ロキの厄災日
試験を受けた次の日になった。昨日は試験に対する不安で中々寝付けずに遅く寝たのに日の出前に起きてしまった。
今日はバイトが休みだからアリナと一日中一緒だ。アリナは俺の監視をするために俺と同じシフトになっているため俺が休みの日は必然的にアリナも休みだ。
そんなんだから喧嘩でもしたら地獄だ。今日が地獄かどうかはアリナ次第。
アリナはいい人過ぎる。昨日の事をずっと引きずってしまっていて結構気まずい。あんな事気にしなくていいというのに。
日本の生活とこの夢の中の生活のどっちを取るかと聞かれたら一切迷う事なくここでの生活を選択する。もう日本に戻れなくて構わない。それが俺の本音だ。
アリナの人の良さからして俺を追い出すような真似はしないだろうからここでも十分生きていける。アリナの優しさに漬け込むような行為であまりいい気はしないが、それでここで暮らせるなら仕方のない事だ。
この家を追い出されたら家も金も何もかも失う。両方とも俺の物では無いから文句の言い様は一切ないのだがな。
ここを夢の中と表現したがもう夢だと言うには無理がある。夢のくせに数日間しっかりと存在しているし、感覚がリアル。夢というのは飛び飛びになるような事が多いが、しっかりと連続して物事が起きていている。
夢では無いと思いつつも、それを信じられない自分がいる。ここが夢の中ではないとするならば、ここがどこなのかというのを説明しなければいけない。夢の中だと言っている自分がまだ存在しているのだ。
ここを地球のどこかと仮定するなら不自然な事が多い。もし宇宙人に連れ去られたとかでここが地球以外の所だとしても、俺がここに辿り着ける速度が速すぎるだろう。
俺が目を覚ました時に痩せていた感じはしないし普通のお腹の空き具合だったから経っていたとしても半日しか経っていないだろう。だが、人類が観測してきた中で水がある星はそんなに近くには無かったはずだ。
つまり宇宙人に連れていかれた線は薄い。そうなると俺が思い付く長距離移動は異世界転移か。長距離移動と言っていいのかは分からないが一気に状況が変わる方法はこれしかない。
だが何故転移したのだ?どうして転移したのかが分からない。
そもそも転移とはどういう事なのかが分からない。空間の歪みによって距離を無くすという物として考えているが、もしただ単にそこに移動するだけなら移動時間はゼロ秒。
ゼロで割る事はできないから速度を表す事はできなくなる。それはもはや意味が分からないな。たぶん、因果関係が破綻する事に繋がるような気がする。だから、あり得ないのではないだろうか。よく分からないが。
そうなるから空間の歪みとして考えよう。異世界とはどういう存在なのかというのを考えなくてはいけない。
異なる世界がどうやって存在しているのかというのでパッと思い付いたのは宇宙の中に地球があるような感じで、世界も広い何かの中に何個か存在しているものなのかもしれない。何かの繋がりが無くては転移何てできないだろう。
地球の重力のように世界も魂(異世界転生も存在するして、異世界に行く何かを魂とする)を引き付けていると考えるのが自然か。その引き付ける力によって本来は世界から出る事は叶わないという事だ。
即興で考えてみたがそれっぽい。
もっと考えを深めようと再度考え始めようとした所で急に眩しくなった。ようやく日が昇ったようだな。やっと朝だ。
ガシャン
郵便が来たようだ。どうせ朝刊なのだろう。俺はゆっくりと立ち上がって郵便物を受け取りに行く。
郵便受けを確認すると朝刊と大きめの封筒が一つ入っていた。
俺はよく分からない封筒を色々と確認してみると俺宛のようだ。差出人の名前が書かれる場所には昨日、試験を受けた学校の名前が記載されている。
何だ?合格が分かるには早すぎるから、昨日の試験に不備があったとかそんな感じかな。
取り合えずリビングに戻って朝刊をテーブルに置いてから、慎重に封筒を開ける。これで間違って中身の書類を破いたりしたらかなり不味い。
問題なく封筒を開くと中から数枚の紙が出てきた。その中の一番上にある紙を見る。
数学 98点
国語 96点
理科 97点
社会 12点
魔法 58点
合計 361点
合格
よかった。
社会がかなりやばいけど何とか受かった。この合格ラインが七割なら社会がゼロ点を取っていたら落ちていた。危なかった。
アリナに早く伝えたい。だけどまだ寝ているか。どうしよう、起こそうかな。だが、折角の休みの日に起こすわけにはいかないか。どうしよう。
そわそわしている俺はリビングと階段の近くまでを行ったり来たりしていた。すると二階からドアが開く音が聞こえてくる。
俺は階段の近くに行ってアリナを待つ。
「こんな朝早くからどうしたの?」
まさか、俺の足音で起きたのか。結局起こしてしまった。
「ごめん。試験に受かったから嬉しくて」
「え!?よかったね!」
俺のせいで起きたのに文句一つ言わずに満面の笑みで喜んでくれた。この後試験の結果をアリナに見せて、また二人で喜んだ。
「この学校の試験、結構難しいって聞くから凄いよ。社会は良くないけど」
「社会については言わないでくれ。他が良かったんだからいいだろ。そんな事よりも早すぎないか?」
俺は気になっていた事を聞いてみた。
「えーっと、それは…」
アリナがカレンダーの方を向くと思い出したかのように口を開く。
「ロキだよ」
「ロキ?」
「そう、ロキ。ロキの処刑から今年で丁度五百年になる日が近づいているからだよ」
処刑される人何て少なくないと思うのだがな。
「そのロキは何か特別なのか?」
「打倒世界政府を掲げて、残虐非道の限りを尽くして戦った魔人だよ」
アリナが言葉を詰まらせる。
世界政府は歴史の教科書で読んだ。かなり昔に設立された国を束ねるための機関だった気がする。だが、五百年前までは読めていない。
「処刑をされる直線に『ロキによって人の過ちは正され、世界政府は粛清される』という遺言を残したの」
重い。五百年経って、今日初めてロキという存在を知った俺でも感じられる威圧。五百年前に死んだ人間が今も恐れられているとは、生前はどれ程のものなのか想像もできない。
「それで、何で合格通知が来るのが早いんだ?」
「それは五百年と区切りがいいから何かあるんじゃないかって警戒されているからだと思うよ。生徒に何かがあったら大変だからそれの対応でそれ所では無いんじゃないかな」
人の人生がかかったものをそれどころでは無いと言えるのか。
「だから、学校に行くのはまだ先だね」
それは嬉しい。
―――――――
合格通知を受け取ってから一週間ほどが経った。バイトがあって結構忙しい日々で、あっという間だったな。
だが、今日はシフトが入っていない。そもそも店自体が休みだ。
どうやら今日がロキが処刑された日、通称『ロキの厄災日』だからだそうだ。俺にはロキの怖さがよく分からない。威圧はあるが、それは怖さと直結しない。
そんな事を考えながらぼーっとラジオを聞いていたらロキの厄災日の怖さが分かった。
ラジオからテロが起きたという情報が流れてきた。俺は地名を覚えていないからどの辺りで起きたのか全然分からない。すごい遠くの出来事なのかもしれないし、もしかしたら目と鼻の先で起きた事なのかもしれない。
恐れられているのはロキの厄災日に乗じて行われるテロという事か。
「明日から学校だよ」
アリナが急に呑気な事を言い出した。
「テロがあったみたいだけど大丈夫なのか?」
「ここの近くに世界政府の支部は無いから飛び火する事はまず無いから大丈夫だよ。ここま届く規模のテロはもう戦争かな。たぶん支部からお城までとここまでの距離が同じくらいだから」
安心感が出てきた。それによって、そうではないと思って認めたくない事が頭を過った。
魔法を何かの宗教に関係するような言葉だと思い込もうとしてきたが、特定の宗教についてが教科になるとは考えにくい。そうなると魔法は存在する。それに追い討ちをかけるようにテロという現実味が薄い事が起きてしまった。
魔法についてアリナに確認してみるか。
「アリナは魔法を使えるのか?」
アリナに聞くとアリナは少しうつ向いてから首を横に振った。
「ううん、私は使えないの」
「そうか」
私はか。つまり他の人なら使えるという事か。いや、これは言葉の綾というものかもしれない。
「そ、そういえばさ嫌われた事しかないっていう話についても聞いてもいい?」
気にしなくていいと言ったから聞いてきたのか。これで断れば確実にアリナは俺がまだ気にしているのだと思って、凹む。だが、気にはしていないだけなんだ。
「そうだな。気にしないでと言ったのに申し訳ないが今度にしてくれ。どうしてもと言うなら全然構わないが。
「気にしないで」
ここにいる以上は問題ないが自分の中でまだ片付いていない。ここにいる限りは片付ける事はできないのだがな。
すまないな、アリナ。
心の中で礼を言ったり謝ったりするのは俺の悪い癖だとは思っているのだが、口に出すというのは中々難しいものだ。
明日からは学校があるから印象が良いようにしなくてはいけない。今のままでは駄目だ。自分を変えなければいけない。
―――――――
ロキの厄災日から一日が経過した。つまり今日は学校に行く日だ。
だるい、精神的にだるい。俺は学校が好きではないのだ。重い体を起こして部屋から出る。
部屋から出ると食欲のそそるいい匂いがしてきた。
いつもはトーストだから二階までは微かにしか匂いがかないのだが、今日は他にも作っているようだ。俺は匂いに釣られて一階に下りていく。
さっきまでのだるさが嘘のように動いて、席につく。俺が席につくのと同時にアリナがキッチンから鍋を運んできた。
「ソウヤ、おはよう」
「おはよう」
「奥からパンを持ってきて」
「了解」
席を立ちパンを取りに行く。立った時に鍋の中を見ると、中にはシチューが入っていた。シチューにパンはめっちゃいいな。
次にパンを確認する。フランスパンもどきだ。しかも、フランスパンもどきの半分にはたっぷりとバターが付けられているようだ。最高過ぎる。
フランスパンもどきを持って行き、テーブルにある皿の上に置く。
「今日の朝食めっちゃいいな」
「でしょ」
「ああ。いつもいいが特にいい」
決していつもが良くない訳ではない。今日が良すぎるだけだ。
「ありがとう」
アリナは嬉しそうにはにかんだ。
「感謝するのは俺の方だ」
そう言いながら席につく。
アリナの作ったシチューはやはり美味かった。美味しい朝ご飯を食べた事で最高の気分で学校に行く。