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臆病者の溺愛  作者: 林檎
17/23

ばらばら

 


 彼女が、不思議そうにライナスを見つめていると、彼は居心地が悪そうに座り直した。その動きで、エマの体が傾ぎ、ライナスに抱きつくような形になる。


「……研修自体は特に問題なく終わったと思うのですが……彼には何故か嫌われているようで、たまに仕事で会うことがあっても、かなり厳しい態度を取られてしまうのです」

 こういったことを、ライナスはエマに言いたくなかった。

 年の差がある以上、彼女と年の近い者が接するような気やすさや楽しさをライナスがエマに提供してあげることは難しい。代わりに、年の差がある分余裕のある大人として接し、エマがいつも頼りに出来る存在でいたかった。

 だが本来ライナス自身は不器用な自覚のある男であり、彼の実態を知ったり他の素晴らしい男性の存在を知ってしまえば、今や呪いという枷の無くなったエマは他の誰かを選んで自由に去って行ってしまうのではないか、と不安だったのだ。

 女々しいこととは思うけれど、みっともなく足掻いてもライナスはエマの傍にいたかった。


「まぁ……」

 もう一度、エマは呟いた。

 彼女にとってコダはいつも穏やかに微笑んでいる優しい魔術師だった為、上手く想像が出来ない。勿論、ライナスが嘘を言っているとも思えない。

「……ブレーク卿は私情をお仕事中に出す方には思えませんわ」

 そんなことを考えつつエマがポツリと言うと、ライナスは怖い顔をした。

「……親しいわけではないのにブレーク卿のことをよく分かっているんですね」

「え?……あの、別にブレーク卿のことを庇って、いる……わけではありません。ただ良くしていただいているのは本当のことですし、誠実な方であることは分かる、というだけで……」

 言いながら、エマはライナスの機嫌がみるみる下がってくのが見えて、驚く。何故こんなにも彼は目に見えて不機嫌になっていっているのだろう?

 エマがコダのことを褒めている所為でライナスが嫉妬している、とは思いもしない彼女は不安になってライナスの手を握る。

「……ああ、エマ」

 彼の王城での評判は、常に冷静で私情を挟まないというものらしいのだが、エマはこういうライナスの直情さを好ましく思っている。思ってはいるのだが、今に限っていえば困惑しかない。

「ライナス様?」

 おろおろとエマが声を掛けるが、ライナスは内なる激情を宥めるのに必死だ。


 ただでさえ、エマから呪いが消えた今、ライナスと婚約を続ける理由は彼女の方にはなくなってしまったのだ。

 この時の為に節度ある婚約者として居を分けて過ごしてきたこともあり、ライナスとの婚約を破棄したところでエマに瑕疵はつかない。

 呪いに立ち向かう程勇敢ながら利発で美しく、楚々とした魅力的なエマは、同じ年頃の貴族令息達から引く手あまただろう。

 呪いの所為で、婚約を続けていられた。

 けれどエマの望みとは関係ない事情で婚約しているのに、立場の強いライナスの方から愛を告げることは躊躇われる、というのがライナスにとっての、今までの現状だった。

 では呪いがなくなれば、愛を告げることが出来るのではないか、と思えば事はそこまで単純ではない。

 大前提として死の呪いから救ってもらった大恩のあるエマに対して、ライナスが愛を告げることは重荷ではないだろうか。婚約破棄をしてしまえば、エマはさっさとライナスから解放されたいのではないだろうか。

 だとしたら、彼が愛を告げることはエマにとって迷惑なのではないだろうか。


 思考に予防線を引いて回る所為で、ライナスの頭の中には悪い想像ばかりが広がる。

 ライナスではない、別の誰かがこんな風にエマに触れる日が来るのかもしれない。

 それがあの、コダ・ブレークかもしれないのだ。


 エマを慕う者同士、あの短い邂逅でもライナスはコダがエマのことを女性として愛していることを十分に感じ取っていた。

 ただエマの診察を担当をしている魔術師として接している男ならば、これほどライナスの逆鱗に触れることはない筈だ。


「……ライナス様、私何かあなたのお気を悪くさせるようなことを言ってしまったのですね。ごめんなさい」

 その言葉は、ライナスの身の内を鋭く引っ掻いた。

 何より大切にしたいエマに、そんな風に謝らせてしまったことは彼にとってひどい痛手だったのだ。自分に対する燃えるような怒りと、何故分かってもらえないのだろう、という八つ当たりのような感情が入り乱れる。

「謝らないでください……どうか、私をこれ以上惨めにさせないでください」

 エマはハッと目を見開き、ライナスのその言葉にショックを受けた。そのつもりは全くなかったのに、ライナスを傷つけてしまったのだ。

 だが何が駄目だったのか分からず、そうなるとエマは掛ける言葉を見つけられない。

 先程まではあれほど寛いだ気持ちだったのに、彼女は今嵐の海を小舟で彷徨っているかのような心地を味わう。

「あの……あの、私…わたし……」

 言葉を失ったエマを見て、ライナスは更に追い詰められる。その様子にますます彼女は狼狽え、身を引いた。

 が、当然彼女はライナスの膝の上、身を引いたところで彼との間に距離が出来ることもなく、怯えて身を引いた、という事実だけが二人の間に現れた。


 そこに、気まずい沈黙が混ざる。



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