アリナとの朝食
帰ってきても同じように音を立てないようにして部屋に入る。万が一にもアリナが寝ていた時に備えてだ。
部屋に入ったところでパンの焼けた良い匂いが俺の鼻を通ったため杞憂だったと分かるが折角ならバレないように移動してアリナを脅かそう何て思い付く。
換気扇の音とアリナの鼻唄のおかげで料理をしているアリナの背後に回り込むことは出来たのだが、昨日のシチューを温めていた。
火の前で脅かすわけにはいけないので諦める。
「何ていう曲?」
「きゃっ」
短く悲鳴をあげながら持っていたお玉を離して手を斜め下に引こうとする。
俺はすかさずアリナの手を掴んで、アリナの手が鍋に当たりそうだったのを何とか防ぐことが出来た。
「大丈夫か?すまなかった。驚かすつもりじゃなかったんだ」
半分嘘、だが諦めて声をかけたのだから半分は本当なのだ。
「ありがとう。お陰さまで大丈夫だよ」
「良かった」
火傷を負っていてもアリナなら何ともないとか言いそうではあるが、掴んだままの手をちょっと確認してみると問題なさそうだ。
反対の手は鍋の近くにはなかったから鍋に触れることはなさそうだ。
「手、掴まれたままだったら料理できないよ」
「俺がこのまま料理をすれば不可能ではない」
「やりにくいから離してね」
俺は手を離してアリナの料理風景を見てみることにした。
「美味しそう」
「昨日食べたでしょ。それと近くに居られたら動きにくい」
俺は一歩離れる。
「確実に美味しいか、いつも通りに」
「そういう然り気無く褒める技はどこで覚えたの?」
「色々なものを参考に」
地球にいた頃は自分が興味を持てば何でも見たり、読んだりしたな。逆に興味の無いことは手を抜いていたりしたが特に怒られもしなかったからずっとそのままでいた。
今は手を抜いていたらアリナにばれて怒られるから手抜きができない。怒ると言っても語気が強いだけで、普通にディスカッションをして納得するというのがほとんどだ。
互いに納得するまで議論をするため、時々俺が勝つ。大抵は俺の手抜きで怒られるから負けるのがほとんど。という感じが普段の怒るだが、本気で怒られることは迷子になった時ぐらい。
最初以外にも何度か迷子になったがその時は怖い。昨日の俺みたいに魔力制御が出来なくなってしまうので魔力で空気が重くなるし、アリナの気迫がすごいしで本当に怖い。
だけど俺のためにいつも怒ってくれているのは分かっている。あの怖さがちょっとは薄まって欲しくもあるが感謝だな。
「覚えても発揮する相手がアリナしかいないんだ」
「ソフィアさんとはそれなりに話せるんでしょ」
話せるのとこれとは話が違う。
「そうだがソフィアさん相手に素は出せないな。アリナとならちゃんと自分を出せているが」
「私と話すときに素なのは良いこととして捉えていいの?」
首を縦に振っておく。
「そっか、良かった。ソウヤが素でいられる場所を作れて」
そう言ってアリナは笑顔になるが、その笑顔が何とも美しく、可愛い。人の為になれたから嬉しくて笑みを浮かべるみたいなのは俺には一生真似できそうにない。
冷静にアリナの顔を見てみたがやっぱり可愛いな。恋は盲目と言うがそういうの抜きにしても可愛いと思う。
「パン運んでおいて」
「シチューはもうすぐ出来そうなのか?」
「もう出来たよ、後はお皿に入れるだけ」
この時間なら時間までには食べ終えられそうで良かった。もし無理だった時は最後に全力で頬張るつもりだったがそんなことにはならなさそう。
アリナの料理を残すという選択肢は絶対にありえない。そもそも料理を残すことに気が引けるのだが、アリナの料理とあれば何がなんでも食べたい。
何か靴を揃えるとか料理を残さないとか基本的なことが続いているのは親のおかげなのかなと少し昔を思い返して見たりする。
親には申し訳ないが二人の料理はアリナの料理には勝てない。アリナの料理の美味さは圧倒的過ぎるから仕方のないことではあるから、決して二人の料理が不味いわけでは無いのだ。
自分の料理が不味いと言われて怒る人たちでは無かったが他の人のを不味いと言うとがっつり怒られるのだろう。
自分よりも相手を大事にする両親の子供の俺が相手よりも自分を大事にしてしまっている現状をどう思っているのだろうか。もしもう一度話す機会が出来たら聞きたいが、次に会うときは死んで生まれ変わってからだろうからもう聞くことはない。
俺は二人の子供として恥じないような生き方が出来ているのだろうか。
「シチュー出来たよ。ぼーと立っていたけど考え事でもしていたの?」
「ちょっと昔のことを思い出していた」
「昔はどんな感じだったの?」
どんな感じだったのだろうか、時期で変わってくるからな。
「暗かった。友だちが全然できないくらいに」
「学校の時と同じ感じ?学校では全然話さないよね」
「あれよりも暗いかも。学校ではアリナたちと話す機会が少ないから」
ちゃんと話すのはアリナ、アーサー、師匠。話しかけられたら話せるのがソフィアさん、オーウェン。
それ以外の人とは「うん」くらいしか言わない。
「あれよりも暗いのは想像付かないよ」
「アリナみたいにみんなと話せるのを理想として生きているのだが、アリナに会ってちょっと改善されたぐらいだな」
人と話すのは難しすぎる。人に囲まれても話せるアリナは尊敬に値するのだが、結局尊敬するだけで終わるな。尊敬は相手を吸収して越えるべき相手にすることだとは思っているけど、無理そう。
相手を越えることを繰り返して技術とかを昇華させていくべきものだとは思うが、実際に何人がそれをできるのだろうか。
人のことをとやかく言う資格は無いのだが言わせてもらうと、これだから発展が遅い。その原因の一部に俺がいるという現実がまた悲しい。
「アリナには一生勝てないな」
「そんなこと無いよ。私より出来ることあるじゃん、研究とか戦いとかね」
アリナが一緒にいてくれるなら足りない所は補いあっていけばいいか。研究も戦いもアリナがいるからこそ、多少できるようになったんだ。
「俺は俺の出来ることしかやってきていないからこうなるのかも」
「それはそれで良いと思うよ。何かあったら私がフォローするから」
アリナは俺を否定しない。認めてくれて対等な立ち位置にいてくれる。
何か恩返しを、絶対に恩を返さなければいけないとは思っているが恩が大きすぎて返せる自信がない。それでも返す努力はしなければいけないのだ。
「何か要望があったら言ってくれよ。出来るだけ叶えるから」
「今は特に無いよ。今が楽しいからね」
それは良かったのだが、話しているうちに朝食を食べ終えてしまった。食べ終えた時間ということは待ち合わせの場所に行かなければいけない時間ということ。
シチューが入っていた器に水を入れる。
「そのままでいいよ」
いつもなら拒否をするところなのだが、今日ばかりは仕方がない。
「ありがとう、頼む。それじゃあ、俺行かなければいけないところあるから」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
俺はアリナに外出することを説明して部屋を出る。闘技場の控え室なら今から行けば五分ぐらい前にはつける距離。
時間を確認してからは、ぱぱっと移動して控え室近くまで来たところで狭めの範囲に魔力感知を展開する。試合前に多くの魔力を消費するわけにはいかない。
控え室には誰もいないことを確認してから控え室に入る。
まだ来ていないのだろうか?まだ時間にはなっていないから問題はないが予想通りの人なら珍しい。
暇なのもあって周囲の確認をしていると入り口に背を向けた瞬間誰かが接近してきた。
急いで振り返り振り下ろされてきた竹刀を掴む。




