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All be one ! 〜燕の旅路〜  作者: 夏野YOU霊
6章 騎士或いは兄の願い
91/157

89 : 青



「シュヴァルツ様──ッ!!」

「ロ……いったぁ!! だ、大丈夫なのか!?」

「ロート! あんたそんなにぼろぼろになって!!」

「母さん!? 出てきて大丈夫なの!?」


 病室の扉を開けた途端走り出すロゼとツュンデンさん。二人共頭からマントを被って顔を隠していた。全員まとめてひとつの病室に入れられたため、他の人がいないから安心だ。リラが苦笑いしながら扉を閉める。


「ゲイブ! お前がそこまでぼろぼろになるとはな!」

「大将……あんた、俺達がいない間ナンパとかしてたんじゃあないでしょうねぇ!」

「そりゃあもうやりたい放題好き放題」

「グリューン! 嘘を吹き込むな!!」


 久々に揃った鷹の目達も笑い合う。そして、一番奥。俺はクヴェルを担いだまま、そのベッドの前に立つ。

 窓から差し込む光に照らされるブラウ。身を起こしそっぽを向いていた。そしてゆっくりこちらを向き、俺が肩車をしたクヴェルを見る。


「クヴェル」

「あに、うえっ!!」


 肩から下ろすと、すぐさまブラウに飛びつく。ブラウの胸倉に顔を埋め、それから泣いた。


「ありがとう、あにうえ。これで……」

「ええ。きっと、貴方が見た未来は防げました」


 その頭をそっと撫でる。騒がしかった病室も静まり返り、皆が兄弟の姿を見た。


「ぼく、ね」

「はい」


 絞り出すような、震える声。クヴェルは涙と鼻水で濡れた顔を上げ、ブラウを見つめた。


「ずっと、ずっと、言いたかったの。あにうえに、言いたいことがあったの」

「……私も、貴方に言いたいことがありました」


 ブラウはクヴェルの体を抱き上げ、ベットの上に座らせる。


「ぼくのせいで、クライにぃがいなくなって……それから、あにうえはわらわなくなって。ぼくのために、がんばって。ぼくのために、たたかって」


 ブラウは兄ひとり、弟ひとりで国境を越え、それからは騎士学校に通い、俺の護衛になり、そして俺を追いかけてここまで来た。


「ほんとはね、たたかってほしくなかった。ほんとはね、ぼくをおいて、自由になってほしかった。ずっとずっと、クライにぃが生きてた方がいいと、おもったんだ」


 ブラウだけではない。リラとゲイブも息を呑む。()()()()()だ、と直感的に察した。クヴェルを止めようとしたその手は、ジルヴァによって制される。黙って首を振り、ジルヴァは唇を噛み締めている。


「でもね、ずっとあにうえがいなくて、かんがえてたの」


 その小さな手を、その細い腕を、ブラウの背に回す。ぎゅっと抱き締め、顔を埋める。


「ぼくがいなければ、あにうえはたたかうこともなかったけれど、みんなと出会うこともなかった。あの森から、出ることもなかった。──ぼくは、みんなといっしょにいるあにうえが、すきなんだ」


 小さな体で、ずっと悩んでいたのだろう。ずっと、苦しんでいたのだろう。兄から親友と笑顔を奪い、自身のために頑張る姿を見る度──消え去りたいと、思っていたんだろう。


「ひどいよね、ぼくのせいで、あにうえはつらい思いをしたのに。ぼくのせいで、やりたいことも、がまんしちゃってるのに。こんなこと、思うなんて、かんがえるなんて」


 そしてクヴェルは、顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔だが、違う。涙を袖で拭い、ぐっと唇を噛み締めて堪えている。


「ぼくも、つよくなりたい。あにうえに守られるだけじゃない、ぼくがみんなを守れるくらい、つよくなりたい! それで、それで──」


 クヴェルの背に回されていたブラウの手に、力がこもった。ぎゅっと、そこにいることを確かめるように強く抱きしめる。


「あにうえのやりたいことを、してほしいの。ぼくを守るために、ぜんぶをあきらめないで。ぼくはもう、守られるだけは、いやなの」

「────クヴェル」


 掠れた声。こちらからブラウの顔を覗く事はできない。だが、きっとあいつは──


「私は、兄失格ですね。貴方に、そんな顔をさせてしまった。貴方の成長を、見て見ぬ振りをしてしまっていた。ずっと、守るべきだと自分に言い聞かせていた」


 そっと、クヴェルの目尻を指でなぞった。


「亡くした友の面影を重ね、貴方と本当に向き合おうとは、していなかったのかもしれない。貴方を籠に閉じ込めることを、守ることだと錯覚していた。貴方はいつの間にか、こんなに大きくなっていたのに」


 頬に手を当て、髪に指を通す。


「クヴェル、少しだけ、我儘(わがまま)を言っていいですか?」

「うん」


 窓から差し込む斜陽に抱かれ、兄弟二人は顔を合わせる。


「実は私、叶えたい夢ができたんです。そのためにもう少しだけ、貴方をひとりにしてしまいます」

「うん、いい。いいよ。あにうえの、やっとみつけた夢だもん」

「それと……やっぱり、もう少しだけ、()()()に、いさせてください。まだ貴方を、手放したく、ありません」


 その華奢な肩口に、顔を埋めてもごもごしながら、言った。


「もう少しだけ、貴方の兄でいさせてください。クヴェル」


 クヴェルは困ったように笑い、はにかみながら頷いた。ブラウは顔を上げない。一同が動けない、長い沈黙。


「兄貴いぃぃぃぃぃ!!」

「リーダー!! クヴェル!!」


 ベッドに座っていたゲイブと、その横で立っていたリラが駆け出し、ブラウの元へ走って飛びつく。いや双方怪我人だぞ!!


「お前ら!」

「うわあぁぁぁ兄貴ぃぃ! 俺達どこまでもついていきます!!」

「クヴェルもこんなに大きくなって……俺、感激です……」


 盛大に鼻を啜るゲイブ、リラも泣きこそはしないものの、感極まった様子だ。大の大人二人に押し潰されそうになりながら、ブラウは歯痒げにそれを振り払った。


「クヴェルが潰れるでしょうが!!」

「兄貴のいけずぅ!」

「うるせぇ!!」


 二人を薙ぎ払って、肩をすくめる。それから、立ち尽くしていた俺を見た。新鮮だ。いつもブラウからは身長的に見下される立場だったのだが。ブラウが寝台に座っている今、立っている俺と同じくらいの目線で話せる。


「坊っちゃん、いや、みなさん」

「おう」


 必要以上の言葉はいらない。


「今回は、私達兄弟のために、本当にありがとうございました」


 深々と、頭を下げる。普段の傍若無人っぷりを知っている皆は、物珍しいものでも見るようにして覗いていた。ひでえ奴ら。


「そして、これからも。多大なご迷惑をおかけするかと思います」


 顔を上げる。その、表情は────


「その際は、みなさんに『仲間』として、甘えさせていただいても、よろしいですか?」

「────あぁ! もちろん!!」


 返事をしたのは俺だけじゃない。ロートも、シュヴァルツも、ロゼもジルヴァも各々返事をした。オランジェとグリューンも、返事こそはしなかったものの頷いていた。

 途端に賑やかになる室内。ゲイブとリラは何度振り払われてもブラウに縋り付き、オランジェが二人に文句を言ってグリューンが呆れる。動けないロートにツュンデンさんが構い、シュヴァルツの包帯をロゼは撫でる。

 感極まったジルヴァがブラウ達に飛びつき、ゲイブとリラから引き剥がされていた。やれやれとため息をつくブラウの横に座る。


「ブラウ」

「何でしょうか」

「俺さ、考えてることがあるんだ」

「はい」


 それを聞いた一同は、盛大な疑問の声を上げた。










 がたんと大きく揺れる。そこで目を覚ました。


「お、起きたっすか兄貴」

「結構寝入ってましたね」


 リラとゲイブが覗き込んでいる。身を起こす。山に囲まれたのどかな平原が広がっていた。荷車は岩か枝かを踏んだらしい。


「すまねぇなぁ。揺れたか?」

「いいやお構いなく。……そろそろ付きますか?」

「おーう、もう少しだなぁ」


 馬の手綱を握る行商人の男は、そうかそうかと頷き、また前を向いた。クヴェルが隣にいることを確かめ、安心する。それから暫くして、目的地へ辿り着いた。


「ここでいいのかい? 俺はちょうどこの先の村で商売をすっけれど」

「大丈夫です。ここまで、ありがとうございました」

「いいってことよぉ。旅は道連れってな」


 俺達は荷台を降り、気のいい男に手を振って別れた。この先に進むと村がある。その手前、山の(ふもと)


「足元に気をつけてくださいね。クヴェル」

「うん」


 先頭を私、真ん中をリラ、最後尾から荷物を抱えたゲイブが進む。山を登り、木々の隙間をくぐり、開けた場所に出る。

 重ねられた薪、作りかけの石像、不格好な鍛冶場、井戸やテーブル。俺がここを出たときから、何も変わっていない。


「手紙届いてるはずっすよねぇ……」

「流石にあれからここを出たってことはないでしょうね」


 変化のない小屋の入口。息を吸い、扉をノックする。しばしの無言。それから、扉が開いた。


「……おかえり」

「……ただいま、帰りました」


 不機嫌そうな、不健康そうな顔。十三歳から十六歳まで、私達を育てた男。あれから月日は経っているのに、外見にさほどの変化が無い。


「ただいまっす〜。手紙は来てたっすか?」

「村の奴らが届けてくれたから来たが……。お前ら、書いてたことは本当か?」


 家の中にも変化はなく。強いて言えば記憶の中より物が増えている。机の上に荷物を置き、かつての定位置の席へついた。頬杖をついて手紙を見る男に、私達は頷く。


「ええ、今から()()。ここで修行をして帰ります」


 ()()が、坊っちゃんの「考えていた」ことだった。

 


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