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臆病者の溺愛  作者: 林檎
16/23

綻び

 


「……噂などアテにならないだろう、ご覧の通りだ」

 ライナスが言うと、コダは笑った。本当に、一度でもエマとライナスが二人でいる姿を見たならば、二度とその噂を信じることはないだろう。

 ライナスはエマに対して全身で集中しているのが明白だし、エマの方も無意識なのかちょっとしたことでもライナスの方を見て確認したり、あからさまに頼っているのが見てとれた。


「……エマ様は素晴らしい女性ですからね。お会い出来る機会が減るのは、残念なことです」

 意味ありげなコダの言葉に、ライナスは眉を寄せる。訊ねるのを必死に我慢してしていると言うのに、わざとなのかどうなのか、コダの視線はやけに気にかかった。

「……言いたいことがあるのなら、絡め手はやめてもらえないか」

 ライナスが言うとコダは首を横に振る。

「魔術師にも、守秘義務はありますので」

 しれっと言われて、ライナスは分かりやすく額に青筋を浮かべた。

 付き従っていた執事はハラハラとする。普段の主人ならばこの程度の明け透けな煽りに乗ったりはしないが、エマに関する話は別だ。突然乱闘にでもなった場合どうすれば、と心配している内に幸福なことに玄関にたどり着く。

「それでは、見送りはここで結構です」

 コダの顔にも既に笑顔はなく、エマと接していた時とは別人の様に冷たい表情をしていた。

 本来ライナスの知るコダ・ブレークとはこういう男だったので先程の応接室でのエマとのやり取りには驚いていたのだ。

 もしくは、ライナス個人のことがコダは気に入らないのかもしないが。

「わざわざご苦労だった、礼を言う」

 ライナスが言うと、皮肉っぽくコダは唇を吊り上げる。

「あなたの為ではありませんよ、エマ様の為です」

 それだけ言うと、さっと踵を返したコダは雨の中ローブのフードを被ってさっさと出て行った。



 ライナスが複雑な気持ちを抱きながら応接室に戻ると、エマはジルに新しいお茶を淹れてもらっているところだった。結局ロブ自慢の焼き菓子をコダは食べて行かなかったので、エマが食べることにしたらしい。

 実は緊張でせっかくの朝食もあまり食べることが出来なかった彼女は、今更ながら空腹を感じ始めたのだ。

「ライナス様もお茶をする時間はありますか? ……もう、お城にお戻りになってしまいます……?」

 愛らしい婚約者に寂しそうに言われて、ライナスは振り切ることなどできる筈もない。首を横に振って大股で歩み寄ると、いつもの様にエマの体を抱えて膝に座らせた。

 いつも律儀に文句を言ってくるエマが、今日は大人しい。

「お疲れですか?」

 労る様にライナスが訊ねると、エマは僅かに頷いて甘えて彼の肩口に頭を置いた。

「朝から驚いたり不安になったり大忙しで……何だかようやく安心しました」

「そうですか。眠っても構いませんよ、私がちゃんと部屋までお送りします」

 ライナスが言うと、エマは今にも寝そうな赤子の様にふるふると首を横に振った。それからきゅっ、とライナスの袖を握る。

「せっかくライナス様がいらしてるのに……眠ったりしません」

 嬉しいことを言われて、ライナスが相好を崩す。

 だが、そこでコダの意味ありげな言葉を思い出してしまって、眉が寄った。

「ライナス様?」


 不穏な気配を察したのか、エマが至近距離で不思議そうに彼の瞳を覗き込む。自分は婚約者だし、これぐらいは聞いても構わないだろうか? と考えつつ、ライナスは口を開いた。

「その……ブレーク卿とは親しいのですか? 先程私が部屋に入った時にはかなり距離が近い様に見えたのですが」

 言われてエマはハッとしてしまった。そしてその反応は、ライナスの勘に障る。

「親しいというわけでは……私の脚を診てくださる機会が多いので、他の方よりもお話しすることがある程度です」

 エマが被った呪いは対象者のライナス以外の者に対しては魔術レベルで考えれば大したものではないので、これまでの診察ではその時手の空いている魔術師が診てくれていた。

 が、事件当時新人だったコダに最初に振られた仕事であり、この五年の間余程のことがなければ彼がエマの主治医的な立場にあった。

「では今日はわざわざブレーク卿を指名したのですか? それともたまたま彼が?」

 エマは困ったように笑って見せる。彼女のすることに対して非常に寛容なライナスならばこの言葉であっさりと流してくれると思っていたが、やけに食い下がられて驚かずにはいられない。

「ブレーク卿は長年私の呪いを診て下さっているので、指名はしていませんが予定が合えば彼が来て下さるだろうとは予想していました」

 そこは少し嘘だ。

 今日屋敷に来るのがコダなのは予め決まっていた。だが、素直に言って何故決まっていたのかと問われると困るのでエマはわざと濁したのだ。


「そうですか……」

 ライナスの珍しい様子を至近距離で眺めながら、エマは首を傾げる。

「ブレーク卿が何か? そういえば、お知り合いだったのですね」

 先程初対面ではない様子で挨拶を交わしていたのを見ていたエマは、逆に自分からも質問をした。

 長年ライナスともコダとも交流のあったエマだったが、両者から互いの名を聞いたことはほとんどなかったのだ。ライナスの方はまだコダがエマの脚を診ていると知らないとしても、診察するキッカケになった事件を知らない筈のないコダからライナスの話題がほぼ出なかったのは不自然といえば不自然だった。

「私と彼は同期で……城に仕える者が誰しも例外なく受ける研修の際に一緒だったんです」

「まぁ」


 エマの方はそんな話は本当に初耳だ。だとしたら、コダとライナスは同級生のようなもの。年も近いだろうし、エマが知らないだけで実は親しいのだろうか?



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