話されることが嬉しかったのだ。



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