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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
7章 破滅或いは愛故の救い
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91 : 帰郷



 巻き上がる砂嵐。吹き荒れる風。走る僕らの体は何度も吹き飛ばされそうになる。見上げるが、砂嵐に覆われるその姿すら確認できない。


「まずいわ『アカ』! このままじゃ逃げることもできない!」

「うるさいな『アオ』! 僕だってわかってる!!」


 口うるさい仲間に叫んだところでどうにもならない。僕は歯噛みするしかできなかった。


 次々と職業につく友人達に焦り、俺は財宝を手に入れるんだ、と意気揚々故郷を飛び出したことを、今になって後悔する。たった二層、そこを突破するまでに──このままでは、死んでしまう!


「クソ、クソ、クソ……なんだよ、神霊ってぇ!!」


 恐ろしい存在がいることは知っていた。だが、何ヶ月か前に倒されたと聞いていたのに……! だから、安全だと思っていたのに! こんなに早く復活しているだなんて……。

 まだ、こんなところで死にたくなんか、ない! でも、あんなのに適うわけがない!


 ──誰か、助けてくれ!!



「そこ退()けそこ退()け────ッ!!」


 響いた声。顔を上げる。砂嵐に覆われた視界を塞ぐ、影。人? 僕と同い年か、歳下かの人物が、僕の頭上を駆け抜けていく。


「クロスナイフ!」


 きぃんと耳に残る高音。砂嵐が十字に切り裂かれた。驚くまもなく、僕の視界を黒い影が走り抜ける。携えた杖、もう片手には火球。


()ぜろ、イグニス!!」


 空を駆ける白い閃光。神霊の眼前で破裂する。砂嵐が止んで、視界が晴れた。

 白い髪に透き通るような青の目をした華奢な少年、黒い髪に血潮のような目をした不機嫌そうな少年。二人は倒れ込む俺達の方を見、声を上げた。


「無事か? 今のうちに穴へ飛び込め!」


 凄い。僕らが何をしても太刀打ちできなかった化物の動きを、一瞬で封じた。僕らは慌てながら立ち上がり、何度も頭を下げる。


「本当に……! なんて、お礼を言えばいいか!」

「このご恩は忘れません!!」

「いーや忘れてもいいけどさ……」

「必ずお礼を!!」


 白髪の少年は、隣に立つ女魔法使い「アオ」から目を逸らしながら言う。


「わりいな、今急いでんだ。お礼の代わりに、街に戻ったら伝えてくれ!」


 指を鳴らし、ぱちんと音が出そうなウィンクを見せた。


「『(つばめ)旅団(りょだん)』、完全復活ってな!」


 そう言い残し、彼らは去った。僕らと歳が変わらないのに、その圧倒的な強さ、そして余裕。僕らはすっかり魅了された。彼らのように、なりたいと願う。呻く神霊の横を駆け抜け、大穴を目指しながら口にする。


「燕の旅団……燕の旅団!」


 どこかで、その名前を聞いたことがある気がした。








「この馬鹿ッ! 馬鹿野郎ッ!! こんな急いでる状況で、人助けだなんて馬鹿な真似する奴があるか!!」

「人助けを悪く言うんじゃねぇ!! イイコトだろうが!」 

「今の状況を考えろ! ああもう! タイムロスだ!!」


 少年達は、二層の荒野を駆け抜ける。走り、飛び、まつろわぬ民が躾けた魔物に乗り、最速で上を目指す。


「絶対ロート達には抜かれたぞ! 師匠にどやされる……!」

「その時はその時だ! 口動かす前に走るぞ!!」


 山羊の角を掴み、一気に斜面を駆け上がった。乾いた風が二人に吹き付ける。


「急げ! 街へ!!」








 ごとごとと揺れる馬車。窓から外を覗く少年と、俯いて眠る三人の男達。赤子を抱く夫婦、席を占領し話し込む男達。様々な人を乗せて進んでいく。そこに響いた下品な笑い声。多くの席を占領し、仲間を侍らせた男達がその元凶だった。


「だからよぉ! 俺は冒険者を目指すってわけだ!」

「もう何度も聞きましたよぅ、ボス!」


 大きな声と、座席を叩く振動。窓から外を見ていた少年は振り返り、眉をひそめた。母親の腕に抱かれた赤子がぐずり始める。眠っていた客の肩がぴくりと揺れた。先の笑い声には到底及ばないような声、それに男達は目敏く気づく。


「す、すみませ……」

「おうおううるせえなぁ! 他のお客のことも考えろよ!」


 隣りにいた夫らしき人物が先行して謝罪するが、男達はそれを遮った。赤子を隠すように抱き締めた母親は、俯きながら小さく呟く。


「……い」

「あぁ!?」


 自分達の事は棚に上げて喚き散らす男達を、母親は顔を上げ強く睨みつけた。


「貴方達の方がうるさくて、質が悪いじゃないですかっ! この子の何十倍も生きてるのに! 他のお客のことを考えて、黙ることもっ、できないんですか!!」


 隣で夫が慌てふためく。必死に妻をなだめるが、効かなかった。女は気丈(きじょう)に努め、男達に一歩も引かない。男達は座席から立ち上がり、夫婦の元へ近づいた。


「てめぇら……俺達が故郷でなんて呼ばれてたか知ってるか……?」


 震え上がる夫、母親の手も震えているが、それでも引かない。


「俺らは村じゃ有名な豪傑(ごうけつ)として名をはせ────っぎゃぁ!!」


 言葉を遮り夫婦の横、眠っていた客の脚が伸び、男のスネを蹴りつけた。


「ッてぇ!! な、何しやがるテメェ……! 俺を誰だと思って!!」

「……申し訳ありません」


 紺に近い黒の髪。携えた細長い包みに手をかけ、青年は顔を上げた。


「申し訳ありません……何分、あまりにもうるさかったので────野生の獣でも出たのかと」


 逆上する男の目に、青年の深い緑の瞳が映り込んだ。隣に座る金髪の男、眼鏡をかけた男の動きに、まだ連中は気がついていない。


 一分後、馬車内は静かになった。








「本当にこっちであってるわけ!?」

「あってるよ! ボクを信じて!」


 二人の女が森を走る。茂みへ突っ込み、木々をよじ登り、無茶苦茶な勢いで突っ切っていく。


「これで負けたらやばいからね!?」


 肩に届くか届かないかの赤髪、頭にぴょこんと突き出た猫の耳。勝ち気な金の瞳を揺らした女。


「きっとヴァイスのことだ! 人助けをして時間を食ってる! ボクらの方が先に決まってるさ!」


 流れる銀糸をまとめて結び、爛々と銀の目を光らせる。背には羽根、腰からは尾。竜の因子を宿した女。


「敵ィ!」

「おっとぉ!!」


 肩から背負った銃砲、腰から下げた刀、双方を抜き構える。


「そこ退けそこ退けぇ!」

「道を塞ぐなら容赦はしないよッ!!」


 撃ち抜き、切り捨て、駆け抜ける。


「行くわよ! 街へ!!」








 揺れる波間。耳に届く潮騒。青年は落ち着かない様子で甲板を行き来する。


「なぁおじさん。この船って本当にゾディアック行きか?」

「またあんたかいお兄さん。そうだよ。わかって乗ったんだろう……」

「いや、確認のため……」


 甲板掃除の中年男に声をかけ、青年は頭を掻いた。一段上、柵にもたれてその様子を見ていた小柄な影が、中年男に呼びかける。


「そいつ、以前ゾディアックに行こうとして蟹領行きの船に乗ったんだ。気にして、落ち着かないんだよ」

「おい! 言うなよ!!」


 小柄な影は柵から身を乗り出し飛び降りる。身軽な動きに、中年男は驚いた。


「牡牛領から蟹領へ!? まぁまぁそりゃあ……兄さん、あんた中々……」

「そんな目で見るのはやめてくれ!! おいこらグリューン! テメェ!!」

「事実じゃん。頼むから落ち着いてゆっくりしてよ。見張りする僕の身にもなって」

「見張りなんて頼んでねぇ!!」


 言い合いを始める二人を、中年男は笑いながら見る。


「仲がいいなぁ、お二人」

「おう! こいつは俺の相棒なんだ!」

「不服」

「おい!!」


 カモメが空を飛ぶ。


「とにかく、明日にはゾディアックの山犬通りに着くよ。それまでゆっくり船旅を楽しみな」

「ありがとーございます」


 水平線の向こうを覗く。気持ちの良いほどに晴れ渡った空。


「さあ! あいつら、どれだけ強くなってやがるかなぁ」

「リーダーが最弱だったりして」

「嫌なことを言うんじゃねぇ!! ……まぁ」


 青年は額に巻いた鉢金を締め直す。


「あの詐欺野郎には負けられねぇな!!」








「……皆さん、そろそろ向かってきている頃、でしょうか」

「そうじゃろうな」


 タイル張りの床、カウンターに座って二人の影がグラスを傾ける。白い翼を持つ少女、長い紺の髪を揺らす童女。そのカウンターを挟んで、グラスを磨く赤毛の女。


「皆様同じように修行をしたのに、(わたくし)だけ先に戻ってきてよかったのでしょうか……」

「ふん、そのぶんお主には様々なことを叩き込んだわ」

「……まあ、そうですわねぇ」


 翼を持つ少女は自身の手を見つめる。


「残り一年にも満たないながら、精一杯頑張れる気がしますわ」

「そのようなことを言うでない。儂はお主を、あと数百年動けるように鍛えたつもりじゃ」

「それは……少々無理があるかと……」


 カウンターに置かれる皿。その上にはクッキーが積まれていた。


「さあさあ! 湿っぽい話は後さ。まずは、あいつらが全員無事に帰ってくるのを待とうじゃないか!」


 女は勝ち気な金の瞳でウィンクをひとつ。頭の上に覗く猫の耳がひょこりと揺れた。








 ──翌日──


「きたきたきたきた見えてきたァ!」


 森の中を駆け抜ける音。白髪の少年が死にものぐるいで走っていく。


「もうっ、無理……死ぬ……!」


 少し遅れて黒髪の少年。死にかけで着いていく。視線の先には巨大な谷間、そこにかかる大橋。迷宮の出口である。そこを一気に走り、少年は銀のチャームを取り出した。

 橋の最後、立つ衛兵にそれをかざす。それを見た衛兵が驚き、二度見した。


「え、えぇ!?」


 視線を寄越すが、二人の影はすでに遠い。目を擦り、再度見る。衛兵はぽかんと口を開け、呟いた。


「本当に……帰ってきたんだ! 燕の旅団……!!」



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