想定の範囲外
アリナのご褒美に釣られている俺はやる気に満ち満ちている。ご褒美を何にするかはまだ決めていないが、アリナの事だから期限は無しにしてくれるだろう。だから、どうしてもアリナに何かをして欲しい時にご褒美として何かしてもらう予定。
やる気に満ちている俺は今日も迷宮にアリナと共に挑戦する。昨日俺は任務達成条件をよく読んで、どうにか倒さずに任務を達成できないか考えてきた。任務達成条件はナメクジの魔石か遺体を提出する事。
魔石を持っていくには迷宮内で倒さなければいけない。それで迷宮内で上手いこと倒すにはどうすればいいかを色々考えて、魔物と戦わせてナメクジを倒してもらうという方法を思い付いた。
だが、この方法には大きな欠点がある。ナメクジを倒した魔物にナメクジの魔石を食べられないかという点と俺がナメクジを倒せる魔物を倒せるのかという点。魔石を食べなければ倒す意味はないから絶対に食べられて、ナメクジに勝てない俺がナメクジに勝てる魔物に勝てるわけがない。という事で魔石で持ち帰るいい方法はない。
次に遺体を持っていくという方法だ。遺体を欲しがる所なんて無いから迷宮外で倒せば間違いなく遺体は貰える。そして、遺体にするために迷宮外まで連れ出してしまえば、街を守るために探索者とか街の兵士が出張って来るから、ナメクジを倒せるはず。でも、よく考えたらナメクジには触手があるんだから、本体が動く必要はほぼ無い。どうやって迷宮外まで連れていくのかという事で行き詰まってこの方法もない。
つまり、普通に討伐するしかないという事だ。そのためにはまずナメクジに会うしか方法はないから発信器を頼りにナメクジの近くまで来た。
これまで通りに《式神降霊術》を発動する。《式神降霊術》を使ってしまえば魔力が一気に放出されるから確実にナメクジに気づかれる。《式神降霊術》と同時にアリナが浮かせてくれるから急なナメクジの攻撃でも避けられる。
やはり、《式神降霊術》を発動した瞬間にナメクジは触手で攻撃してきたので、橫に避けようとした瞬間にナメクジの触手が一気に広がって道を完全に塞いだ。俺はすかさず刀を振って触手に穴を開けると覗くとナメクジが遠ざかっている。
「アリナ!来てくれ」
アリナは走ってこっちに来てくれたので触手の壁に人より少し大きいくらいの穴を開けてから、アリナの前にしゃがむ。アリナは俺の意図を汲んでくれて背中に乗ってしっかりと掴まってくれたので浮き上がって開けた穴を抜けてナメクジを追う。
ナメクジ本体との距離が遠い場所にある所まではすぐには再生出来ないようだ。
俺は触手を辿ってナメクジを追い続けていると、触手は床に空いている穴に通じている。穴には鎖が下ろされていて、鎖をつたっていけば下に行けるのだろう。俺は穴に飛び込んですぐに下に降りる。俺は今はほぼ無重力状態。魔力の調整さえミスらなければどの高さから落ちても怪我一つしない。
「ここより下は魔力の溜まっている量が格段に増えるから気を付けて」
周りの魔物が強くなるというのなら、俺の吸収は意味を為さない可能性が高いか。魔物に遭遇しない事を祈るのみだ。ナメクジの触手はすでに本体に戻り始めているのだろうから、その速度よりも速く追わねばナメクジを追うための手がかりが無くなってしまう。ナメクジの本体をまだ捉えられていないまま数十メートルあったであろう穴を出た。
確かに魔力が濃い。この濃さだとBランクの魔物が蔓延っている感じだろう。Bランクの魔物とは《式神降霊術》無しでも何とか勝てるくらいだな。だが、遭遇している暇はない。俺はナメクジと戦うための分と穴を上りきるまでの分の魔力を残しておく必要があるからここで魔力を消費していられない。
速度を上げると魔力消費が増え、速度を落とすと時間がかかる。どっちの方が少なくて済むのか分からないがナメクジに逃げられている以上、速度を上げるしかない。ナメクジに追いかけている事を出来る限り悟られないために魔力感知が使えないのが厳しいところだ。
ナメクジを全速力で追いかけて少し経った。ナメクジは曲がる時に速度が落ちる事を嫌ったのか真っ直ぐ進んでいたため、俺も速度を落とすことなく進み続け、前方にナメクジらしき塊が見えてきた。俺は刀を抜く。アリナを背負っては戦いたくは無かったが下ろしている暇はない。
ナメクジは俺が近づくと直ぐに触手を大量に伸ばしてきた。避けさえすれば斬らなくてはいけない触手は格段に減る。ギリギリで避けて触手を斬る。
俺は刀を構えて近づいていったのだが、触手は俺の想像の数倍どころか認識出来る速度ギリギリで近づいてきて反応出来なかった――――
気づいた頃には消え去っていた。触手は俺の後ろに飛んでいっていて視界から消え、ナメクジ本体は跡形もなく消え去っている。ナメクジがいたはずの地面に一つの魔石が落ちているだけである。
「何があった!?」
アリナは俺の背中から下りて辺りをしきりにキョロキョロしている。状況が飲み込めないのはアリナも同じのようだ。状況は飲み込めなくとも落ちている魔石を回収しておく。魔石からはナメクジの魔力を感じられる。
「ナメクジは…なんで死んだ?」
「それがナメクジの魔石なの?」
俺はゆっくりと頷く。手元にあるのにこれがナメクジの魔石だとは信じられない。俺は周囲の魔力に集中する。魔力はナメクジのものばかりだが、うっすらと別の魔力を感じられた。この魔力には思い当たる節がある。顔を会わせないという事は、まだ焼き肉に行くつもりは無いという事だろうな。
「帰るか…」
「帰るしかないね…」
俺たちは歩いて来た道を戻り始める。ずっと直進してきたから俺が迷子になる事はない。だから、俺が先導していく。道を進んでいると横の通路から全長二メートルくらいの蛾が出てきた。
俺はアリナの前に出て少ししゃがむ。アリナはすぐに俺の背中に飛び乗ってくれたので、俺は走り始める。蛾の羽を刀で切り裂きながら走り抜けた。
それでもまだ死にはしなかったが、羽を斬った事で追ってはこれないようだ。俺はナメクジとの戦闘用に残していた魔力を使ってかなりの速度で走り抜けていく。
流石に出てくるか。いつも通りに魔物が出てこないつもりで歩いていた結果強めの魔物が出てきて焦った。ナメクジの逃げた距離が長すぎて登る場所が遠い。
道中で魔物が出てくれば機動力を失うように斬って逃げ出すという戦法で何とか上る場所まで来た。鎖に手をかけて上り始める。行きとは違ってかなり力が必要で魔力を使う。これはアリナ一人では上るのは難しかったかもしれないし、時々鎖に指を挟まれて痛い。アリナを背負って正解だった。
アリナの魔力がどのくらい残っているか分からない以上、アリナには頼れない。自力で上るしかないが、まだまだゴールは見えない。
「私の魔力は後少しだけどどうする?」
「後どのくらい使えるくらいの魔力量なんだ?」
「三十秒くらい」
「頼む」
俺の体は重力に反して浮き始めたので、急いで上り始める。鎖を全力で引っ張り上に上にぐんぐん進んでいく。三十秒で出来るだけ上に行きたい。そのまま上り続けているとアリナの魔力が切れて、俺の体は再び下に向かって引っ張られる。俺は慌てて鎖を掴んで落ちずにすんだが、放した瞬間だったら危なかった。
「かなり助かった」
「ならよかったよ」
アリナの声からはかなりの安堵が感じられる。アリナは自分で上りたいのだろうが、この状況から鎖に掴まれる自信はないから俺に大人しく背負われているしかない。だから、負担だけにならなくて済んだ事への安堵なのだろう。相変わらずの優しさだ。




