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臆病者の溺愛  作者: 林檎
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引き裂かれることのないように


「呪いは呪いを好みます。エマ様のお体には魔術的な痕跡が残っているような状態であり、呪いを人よりも惹きつけやすい体質になっています」


 また不安そうな表情をエマが浮かべたのを見て、コダも慌てた。怯えさせたいわけではないのだ、ただきちんと説明しておかなければならない話ではある。

「勿論呪いを防ぐ魔法具などもありますから、対策は取れますよ」

「そうなのですね……私、五年も呪いを身に宿していたのに、何も知らなくて……」

「そういう方が普通です。どうぞお気を落とさないで」

 コダが励ますように言うと、エマは僅かに頷いた。

「そうだ、エマ様が王都にいらっしゃらないなら、俺が定期的にシェルトン子爵領に参りますよ。あの地方は温暖で、貴重な薬草が多く自生しているし採取のついでに」

 ナイスアイデアとばかりにコダはにこりと微笑んで言い、彼がエマに気遣わせない為にそう言ってくれているのが分かって、彼女もようやく表情を和らげた。

「ブレーク卿、ありがとうございます。その時は歓迎いたしますわ」


「エマ」


 ひやり、とした声が掛かり、エマとコダは同時にハッとして戸口を見やった。

「ライナス様!」

 そこには外の雨に濡れたまま真っ直ぐ応接室まで来たライナスがいて、エマとコダの二人はいつの間にかかなり近い距離で話し込んでいたことに気づいて慌てて距離を取る。その様子を険しい表情で見たライナスだったが、そんな場合でなかったことを思い出してすぐさまエマの足元に跪いた。

「エマ、呪いが解けたと聞きました。本当ですか? あなたの体に支障はありませんか?」

 彼女に許しを求めるのも忘れて、逸る気持ちでライナスはエマの白い足首に触れる。ぱっ、と朱が散るようにエマの首筋が赤く染まった。

「大丈夫ですわ、ライナス様……あの、人前ですので、お手を……」

 医療行為でもないのに殿方に脚に触れられること、そしてそれを他人であるコダに見られているということにエマはどうしようもなく羞恥を覚えた。彼女の様子に、ライナスもハッとする。

「す、すみません、慌てていて……失礼を」

 そこに素早くティーセットをテーブルに置いたジルが割込み、さっとエマのドレスの裾をなおして爪先まで覆い隠してしまう。いくら動揺していたとはいえ、人前でエマの脚をさらすことになってしまった無礼にライナスは深く反省した。

 ようやくそこで、ライナスが玄関で置き去りにしてきた執事が応接室に現れる。彼は、主が風邪をひかないようにタオルを用意して待っていたのに、ライナスときたらそれを振り切ってここまで来てしまったのだ。


「ライナス様、お召しものが濡れておいでです。そのままではお嬢様も濡れてしまいます」

「ああ……悪かった、一刻も早くエマの無事な姿を見たくて」

 方々から叱られて、ライナスは申し訳なさそうに項垂れる。そんな彼の様子を見て、エマはほっと肩から力を抜いて微笑んだ。

 ライナスはずるい。どこからどう見ても誰もが夢中になる精悍な美丈夫なのに、こんな時はたまらなく可愛らしいのだ。

 先ほどまでの、呪いが急に解けたことの恐怖や婚約破棄をしなくてはならないという緊張、これからのことについての漠然とした不安などがまるで些細なことのように感じられて、ライナスが傍にいてくれるだけで大きな安堵に包まれる。

「ライナス様」

 エマは執事からタオルを受け取ると、それを広げる。膝をついたままだった彼は、一旦引いていた身をにじり寄ってエマに近づけた。

「急いで帰ってきてくださったのですね、ありがとうございます」

「いえ……あなたを一人にして申し訳ありませんでした」

 絹のような艶やかな髪をタオルで拭いていると、ライナスはしゅんとした様子で頭を下げる。

 このように可愛らしい方を、どうして叱れるだろう。エマは胸の奥が高まるのを誤魔化すようにわしゃわしゃと水気を拭いた。

 その間に執事が主の外套を受け取り、乾燥魔術ですっかりとライナスが元通りになる。あまり魔術に詳しくないエマは、自分がしたことは無意味だったのでは? と考えたがライナスの気配が穏やかになっていたので一呼吸置くことが出来たことに意味があった、と自分を納得させた。

「……待たせてすまなかった、ブレーク卿。話を聞かせてくれないか」

 それからライナスは当然のようにエマの隣に座り、コダにもう一度彼女に話した説明を繰り返すように依頼する。エマは全く知らなかったが、ライナスとコダは同い年で、城に勤め始めたという意味では同期にあたるのだという。

 ライナスにしっかりと体を支えられてソファに座りながら、エマはもしもコダが先程彼女が言った王都にはもう来ない、という旨の話をしてしまったらどうしよう、とハラハラしていた。

 そのことをまだ知られたくない相手のリストの一番上に書かれているのがライナスの名前だが、王都での実質上のエマの後見人はライナスでもある為、自然に考えればコダがライナスにその話をしてしまう確率が高い。

 この五年間の経験でエマはライナスの温かい掌に体を支えられていると、刷り込みのように安心してしまって緊張を保つのが難しい。それでもなお心配で、ついコダに向かって頻繁に目配せを送ってしまった。

 この方がずっと怪しい挙動だが、必死なエマには気づけない。

 周囲は当然それに気づいていて、ライナスの機嫌は低空飛行になりコダは不思議そうにエマの瞳を覗き込んでいる。執事とジルにとってはさながら心象風景は修羅場である。

 この、美しく精悍な、どこに出しても恥ずかしくない主は、こと年の離れた婚約者に関してだけは狭量も狭量、猫の額ほどの余裕も持ち合わせていない。


 なんとか刃傷沙汰にならずにコダが説明を終え、エマの目配せの成果なのか王都を去るくだりのみ語られることはなかった。


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