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臆病者の溺愛  作者: 林檎
15/23

しっかりと手を繋ぐ

 

「では……エマにも私にも呪いが抜けたことによる弊害はない、と思っていいと言うことだな」

 ライナスが言うと、コダは頷いた。

「そうですね、先程エマ様には説明したのですが一時的に呪いを惹きつけやすい体質にはなっているものの、これもまた時間を空ければ解消されます」

 分かりやすい彼の説明に、エマはほっとする。

 彼女に魔術的な後遺症でも残っていれば、ライナスはそれも気にしていただろう。これで後顧の憂いなく婚約破棄を申し出ることが出来る。

 実際にコダに子爵領まで来てもらうのは申し訳ないので、エマは地元で魔術師を見つけるか対策を自分で学ぶ必要がありそうだが、それほど急ぐ必要がなさそうなのは幸いだ。


 大方の説明が終わり、引き続き呪いを放った犯人の捜索は続くだろうけれど、エマに罹っていた呪いは解呪されたことは後日ライナスの方から正式に魔術師団に報せることで話は纏まった。

 その話の間、とても矛盾していると自覚していたがエマはライナスが隣に座ってくれていて本当に心強かった。

 歌劇場のボックス席でもそうしていた様に温かく大きな手にエマの小さな手は握られていて、時折宥める様に彼女の手の甲を彼の親指の腹が撫でる。その度に、自分には彼が付いてくれているので大丈夫、と感じでいた。

 すぐにこの手を離さなければならないのに、全く矛盾したことである。


 ライナスがコダに渡された書類を確認しているのを、横からエマも懸命に見遣る。

 勉強は頑張ってこなして来たつもりだが、成人したばかりの彼女に事務手続きは煩雑だ。それでも次の機会があれば自分でこなさなくてはならないのだと思えば、今のうちにきちんと把握しておく必要がある。

「あなたは気にせずとも、私が万事取り計らっておきますよ」

 真剣なエマの様子に、ライナスはふと力を抜いて笑う。

 宰相の補佐として働いている彼にとっては事務的なそれは慣れた文面だ。今後もエマに関することはライナスが確認し、本人の意向が必要な時は確認すればいい、と考えていた。

 ようやく呪いが解けて彼女は自由になるのだ、細かなことに煩わされることのないようライナスが請け負えばいい。

「でも……私のことですもの、自分でもきちんと把握しておきたいです」

 エマがそう言うと、ライナスは彼女を眩しそうに見遣った。彼女の成長は、いつも眩しい。

 小さな体で必死になって一人前として振る舞おうとするその勇敢な姿に、ライナスは強い庇護欲を掻き立てられるのだ。一人前のレディに対してそんな風に考えるのは失礼なことかもしれないが、彼はエマの婚約者。彼女を守る権利と義務は持ち得ている。

「分かりました。説明が必要な箇所があったら、何でも聞いてくださいね」

 隣に座るエマの腰を引き寄せて、ライナスは彼女にもよく見える様に書類を広げる。その甘ったるい様子に、コダは内心でとても驚いていた。

 ライナスは普段は王城では無表情で職務をこなしていることが多く、言い寄る女性にクールに接している姿をよく見かけていた。

 そのライナス・アーノルドがまるで姫君に傅く騎士の如くエマに接している姿は新鮮な驚きがある。


「ではブレーク卿、これで」

「あ、ええ……では、俺はそろそろお暇します」

 ライナスから差し出されたサイン済みの書類を確認し、丁寧にカバンに閉まったコダは暇を告げた。そして立ちあがろうとするエマを彼は手ぶりで押し留めて、柔らかく笑う。

「改めまして、呪いの解呪おめでとうございます。何か不安なことがあればまたいつでもお訊ねください」

「ブレーク卿……本当に今日はわざわざご足労いただいて、ありがとうございました」

 エマが座ったまま精一杯感謝を述べると、コダは意味ありげにそれに頷いた。ライナスは目ざとくそれに気づいたが、この場でそれを追求するのはあまりにも狭量すぎると口を噤む。

 もはや件の呪い自体がエマの体に害を及ぼす心配はないが、五年もの間止まっていた脚の筋力は衰えていてすぐに左脚と同じように使うことは難しい。コダは最後に、彼女に無理のない範囲でリハビリを行うことを勧めた。

 その詳しいリハビリの内容は本職の医師と相談することにして、差し当たって屋敷を辞すコダの見送りにエマが赴くことは断る。

 当然そのままにしておくことはせず、代わりにライナスが見送ることとなった。


 玄関までも短い道を歩きながら、ライナスはコダに先程のことを問いただしたい気持ちを我慢する。

 ライナスは、エマのことをこの上もなく愛しているし何もかも把握していたいけれど、彼女の自由を奪いたいわけではないのだ。あくまで彼女には自分の意志でライナスの傍にいて欲しいし、ライナスは彼女に許されて傍にいたい。

 そんな彼の葛藤に気づいているのかいないのか、コダがふとライナスを見上げて微笑んだ。

「アーノルド卿は殊の外エマ様のことを大切にされているのですね、驚きました。王城では、滅多に二人でいるところも見かけないし、呪いを肩代わりさせた義務で婚約していると専らの噂でしたから」

 だから未だに女性達がライナスを諦めていないのはその噂の所為も大きい。


 実際エマが社交界から距離を取っていることもあり、どうしても出席しなくてはならない夜会などにはライナスは身内の既婚女性をパートナーとしているし、それを外から見てエマと不仲だと考えることは無理からぬことだった。



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