94 : わくわく探索
「きっもちわりぃ気持ちわりぃ! ぬるぬるするぞこれ!!」
「うわ──ッ! こっちにかけるな馬鹿野郎!!」
「こ、これは……流石に躊躇しますわね……」
「ちょっとあんたらもう少し静かに……ってギャ──ッ!! 追加で来ちゃったじゃない! 騎士サマやっちゃって!!」
「全く人使いの荒い……」
一同揃って上へ下への大騒ぎ。魔物を倒した俺達は今、謎の粘液を揉みしだいている。
「ホントにこれであってんのかよ! どんどんぬめぬめが固まってきて……」
「あってる! ……と、ノートには書いてるわ」
ツュンデンさんのノート、今まで様々な場面で役立ってきたありがたい知恵の結晶……なのだが。
「蜘蛛のような形をした魔物、『ジャンジャム』。脚を覆う粘液を水路の塩水で揉み込む。固まってきた粘液はぷるぷるしていて食用可、ほら!」
「見た目が食い物じゃねぇよ……」
ノートによれば、この五層に流れる水。四層から降り注ぐ海水には、五層の魔物への浄化作用があるらしい。今までのように川の水を煮沸して消毒したりしなくて良い……とのことだが、不安だ。
三体のジャンジャムを六人で揉みしだくことしばらく。粘液は緩く固まり不透明になってきた。ロートに確認を取るとオッケーが出た。
「ロートちゃ〜ん! こっちはどうすればいいかな〜?」
水汲みや火起こしに取り組んでいた鷹の目連中も帰ってきた。倒した繭の破片を集めている。
「これも食えるって衝撃なんすけど……」
「確かに」
疑問を抱く彼らに向かって、ロートはページを開いて見せつけた。
「巨大な繭に包まれた魔物、『ポイト』。眼球部は焼いて食べることが可能。繭も食用可。適量の束を取り塩水を揉み込んみ、火で炙る」
ニワトリ野郎達は首をひねりながらも指示に従う。薄青色の、食欲が失せるようなそれを握り、塩水で揉んだ。
「火で?」
「持つ部分は紙で巻いといたほうが……そう、それで炙ってみて」
「はーい」
恐る恐る四人は火の前に立つ。掴んだそれを火にかけしばらく。
「うおっ!!」
「うわ」
「えぇっ!?」
「おおっ!」
繭の破片が内側から弾けた。細かな繊維が綿菓子のようになっている。
「火にかけると綿を吐く。凄い……って書いてるわね。凄いって」
「何だそれおもしれぇ! 俺もやりたい!」
「ボクも!!」
「クヴェルに見せてあげたいですね」
俺も掴んで火にかけてみる。しばらくすれば綿を吐いた。面白い! 味も甘い……? 甘いような、遠くから甘い感じがするような。
「迷宮においては貴重な糖分だから見つけたら狩れってさ」
そんなことを言いながら、ロートは眼球を丸焼きにする準備をしていた。綿菓子もどきを口に押し込み、ロートの手伝いへ走った。
「よっし! できたわよー!!」
「いぇーい!!」
ロートが鉄鍋を叩き、洗い物をしていた俺達は腕を振り上げる。
「ロートちゅぁんの迷宮料理は俺初めてだ〜!」
「きっもいよオランジェ」
「匂いはすごくいいっすねー」
鍋を覗いた。あのゼリー状になったぬめぬめが大量に詰まっている。
「……ロートさん?」
「できたわよ。食べな」
これ……食えんの? 野菜や野草、干し肉は入っているが、どう見てもゼリーを大量に突っ込んだみたいな見た目だ。お玉を入れて掬ってみるが、なかなか難しい。
「お玉に乗らねえ……滑る……」
「頑張って掬いなさい」
なんとか全員つぎおわり、丸く座る。一同押し黙っているが、このままではいくまい。
「いただきますっ!!」
「いただきます!」
手を合わせ、躊躇なくかっこむ!
「おおっ!!」
どんな味が想像もつかなかったが──美味い! ゼリーはほとんど味も匂いもないため、スープの味を邪魔しない。野草や野菜の出汁と合わさって食べやすい。
「どんなもんよぅ!」
「おみそれしましたー!!」
流石ロート! 料理の腕は敵わない。
「レシピを後で見せてもらえませんか? ロートちゃん?」
「いーわよ。ニワトリ君、料理できるんだっけ?」
「オランジェですが……まあ、それなりに」
ウィンクするなクソニワトリ。てかあいつ料理できるのかよ。
「鷹の目の食生活を支えてんのはオランジェ君っすよー」
「一番上手いのはオランジェ君ですね」
ドヤ顔ムカつくなクソニワトリ。俺は料理ができないんじゃない。やらせてもらえないんだ。
「食べたら片付け! ガンガン進むわよー!!」
「了解だよっ! ロート!!」
「おうっ!」
さあ探索再開だ!! 急いでスープを胃に流し込んだ。
薄暗い湿った通路を進む。苔が滑って歩きにくい。壁に手を着こうにも、苔やら汚れやらで触りたくない……。慎重に歩いた。
「地図によれば、この先の曲がり角を左に……らしいけど、崩れてるみたいだ。ショートカットできるみたいだから、まっすぐ行こう」
「シュヴァルツ様の索敵は流石ですわ!」
五層突入から半月が経過した。
火の精を使った索敵は本当に便利だ。壁のすり抜け、視覚の共有、それらはこのような障害物の多い場所では非常に役立つ。
「おーい」
「グリューン! どうだった?」
岩壁から降りてくるグリューン。身軽さを駆使して高いところから見てもらっていたのだ。シュヴァルツの索敵は便利だが細かいところまで目が届きにくい。シュヴァルツの火を使って大まかな経路を決め、グリューンの肉眼を通して情報を得るのだ。
「しばらく先に、一段低くなってる場所があった」
「へぇ」
盆地みたいになってるってこと、だろうか。グリューンは頷き続ける。
「うん。それでその盆地の中……やけに荒れ果てた」
その言葉を聞き、シュヴァルツが二体目の精を放った。荒れ果てた、とは?
「岩壁や遺跡の柱が崩壊して、しっちゃかめっちゃかになってる。何か大きな魔物が暴れまわったあとみたいなんだ」
「範囲は?」
「かなり広い。百メートル四方くらいだった」
相当だ。シュヴァルツが目を閉じてしばらく、本当だと呟く。
「本当だ……でもこんな跡、一体どうやれば……」
「ど、どうなってるんだよ」
ニワトリ野郎の問いかけに、シュヴァルツは少し思案してグリューンと顔を見合わせた。
「ただの爆風や衝撃波で崩れた……ってのとは違うんだ。そんな風な痕跡もあるけど」
「中央部が酷い。高温のものを投げ込んだみたいになってる。岩や柱が全部溶けかけみたいになって、ド真ん中は黒く焦げてる」
話を聞くだけでは想像もつかない。何か巨大な魔法が使われたのか? だとしても、そんな距離をふっとばす魔法など……。
「……避けたほうがいいかもな。遠回りにはなるけど、そうしたほうがいい。わかったなヴァイス」
「……おう」
シュヴァルツの目が「マジで面倒事起こすんじゃないぞ」と訴えている。こういうときは逆らわないのが吉だ。
さて、そんなこんなで。
俺達はあの後ぐるっと盆地を周り、先へ進んだ。距離と時間は長くなってしまったが、魔物の襲撃や危険は無くここまでこれた。
しかし
「まぁった窪地か……」
「みたい、だな」
見下ろす光景。先程より規模は小さいものの、また盆地。破壊の跡は変わらない。激しい戦闘、兵器によってつけられたような痕跡。
「また回り道はしんどいぞ……」
「でも何かあったら危ないわよ。時間はあるんだしいいでしょ」
ロートはそう言い、シュヴァルツの後を追った。ニワトリ野郎が崖の淵に立ち、下を覗いていた。下までは五メートルくらいある。
「落ちんじゃねえぞクソニワトリ。ニワトリは飛べねえんだからな」
「しばくぞ詐欺野郎!!」
胸倉を掴まれる。それに反抗して掴み返した。
「何やってんすか馬鹿大将!!」
「アホコンビ!! そんなことしてたら────」
「あ」
「は?」
足元の地面が崩れた。俺とニワトリの体が傾き、空に舞う。
「うおおおおおぉぉぉぉ────ッ!!」
「わぎゃあぁぁぁぁぁぁ────!!」
「オランジェく────ん!」
「馬鹿じゃないのあんたら────ッ!!」
空中で揉み合いながら、お互いに体を上下させる。しかしそんなのは一瞬だ。割れた岩の上に叩きつけられて、跳ねて、下に落ちる。腐って積み重なった木々の上に落ち、ばきばき折れて崩れていく。
「無事ぃ──?」
「なんとかぁ……」
「いっててて……テメェこの詐欺野郎……!」
痛む体を抑えながら立ち上がる。やれやれと伸びをしたところで、二人同時に気がついた。
「なーにやってんだ馬鹿ヴァイス!! 大人しくしてろよ、今からブラウさんとジルヴァが行くから……」
「シュヴァルツ」
上から聞こえる声に、一言返す。
「どうしました?」
ロゼが覗き込んでいた。俺とニワトリ野郎はお互い顔を見合わせる。
「なんか、ヤバそうな入口見つけた」
俺とニワトリ野郎が落ちた場所。腐った木々はへしゃげて折れて、その下にあるものが明らかになった。石の混じった土壁に嵌め込まれた金属の格子。高さは低い。大人が屈んだら入れる程度だ。
ただの格子──にもみえる。こんな、迷宮の中でなければ、の話だが。