93 : 第五層
再集結、翌日──。
俺達「燕の旅団」の一同は、迷宮五層へと降り立った。
「改めて見りゃあ……すげえ場所だな」
目の前に広がる石の迷宮。広大な遺跡、その中に放り出される俺達。
「ああ。一層の森や、二層の荒野、三層四層の島渡りとも違う。明らかに僕らを迷わせるという意思を感じる」
呟くシュヴァルツ。崩れた石壁、絡みつくツタ、張り巡らされる水路。これは一筋縄じゃいかなそうだ。
「ここからは地図もざっくりしてくるからね。あんま参考にしない方がいいわよ」
「五層を歩いたのはずうっと前だからなー。流石のボクでもわかんないよ」
ロートとジルヴァ。一応五層までの地図は存在する。しかし昨今五層にまで突入した冒険者は少なく、ほとんど参考にならない。しかも魔物が暴れたりして色々変わってるし。
「印をつけつつ、迷ったり行き止まりなら引き返すという方法が一番でしょう」
「私もそれに賛成ですわ。慎重に選んで進みましょう」
ブラウが頑丈そうな紐をいくつか取り出す。流石、準備がいい。ロゼは紐を一本受け取り、直ぐ側の木、適当な枝に結びつけようとした。
「おっとロゼちゃん、その役目は俺に任せて? 可愛い手に傷がついちゃあ世界の損失だからな」
「うっわキッモ。死になよリーダー。僕ドン引き」
そのロゼから紐をさらりと取り、ウィンクを見せるのはオランジェ。横からそれを見てケッと吐き捨てるのはグリューン。
「レディ相手に気安く触るのはいかがなもんかと思うっすよ〜? 大将」
「せっかく同行できたってのに、問題起こして即別行動はごめんだからね、オランジェ君」
ゲイブにリラ。四層では別行動を取っていた俺達だが、今現在。この五層では燕の旅団フルメンバー、十人揃って探索だ。
理由は三つある。
ひとつ、この五層は四層までと比べて純粋に広いこと。今までとは端から端までの距離が違う。
ふたつ、五層は道が入り組み単純には進めないこと。分かれ道、仕掛け、罠、様々な手段で冒険者達の道を塞ごうとする。
みっつ、魔物が段違いに強くなる。
「と・に・か・く! 進みましょ! 迷えば引き返せばいーのよ!」
ばちんっと音がしそうなウィンク。ロートはそれをぶちかまし、下ろしていた銃砲を担いだ。ま、それもそうだな!
「鍛え上げた俺達に敵はねぇぜ!!」
「調子に乗るなよ猪野郎」
「その通りです部をわきまえてください」
「ヒデェ!!」
仲間達が一番酷い! 一年ぶりだってのに遠慮が無い。
「うるせェ行くぞ!! 道はどっちだ?」
「多分こっちだよヴァイス! ボクの直感がそう言ってる!!」
ジルヴァの直感は何より怖い!!
「ふっ、馬鹿な詐欺野郎め……。仲間に翻弄されてやがるぜ」
「リーダーリーダー」
「なんだよグリューン」
「来てる」
「は?」
グリューンの声とオランジェの疑問符。重なるそれらを耳にした。一同が二人を見る。俺を引っ張り進んでいたジルヴァも振り返った。
「東から三体、西から二体、大きい。獣じゃない」
グリューンは口元を覆っていた襟をずらした。口元から牙が覗く。背に手を伸ばし矢を掴む。即座にメスを抜き取るゲイブ、鉄杭を構え臨戦態勢に移るリラ。
「来るよ」
グリューンの矢、ゲイブとリラの投擲が放たれる。右前方と右後方の石壁、左後方の倒木、それらにめり込む各武器。
「臨戦態勢!!」
「言われずとも!!」
「私だって!」
腰裏から抜き取る短剣。ハルピュイアの双剣を使うほどではない。ツュンデンさんから受け取った、俺の三本目の刃。刃渡りが他のものより少し長いしな!
手の中の杖を握り直し、火の精霊を実体化させるシュヴァルツ。その傍らで、腕のリングを煌めかせるロゼ。
「敵が五体、取り合いになるわね!」
「はしゃいでる場合ではありませんよ。ロート嬢」
「よっしゃぁ! ボクの技、見せてあげる!!」
ロートは銃砲の弾薬庫を確認し構える。ブラウは槍を掴み、捻りに手をかけた。一年前までの槍と異なり、不思議な光と気配を放っている。ジルヴァはカタナに手をかけにやりと笑った。
けたたましい悲鳴と共に飛び出す影。姿は蜘蛛に似ているが、その脚。一本一本が粘液をまとう触手のようなものだった。胴体部、無数に集合した目が俺達を捉えた。大小合わせて三体。
「気持ちわりっ!!」
「言ってる場合か!」
後方、巨大な枝の塊みたいな魔物。薄青の糸を束ねた繭、その中心からぎょろりと真っ赤な目が覗かせる。二体か。
獣や虫型が多かった一層二層、空ということもあり鳥型が多かった三層、海という環境を活かし魚型が多く見られた四層。なるほど、ここは「異形」か。
「そっちは任せたぞ!」
「俺に指図すんな詐欺野郎!!」
後方二体は鷹の目連中に任せる。ゴーグルを下ろし視界を覆った。その状態で、踏み込み、跳躍!!
「てめぇにゃ魔法も必要ねぇ!!」
短剣を握った腕を振る。瞬きの間に打ち込む斬撃、その数十二。腕に絡みつく粘液が気持ち悪いが、脚はまとめて分断した。残った胴体、無数の目が俺を見る。これをぶっ刺して止めだ!
「鉄線花!!」
俺の頬を掠めた弾丸。鋭い一撃が奴の眼球を貫いた。ロートだな!?
「横取りすんなロート!」
「一発で倒さなかったあんたが悪いのよ!」
この野郎! 歯軋りするがもう遅い。ならば残りの二体を──と体をひねった刹那、眼前を白い炎、そして白い閃光が駆け抜けた。
「穿て、イグニス!」
「方舟!」
その白い炎と光は、蜘蛛の胴体、そのど真ん中を貫いた。当たった瞬間弾ける光。光が止んだ後、もう蜘蛛は動かない。杖を構えたシュヴァルツ、リングをはめた手を前に掲げたロゼ。シュヴァルツが俺に向かって叫んだ。
「よそ見するな! 馬鹿野郎!!」
「うるせぇ!」
この修行を経て、今まで攻撃手段を持たなかったロゼも戦えるようになった。彼女の種族、「白翼種」が持つ癒やしと浄化の力、それを腕のリングに通し、打ち出す技。元々魔力を打ち出す機能はリングにあったが、修行の果てに「内側から浄化する力」を手に入れたのだ。
「ボクの方が先だったよ!!」
「いえ、私です」
「ボクだってばぁ!」
やいやい言い争うジルヴァとブラウ。何やってんだあいつら。その後ろには四つに分断された蜘蛛の死骸。……やってんなぁ。
後方の二体はどうなったかと振り向くと、ちょうど撃破したところだったらしい。巨大な繭が地面へ落ちていた。
「どんなもんだクソ詐欺野郎!」
「俺達のほうが早かったぞニワトリ野郎!」
真正面からいがみ合う。
「ほらほらやめるっすよ大将、ヴァイスさん」
「そんなことしてる暇はないでしょう? 二人共」
ゲイブとリラに止められる。ふん! 命拾いしたなクソニワトリ。
「んで……これ、どうやって解体するの? てか、売れる?」
グリューンが切り飛ばされた繭の破片をつまむ。今までは
、地上にもいる生物に似た形をしていたからとっかかりがあったが、これは流石に……。
「うーん……ボクも見慣れないなぁ」
「ちょっと待って、調べてみる」
ノートをめくる。ツュンデンさんが残したものだ。しばらくにらめっこしたロートは、ゆっくり顔を上げる。その表情は引きつっていた。
「……これ、食えるって。両方」
「……は?」
一同の声が、ひとつに重なった。




