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異端者の吸収  作者: 寫人故事
3-1章 迷宮の魔物
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天壌の間

 世界政府本部百階、天壌の間


 ここに立ち入れるのは世界政府統括、ゼロのみ。百階に続く階段には警備が二人ついており、何か異常があれば警備室に連絡がいくようになっている。つまり、この天上の間に立ち入れるのはゼロしかいないという事だ。


 しかし現在、天上の間にはふたつの人影がある。


「どうでしたか?」


「どうとは?」


 普段は光が多量に取り込まれているこの部屋だが、今だけはカーテンが閉められており、中にいる人物の顔を視認する事はできない。


 ゼロの質問にすんなりと返せるものはそういない。ゼロは日常的に魔力を体外に出しており、その魔力ですら常人には耐え難いというのに喋るとなるとその数倍の魔力が放出される事になる。


 その多大な魔力を物ともせずに質問に質問で返したこの者は階段を上ってきたわけではない。警備員が誰かを通す事はないし、戦闘が起こったわけではない。別ルートによって侵入してきたこの者をゼロが咎める事はない。


「あなたの事もですし、あなたが気にかけている者の事もですよ」


「俺はいつも通りだ。気にかけている者はいつも通りというわけにはいかないようだがな」


「そうですか。それは残念な事です」


 ゼロは本当に残念そうな声でそう返す。この声を聞いたらゼロの側近のものは心臓が止まるほどびっくりするだろう。ゼロがこんなにも感情が乗った声を出せる事に。


「俺に聞くまでもなくそんな事くらい知っていただろ。そんな白々しい事を言うとはな」


「あなたの目でもそう見える事の確認を取りたかったんです。そういえば前から聞きたかったんですが、私の立場は何が正解何でしょうね。一人一人の命を見るべきか、全体を見るべきか」


 一人一人を見ていると人数が多すぎて全体の面倒を見切れない。そこで全体を見ていると一人一人への対応が雑になってしまうのは間違いないだろう。統治者として持つべき疑問だ。


「その問いに答えはないだろ。誰一人欠ける事なく一人一人を見れる神のような人物の到来を待つのみだな」


「あなたでもできませんか?」


「無理だ。俺は神ではない。それに俺は人を統治する気など毛頭ない」


「それは残念です。あなたなら世界をより良くする事だって可能でしょうに」


 本人が何と言おうとゼロはこの者が一番神に近い存在または神そのものだと思っている。この者の力を借りる事で短期間で世界をより良い方向に動かせると思っての質問には真面目に答えてもらえなかった。


「世界をより良くする事に興味はない」


「世界をより良くするために私が立ち上がったら、この場所に血が流れますか?」


「勿論だ。戦う意思のない相手を世界のために殺そうというのなら、直ぐに首を飛ばす」


 少しこの部屋に置いてある物が揺れた。この者がちょっとした威圧のつもりで適当に放った魔力が様々な物に影響を及ぼしたのだ。


「あなたに脅しをかけられてしまうと私は従わなくてはいけません」


 ゼロはここまで上り詰めてきた人間だ。勝負する所を間違えたりはしない。


「ですが、我々にとってあなたが気にかけている者の存在は脅威なのは分かってください」


「それは分かっている。この世界政府存亡の危機である事くらいは。だが、そんな事は俺には関係ない事くらい分かっているだろう。どんな理由があれ不意打ちは許さない」


「やはり、そこは曲げてはくれませんか」


 ゼロの交渉は虚しくも失敗し、打つ手が無くなった。自分の脅威になる生き物を殺す一番楽な方法は生まれる前に殺す事だ。この方法の一番難しい所は生まれてくる前では脅威になるのかどうか分からない所にある。しかし、今回はそれが分かっているためこの方法をする事は可能であった。この者の邪魔さえなければの話であるが。


「どうして、あなたのような人がそこまで気にかけるのですか?」


「不思議な事に昔、竜に助けてもらった事があるんだ」


「竜ですか?どういう状況だったのかは分かりませんが不思議ですね」


 竜といえば人を殺して食べる印象が強い。だというのにこの者を助けたというのは確かに不思議であった。


「恩に報いたいという考えは非常に分かりますので、待つとしますか。戦いを仕掛けてくるのを。遅れましたが、それで今回はどのようなご用件で」


「そろそろ焦りが出ている頃だと思って、釘を刺しに来た」


「焦っているように見えますか?」


 ゼロは常日頃から感情を出さないように気を付けている。だというのに焦っていると言われるとは思ってもみなかった。


「焦っている。世界の急激な変化を恐れている。だが、世界が大きく変わる事はない。変えられたとしてもそれに適応できる人間はそういない。変わらないさ」


「大きな力がそこにあっても変わりませんか。それはそれで怖い話ですね」


 ゼロが焦っている内容は図星であった。しかし、この者がそう言うなら間違いないだろうという安心を生んでくれた。


「最近、部族国家の政治体制が変わった。その変化は端から見れば大きな変化ではないが、国民からすれば大きな騒ぎを生むほどの変化だ。少しの変化でさえ人によっては大きな変化であるという事例だろう」


 部族国家の政治体制の変化とは議員を選挙で選ぶ仕組みに変わったくらいだ。変わってもまだ一部は選挙をせずに選ばれており、端からみると大きな変化ではない。これから全ての議員が選挙で選ばれるようになってこそ大きな変化だろう。そのための一歩を踏んだだけだ。だが、国内はお祭り騒ぎになっている。


「確かに大きな変化を起こせても人が着いてこれませんね。それで大きな変化を生む目覚めはいつになるのですか?」


「もうすぐといった所だな。聞きたい事がもう無くなったのならもう帰るぞ。ここに長いして気づかれたくはないからな」


「あなたの気配に気づける者何ているんですか?」


「一人いる。それともう一人俺に気配を気づかせない者もいる」


 気配を消す能力の順位を作ればこの者が世界一になれるだろう。それでもなお気配に気づける人間に気づけない気配はないという事だ。不意打ちをできない真っ向勝負を常にする事が可能。かなりの強さで負けなしなのだろう。


「目覚めの具体的な日はいつですか?」


「知らない。目を覚まさせない方法は存在しているが、その成功確率は非常に低い。諦めて今から戦力を集める事だ」


「目を覚まさせない方法を教えてください。一パーセント未満の確率だろうとやらなければいけないんです」


「この方法に他人が干渉する事は不可能だ。本人の気持ち次第だな」


 ゼロの僅かな希望は打ち砕かれた。残るは運任せで自分が一切努力する事はできない。


「後一年以内がタイムリミットといった所だな。短くなる可能性は大いにある」


「そうですか」


「俺は帰る。もう会う事はないだろう」


 そう言ってこの者は消え去った。魔力の動きを一切感知させずに消え去った。


 ゼロは部屋の中央に立って両手を合わせる。


「神よ。どうか世界をお救いください。どうか…どうか…お願いします」


 神に祈るしかできる事はない。神に一番近いあの者が他人は干渉できないと言われてしまえば、それより上の神にすがるしか方法がなかった。


 しかし、この祈りが神に届く事はない。神に届いたが無視をされたのか神が元から存在しないという可能性もある。理由は何であれゼロの望みが叶う未来は訪れない。神が何を大事にしているかという事を理解していない者が神に祈っても叶う確率は低いのだろう。ゼロの指す世界と神の指す世界に齟齬があったのかもしれない。理由は何であれ世界は破滅の道を進み始めた。

これにて3-1章終わりです。これからも『異端者の吸収』をお願いします。

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