92 : 集結
賑やかな通り、立ち並ぶ屋台。行き交う人々の隙間を拭い、俺達は走った。ぶつかる前に回避し、地面を蹴って路地裏の階段を飛び降りる。
変わらない街並み、よく晴れた空。再集結にはぴったりな天気だ。
「時刻は!?」
「昼前! 丁度いいくらいだな!」
よしよし、目指せ一番乗り!
「なんだおめェ! 喧嘩売ってんのかコラァ!!」
響く怒声、武器屋の方からだ。喧嘩か?
「辛気臭せェツラしやがってよぉ! 俺を誰だと思ってやが──ぶへェッ!?」
方向転換しそちらを覗く。シュヴァルツが全身で「面倒事に首突っ込むな」と訴えていたが無視。
鍛冶屋の入口、体格のいい男が胸倉を掴まれて持ち上げられている。
「公衆の面々でちょ〜っと騒ぎ起こしすぎっすよねぇー? 子供達もいるんすよ?」
「こら、そんなにキツくしない。全く……喧嘩っ早いんだから」
聞き覚えのある声。金髪頭の後ろ姿に、眼鏡をかけた横顔。その後ろに立つ、少年の手を引いた背の高い影。
「二人共、早く行くぞ。皆さんが待ってる」
「はいはーい! 兄貴!」
金髪頭が男の胸倉から手を離す。男は地面にへたり込んだ。手前にいた男が振り返る。黒に近い紺の髪に深い緑の瞳。背に担いだ細長い包み。あれは間違いない!
「おーい!! ブラウ────ッ!!」
「……は」
手を振り呼びかける。奥にいたゲイブとリラも、ブラウ、彼に手を引かれたクヴェル、皆が俺達を見た。両手をぶんぶん振り回しながら走る。ブレーキが効かず、スピードが止まらない。ブラウ達の後ろで、へたり込んでいた男が立ち上がった。お、丁度いい。
「おーい! 避けろ────ッ!」
「は? ちょっ……!」
思い切りよく石畳を蹴る。浮き上がった体は吸い込まれるように前へ飛んだ。避けたブラウ達、飛ぶ体のライン上にはチンピラ野郎。
「すっみませ──ん!!」
「ぐはぁ!?」
チンピラ野郎の鳩尾に頭突き。チンピラは鍛えているのかふっ飛ばされず、無事体は止まった。後ろからシュヴァルツが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「何やってんだお前────ッ!!」
「止まれなかった! 悪い!!」
男は泡を吹いて気絶している。店から出てきた鍛冶屋のおじさんが倒れる男と俺達を交互に見ていた。
「あのぉ……」
「あぁはい! お騒がせしましたっす!!」
ゲイブがぺこぺこ頭を下げる。俺達も続いて頭を下げた。
「いやぁ、まあ、難癖つけられて困ってたからねぇ……助かったけどこりゃあ……」
「す、すんません……」
「まったく……帰ってきて早々、面倒事に巻き込まれるとは……」
「最初に仕掛けたのはゲイブだろー? なら、俺のせいじゃぁねぇ」
「面目ないっす……」
通りを五人、並んで歩く。あのあと衛兵に男を突き出し事情を説明、騒ぎを起こしたってことで周りに謝罪、と色々あった。
「これで、ロート達には完全に負けただろうな」
「げぇ!! 忘れてた!!」
シュヴァルツのちくりと刺す言葉。ブラウ達が慌てる俺を見た。
「ロート嬢達とは共に修行をしていたのでは?」
「あーうん、えーと……」
思わず言葉を濁らせた。
一年前、各々が修行に向かうことになった際、ブラウ達やオランジェ達が故郷に向かう中、俺、シュヴァルツ、ロート、ジルヴァ、ロゼの五人はこの地に残った。この街と迷宮、四層にあるジルヴァの故郷を行き来しながらレーゲンに稽古をつけてもらっていたのだ。
そしてつい一週間前。ババアは「修行の仕上げ」と称して俺達に「レース」をさせた。
「ロゼはババアと先に帰還。俺とシュヴァルツ、ロートとジルヴァ、の二組に別れて先に帰ってきた方が勝ちってな」
「……迷宮四層から?」
「おう」
抜け道、魔物へ乗る方法、躾けた魔物がいる位置──この一年でまつろわぬ民の人達から叩き込まれた、あらゆる知識を駆使して走り続けたのだ。
「ヴァイスのアホが人助けだ何だつったせいで、間違いなく負けたんですけどね」
「まだわかんねえじゃん」
「ぶっ飛ばすぞ」
目がマジだ。口を閉じよう。
「元気そうで安心したよ、ヴァイス兄」
「背ぇ伸びたなー! クヴェル!」
ぼくだって強くなったよ! と笑うクヴェルの頭を撫でる。それを見るブラウの顔を見上げ、ふと疑問に思った。
「ブラウ、騎士の制服じゃねえんだな」
今彼が着るのは、修道服を基調とした黒衣ではない。裾の長い民族調の服装、手足の甲冑は変わっていないが、あの星に絡みつく竜の紋章が無い。ブラウはああ、と呟き襟をつまんだ。
「もう、ここから先は騎士の領分ではありませんから」
「ん、そっか」
そうだ。こいつはもう騎士として、俺の「おもり」としてではなく、自身の夢のために冒険へ同行するのだ。
「それはそれとして、クヴェルに万が一危険な目があればぶん殴ってでも連れ帰るという方針は変わりませんので」
「相変わらずだな!!」
笑いながら並んで、通りを歩いた。
「おっそ────っい!」
開口一番、ぶつけられた言葉。いつぞやぶりの二股の黒猫亭、扉を開けるやいなや、ロートの罵声が飛んできた。
「よーしアタシらの勝ちーぃ! リードは二日! どんだけ道草食ってりゃそこまで……って、あ!!」
足を組みふんぞり返っていたロートは、俺とシュヴァルツの後ろに並ぶ三人を見て、目を丸くした。
「騎士サマァ! 金髪君! 眼鏡サン!! 今日集合だったっけ!?」
「約束の日は明日なんですがね。早めにきました」
「相変わらずで安心しますね」
「よ! 姐さんお久しぶりっす!」
すぐさまどたどたと足音。階段の上、カウンターの奥からそれぞれ影が飛び出してきた。
「おかえり────っ!! みんなぁ!!」
「なになになになによ──ぅやく帰ってきたわけぇ!? まずはこのツュンデンさんに挨拶でしょうがぁ!!」
揺れる銀髪、頭から覗く角が視界に入った途端、ぶん殴られたような衝撃。階段から飛び降りてきたジルヴァが思いっきり飛びついてきた。
「てっきりどこかでとんでもない目にあってるんじゃないかって心配したよー!! あんまりに遅かったからね!」
「失礼だなお前!!」
「ほらほらジルヴァ、ヴァイスが潰れちまうよ」
出てきたツュンデンさんがジルヴァの頭を小突く。彼女は俺達を一瞥し、笑った。
「おかえり」
「ただいま帰りました」
「戻ったっす!」
「遅くなりました」
そのままホールの中へ招かれる。すっかりくたくたになってしまったが、とりあえずみんなが帰ってくるまでは待機、とのことだ。とっとと風呂へ入ってしまいたい。
「シュヴァルツ様っ! おかえりなさいませ!!」
「ふん、遅い帰りじゃな」
階段を降りてきたのはロゼとババア。ロゼはすぐさまシュヴァルツへ飛びつき困らせていた。
「小娘共の方が早かったので、おぬしらの負けじゃ」
「うげーぇ! どんなバツだよ」
「それはまた後で考えてやろうぞ」
まったくヤなババアだ。
「お嬢はお体大丈夫っすか?」
「おじょ……え、えぇ。この一年ですっかり、元気ですわ!」
腕を叩いて見せるロゼ。一年前、不調を訴えていた彼女はもうすっかり元気もりもりだ。どことなく、空元気な気もするが……考えすぎだろうか。
「んじゃー、まだなのは馬鹿ニワトリとグリューンか」
「約束の日は流石に覚えてるだろうし……明日になるかな。また、船を間違えてなきゃいいんだけどね」
リラが苦笑いを浮かべた。話によれば奴はすでに一度船間違いを起こしてるからな。大丈夫か。
その時だった。
「ギルド『燕の旅団』、別働隊『鷹の目』リーダー、オランジェ様が……ただいま戻ったぜェ────!!」
「恥ずかしいからやめてリーダー。生き恥」
「堅いこと言うなよグリューン! ツュンデンさん頑張った俺を労って〜!!」
「最悪」
激しい音を立てて開かれた扉。大仰に手を広げデケェ声で言い放ったのはトサカみてえにツンツン立てた頭をした野郎。その横で嫌そーな顔をして文句を垂れるのは、フードを被って口元を隠した小柄な影。……オランジェの馬鹿とグリューンだ。
ニワトリ野郎は室内に揃った俺達を見、硬直。
「先に戻ってたのかよお前ら────ッ!!」
「やーいドベ!! ぎゃははははっ!!」
てっきり一番乗りとでも思ってたのか馬鹿め!! げらげら笑っていると、ブラウに頭を叩かれた。オランジェもゲイブに羽交い締めにされている。
「まあ、とにかく……みなさん揃いましたし」
リラが手を叩き、皆をまとめる。
「ひとまずは、再集結のお祝いといこーじゃない?」
ロートがカウンターの裏に周り、棚を開けた。取り出すのは複数の瓶。どんどんとカウンターに並べていく。
「飲むわよ!!」
「昼だぞ!!」
一年ぶり、この宿に皆が揃った。ここからまた、俺達の冒険が始まるのだ!!




