95 : 地下施設
「じゃんっ! けんっ! しょい!」
俺、パー。ニワトリ野郎、チョキ。その瞬間、ニワトリ野郎は高らかに手を上げて勝利の叫びを上げた。
「うおっしゃぁ──っ!! 俺達の! 勝ちだ──!!」
「クソがあぁぁぁ────!!」
俺とニワトリ野郎が窪地に落ち、奇妙な入口を発見した後。一同は下に揃い、その扉を観察していた。さて、そんなこんなでなぜじゃんけんをしているか、というと。
「こーんな怪しい場所、探索したくてたまんねぇ! 俺達『鷹の目』がもらったぁ!!」
「うっさいオランジェ……魔物呼ぶ気?」
俺達燕の旅団本体と奴ら鷹の目連中、どちらがここを調べるかを賭けていたのだ。
「もう一回!」
「へっ、負けを認めな詐欺野郎! ここは俺達に任せとけ!!」
ムカつくなコイツ! ぶん殴ってやろうか。
「じゃあ、僕らは迂回ルートで進むので。何かあったらウィルオを呼んでください」
「了解です、シュヴァルツさん」
「任せるっすよー! 兄貴!」
「信頼してます」
シュヴァルツがリラへ火の精を貸していた。実体化はしていないが、呼びかければ即座にシュヴァルツへ連絡が行くらしい。ブラウからの激励を受けてゲイブは嬉しそうだ。ジルヴァが上から垂らしたロープを引っ張り、確認する。
「ボクもそっち見たかったなー」
「それじゃあジルヴァちゃん、俺達『鷹の目』と共に来ますか?」
キザったらしいウィンク。よし、ぶん殴る。
「いや、ボクはヴァイスと行くから!」
「あっ、はい……」
即答。……あんまりにあんまりなので見逃してやろう。先に登ったロートが上から覗き込み、手を振った。
「魔物はナシ! 早く上がってきちゃいな!」
「りょーかい!」
「男衆が先! 野郎共ロゼジルヴァの順よ!!」
ロートの指示に従い、俺はロープを登る。最後にちらりと下を見た。ニワトリ野郎に舌を突き出し、俺はとっとと上に登った。
ヴァイスさん達燕の旅団本隊が立ち去った後、俺達は格子の前で集まっていた。オランジェ君はワクワクした様子で格子の奥を覗き、グリューンはそんなオランジェ君を見ていた。
「ほらほらー大将。焦らなくても逃げないっすよ」
「よし! 行こうぜリラ!!」
「はいはい……」
格子に掌を当てる。式を解析、分解。俺が入れるほどの隙間が開けば、みんな入れるはずだ。金属なんて敵じゃぁない。すぐに隙間が空いた。
「奥は狭そう。通気孔……? みたい」
「じゃあ暗闇でも目が利くグリューンが先か……俺は魔法使えねえしな」
暗視の魔法はゲイブでもかけられる。というわけでグリューン、オランジェ君、ゲイブ、それから俺という順になった。
小柄なグリューンはすんなり入る。暗視を施したオランジェ君がうきうきしながらそれに続いた。
「早く行こうぜ! グリューン!!」
「ちょっと……押さないでよ……」
「コラ!! 下がるっすよオランジェ君!!」
……一年一緒に暮らしてて、まだグリューンの正体に気がついてないのかオランジェ君は。呆れた。ため息を付きながらも、先に進んだオランジェ君達を追いかける。
身をかがめた体制はなかなかキツい。地面はしっかりした石で、自然にできたとは思い難い。
「この階層が遺跡で、あくまでも人工物だけど……ここは、何か違うな」
「うん。文明が壊れたって感じの上と比べて、ここは明らかに風化してない。近年で誰かが作ったものだ」
明かりはない。オランジェ君にかけた暗視の技はまだ持つだろうが……危険だ。先へ進む。一本道ではなく、いくつかの分かれ道があった。後で戻ってこれるよう、全て右へ進む。前の三人が止まった。どうやら先頭でグリューンが立ち止まったらしい。
「なにかあったか?」
「……こっちから風。なにかあるかも」
グリューンに従い後を追う。彼女が言うから間違いはないだろう。迷いなくずんずん進む。……戻れるかな?
「リラ、ここ」
「どうかした?」
グリューンが止まり、下を指差す。石の地面に、微かな隙間が空いている。
「僕らが壊すと音が出る。頼むよ」
「了解。少し下がってて」
手で触れ分析、分解。落ちないように距離は保ったつもりだったが──
「あ?」
身を乗り出していたオランジェ君が前のめりになり、落ちた。真下から音とくぐもった悲鳴。
「オランジェ君!!」
「大将!!」
小声の大声で呼ぶ。地面でひっくり返ったオランジェ君は弱々しく親指を立てた。急いで穴から飛び降り、着地。あたりを見回す。
「いってて……なんだ、ここ? ちょっと、リラ暗視頼む」
「もう切れたの?」
「おう、そのせいで落ちちまった」
暗視の術は通常こんなに早く切れないはずなのだが……。オランジェ君にかけ直してあげる。見える光景、廊下だろうか。石壁には等間隔に明かりが灯っているが、向こう側は見えない。長い通路だ。
「なんか……ヤバそうっすね」
「ああ」
なにがあるかわからない。一応気配隠しの術を全員へかける。
「なにかの施設か? こんな迷宮の中に……」
オランジェ君の疑問も納得だ。ひとまず明かりを辿りながら進む。途中グリューンになにか匂うか問うてみるが、首を横に振るだけだった。
「あ、リラ」
ゲイブからの呼び声。壁を指している。何かをこすったような傷が、石壁に刻まれていた。
「金属とぶつかった跡、みたいだね。それも最近」
「人工的に作られて、しかもここ最近人が出入りしてる……確定っすか」
そのとおりだ。オランジェ君がうへぇ、と嫌そうな態度をあらわにする。
「明らかに面倒くさそうだな。冒険とかそれどころじゃなさそう……」
「同感。まずいことに巻き込まれる前に、トンズラしよう」
「何いってんだよグリューン。せっかく来たんだ、なんか見つけるまでは──」
笑いながら曲がり角を進もうとしたオランジェ君の首根っこを引っ掴み、グリューンは一気に引き寄せる。そのまま壁に押さえつけ、手をついた。その動作を確認し、俺とゲイブも壁に張り付く。
「なにしやが……」
「静かに、馬鹿オランジェ」
曲がり角、その向こうから微かな声が聞こえる。息を殺し、身を潜める。気配隠しの術がかかっているとはいえ、激しく動くのは危険だ。
通路の奥から聞こえる足音。鎧、だろうか。金属? 硬いものがぶつかる音。甲冑のような靴を履いているのかもしれない。
「にしても、いつまでこんな地下でいなきゃならないのかねぇ」
「エリート出世コースまっしぐらだと思ってたのになぁ」
「不気味なガキ共の見張りなんて、いらないだろぉ」
姿が見える。白い、すべすべした服……? 肌を見せない、顔を覆った格好。そんな格好をした二人組が、談笑混じりに歩いていく。俺達には気がついていない。
「そろそろガスの時間なのに、離れていいのかぁ? 今日点呼はお前の当番だろ?」
「いいっていいって。あいつら、身動きもできないんだから」
不穏な会話。彼らが遠ざかり、声が聞こえなくなる。オランジェ君は目を見開き、彼らの過ぎ去った方向を見つめていた。
「なんすか、今の奴ら……」
「わからないけど、ここが何らかの施設ってことは……確定だね」
しかし、迷宮内は冒険者以外の侵入を禁止しているはずだ。一般市民が許可なく立ち入ることは、刑罰の対象となる。
「とりあえず、あいつらが来た方に行ってみようよ。ガキとか、聞こえてきたし」
グリューンが指差す。俺達は頷き、彼女に続いた。
「オランジェ君?」
「あっ、わりぃ!」
ぼうっと向こうを見ていたオランジェ君を呼ぶ。どうかしたのだろうか、様子が変だ。顔色も悪い。
「大丈夫っすか? 大将」
「だ、大丈夫だって! なんでもねぇ!!」
この空気感に、圧されているのだろうか。先を見れば、グリューンが行き止まりの前で立ち止まっている。
「ここ、扉みたいなんだ。でも開かなくて……」
「うーん、ちょっと解析してみる」
手を触れる。材質は石、金属。これなら分解は可能だ。オランジェ君がノブらしきものをがちゃがちゃ弄る。やめなさい。
「ガキ……ってことは、子供だよな……。子供をこんな場所に連れてくるなんて……」
「ちょ、オランジェ君、あんまり押すのは」
「ん!?」
分解完了、ドアが前に開く。耳を押し付けてもたれかかっていたオランジェ君は、ドアごと前へ倒れ込んだ。
「オランジェく────ん!!」