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臆病者の溺愛  作者: 林檎
13/23

魔術師の見解

 


 エマの滞在している屋敷では、いつもよりも時間をかけて行われたコダの診察が終わったところだった。

 計器を元の鞄に仕舞ってから、改めて彼はエマを見やる。彼女も侍女に室内履きを履かせてもらって、居住まいを正した。

 本来は靴ぐらいは自分で履くのだが、今は脚に負担を掛けないことに屋敷中の者が注力している。

「それで……ブレーク卿、いかがでしょうか」

 拭い去れない不安から、エマは両手をぎゅっと握りしめて身を縮こまらせている。五年間もずっと罹っていた呪いが何の兆候もキッカケもなく解けたのだ、手放しで喜ぶことが出来るほど単純ではいられない。

「原因は不明ですが、件の呪いはエマ様の体から綺麗に解けています」

「はい……あの、その解けた呪いが……ライナス様に向かっていたり、は……」

 一番心配だったことをエマは訊ねる。彼女がこれまで解呪に積極的ではなかったのは、それを恐れていたからだ。

 エマの脚が動かなくとも、命に別状はない。もし強制的に解呪して、一度解き放たれた呪いが今度こそライナスの命を奪うかもしれない、と思えばエマの身に留めておく方が安全だと思っていたのだ。

 最初は人道的にそれが正しいと考えたから。そして長じるにつれ、ただライナスを守りたい、と思うようになっていったからだ。

 しかしその呪いをエマが身に留めているまさにその所為で、ライナスはエマから解放されることが出来ない、と気づいた時は恐ろしくなったものだ。まるで、エマ自身がライナスへの呪いのよう。


 ハラハラと返事を待つエマに、コダは安心させるように笑顔を浮かべる。

「アーノルド卿の方も診させていただかないと確実に、とは言えませんが、恐らく呪い自体が消えたとみていいでしょう」

「本当ですか!?」

 小さな体で身を乗り出すものだから、エマはまた転げ落ちそうになる。ジルがさっとフォローした為事なきを得たが、そのことにも気付けないほどエマは大きく安堵していた。

「ああ……! よかった……!!」

 彼女は薄青い瞳に涙を浮かべて、天に向かって感謝の祈りを捧げる。滅多にないエマの興奮した様子に、コダは勿論ジルも目を丸くした。

「……私の脚などどうでもよいのです、もし呪いが私から離れてライナス様に向かっていたらと思うと、恐ろしくて……! ああ、あの方はご無事なのですね? ……本当に、よかった」

 ほう、とため息をついたエマは、驚いた様子でコダとジルに見られていることに気づいて顔を赤らめる。つい、興奮してはしゃいでしまった。

「大きな声を出してごめんなさい……驚かせてしまいました」

 慌てて口元に手をやり、恥ずかしくなったエマは誤魔化すように無理やり微笑む。そこで、最初に出されたお茶がすっかり冷めてしまっていることに目をつけた。


「ジル、新しいお茶を淹れてきてくれる? ブレーク卿にロブさんの作った焼き菓子も食べていただきたいわ」

 エマがそう言うと、いつも彼女の傍にいるジルは離れることを少し躊躇った。

 本来お茶の支度はメイドの仕事だが、さほど使用人の人数が多いわけではないこの屋敷では、ちょっとしたことは人を呼ぶ前にそれぞれの者がこなしてしまうことも多い。ジルも普段はお茶の支度を申し付けられたからといって不快になったりはしないのだが、エマが彼女にそう命じるのは初めてのことだったのだ。

 扉は大きく開け放たれているし、戸口には従僕も立っている。エマとコダを全くの二人きりにさせるわけではなかったが、何故かこの時エマの傍を離れることがジルには躊躇われた。

「ですが……」

「お願い」

 重ねて言われて、渋々ジルは厨房へと向かっていく。

 玄関に近い位置に造られた応接室と、屋敷の奥にある厨房とでは少し距離がある。何とか作れたつかの間の時間だ、エマは自分の安堵は一旦置いておいて本来コダに屋敷に来てもらった目的を果たそうとした。

 書類を書き込んでいたコダは、慎重に身を乗り出して来たエマに気づいて彼の方でも身を乗せる。

「悩み事ですか」

 相変わらず穏やかに微笑んで、コダは囁いた。

 察しのいい彼に後押しされて、エマは重い口を開く。

「……ブレーク卿、どうか教えてください。呪いが解けたということは、この後はもう……魔術師の方に診ていただかなくとも問題はありませんか?……その、王都に……私が来ることがなくなっても……問題ないということでしょうか」

 恐る恐る彼女が言うと、コダは思ってもいないことを言われて目を丸くした。何か言いにくいことがあるのだと気づいてはいたが、まさか王都にもう来ない、という話だとは思っていなかったのだ。

「それは……」

「どうか、お答えいただけませんか」


 エマが珍しく強く言うとコダは困ったように眉を下げたが、彼女の望む答えをくれた。

「……そうですね。もし今後新たに何か別の呪いに罹りでもしない限りは、魔術師に診てもらう必要はないと思います」

「! では……」

「お待ちください」

 ぱぁ、とエマの顔が明るくなるが、勘違いをさせないようにコダは苦言を呈する。

「呪いは病とは違い、きちんと解呪されていれば後遺症はありません。ですが、エマ様は長い時間を呪いと共にあった為、指向性がついている可能性があります」


「そう……仰いますと、どういう意味でしょう……?」


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