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臆病者の溺愛  作者: 林檎
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エマと婚約者

小連載です、よろしくお願いします!

 

 エマには、誰もが羨む素晴らしい婚約者がいる。


「エマ。寒くありませんか?」

 そう尋ねてくる声は低く、とても落ち着いていて耳に心地が良い。

 しっかりとした体躯に長い四肢。鋭く整った顔。絹のような黒髪に、神秘的な銀の瞳。

 この、物語の主人公のような美しい彼、アグラール侯爵子息ライナス・アーノルドがエマの婚約者だ。


「大丈夫です……ライナス様、あの、本当にもう大丈夫ですので降ろしていただいて……」

 シェルトン子爵令嬢、エマ・ウィンストンは頬を朱に染めたまま、おずおずと切り出した。

 彼女はそのライナスの膝の上に、横抱きにされて座っているのだ。応接室にはふかふかのクッションの豪奢なソファがいくつも置かれているにも関わらず。


「せっかくなかなか会えない婚約者に会えているのだから、どうか私の我儘を許してください。それにこの方が移動しやすいでしょう?」

 そう言って、ちらりと銀の瞳がエマの右脚を見た。

 その痛まし気な視線に、いつも彼女は申し訳ない気持ちになるのだ。

 地位も名誉もあり、優秀で美しい男性であるライナスは王都中の令嬢の憧れだった。

 そんな彼と、亜麻色の髪に薄い青の瞳、という貴族の中では特筆すべきことのない平凡な子爵令嬢であるエマが婚約しているのには、当然理由がある。

 それが、五年前から動くことのないこの、エマの右脚にあった。



 五年前の、王族主催の園遊会。

 当時十二歳だったエマは、当然まだ社交界には出ていなかったがこの園遊会だけは家族皆で出席出来る。父に手を引かれて、弟を抱っこした母に見守られながら、エマはおめかしして喜んでそれに出席した。

 咲き乱れる花と、晴れた青空、食欲をそそる料理の香りや雇われた大道芸人達の芸を楽しむ人々の明るい歓声。始めて訪れる社交の場の、そういった華やかな雰囲気はエマを存分にときめかせた。

 そこで事件は起きた。

 その頃学校を卒業して社交界に出たばかりのアグラール侯爵子息は、その年の一番人気の青年貴族。彼を虎視眈々と狙う令嬢達とその母親達。しかし彼を狙っていたのは彼女達だけではなかったのだ。

 一方、どういった経緯なのか覚えていないのだが、エマはたまたまその場に居合わせただけ。

 その場に集う人々よりも背が低く、視線の位置が低かった為に気付けただけのこと。


 その時。

 園遊会会場の、王立庭園。庭師によって美しく整えられた茂みの向こうから何かキラリと光るものが一直線にこちらに飛んでくることにエマは気づいた。

 軌跡の先には、何とか女性達の誘いを断って一人で歩いているライナス。彼はまだ地面スレスレで飛んでくるその何か、に気付いていなかった。

 危ない、と咄嗟に叫んだエマは、自分よりも幼い弟を飛んできたボールから守るような気持ちで、その軌跡に小さな体で割り込んだ。深く考えたわけではない。本当に咄嗟に動いてしまっただけだ。


 結果。

 ライナスに当たる筈だったその何か、はエマの右脚に当たり、彼女の脚はそのまま動かなくなってしまったのだ。


 後で王城の魔術師が調べた結果、飛んできていた何か、はライナスを死に至らしめる為の呪いだったのだと判明した。

 特定の人に向けて放った呪いは、他者には効果がない。しかし、エマの場合その軌跡を邪魔して防いでしまったが為に副作用的に別の呪いが起こってしまい、彼女の脚の機能を止めてしまったのだという。

 この呪いは放った術者が解けば、綺麗に解けることと、エマの脚自体は動かないだけで血は通っているので体の健康自体には差しさわりがないことが、その後の魔術師達の調査と研究で判明した。

 脚が動かなくなってしまったことは、十二歳のエマにとって大層ショックなことだったが、同時にあのままライナスに呪いが当たってしまっていれば彼を確実に死に至らしめていた、と聞けばこちらの方が良かった、と素直に思えた。

 誰かが不幸になるのを、見て見ぬフリは出来ない。幼い少女なりの正義感でエマはハッキリとそう考え、今に至るまでその自身の行動を後悔したことは一度もない。


 だがライナスの命を救えたことは後悔してはいなかったが、現状になるまでに何か別の道はなかったのだろうか、とは自問する日々ではある。

 と、いうのも、このライナス・アーノルド。非常に生真面目な性格だった。

 命を救ってくれた十二歳の少女の脚が動かなくなってしまったと知るやいなや、すぐさま責任を取るとエマの父親に彼女との婚約の許しを求める程に。

 かくして、エマはその年一番人気の青年貴族を死の呪いから救い、彼に求婚された少女として大勢の羨望と嫉妬を浴びる立場となってしまったのだった。



 戻って五年後、現在。

 ようやく結婚出来る年齢になったエマと、既に成人して久しいライナス。年の差もあり、身分差はもっとあるという状態だ。

 本来今年が社交界デビューの年だったエマだが、脚が動かないこともあって社交界に出ることは諦めているし、ほとんどの令嬢達が目的にしている伴侶探しは間に合っている。

 おかげで彼女は趣味の読書三昧の日々が送れているのだが、責任感の強い真面目な婚約者が来るといつも膝の上に乗せられてしまうのだけはいただけない。エマはもう五年前の小さな少女ではないのだ、社交界には出ていないにしても淑女のマナーは嗜んでいる。

 未婚の令嬢が、同じく未婚の男性の膝に座る、だなんてはしたないことだときちんと分かっていた。

 しかし、

「私はあなたの婚約者だ。いずれ夫婦になる相手。何の問題が?」

 などとこの綺麗な顔と不思議な銀の瞳に見つめて言われてしまっては、恋愛経験の乏しいエマには赤面して言葉を失う以外に術はなかった。



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