88 : 一番の頑張り屋
「うわああぁぁぁぁぁぁ──────っ!!」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁ──────!!」
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!!」
俺の叫び、シュヴァルツの絶叫、ジルヴァの歓声。リヴァイアサンを打ち倒した俺たちは今──第二の命の危機に直面している!
「どーするんすか! このままだと、湖落ちて死ぬっすよ!?」
「腹をくくろう、ゲイブ。上手く潜水してリヴァイアサンの下敷きさえ避ければ……」
「アタシ瀕死ってこと忘れてない??」
五層が見えた瞬間興奮して忘れたが、今俺達は真下に水! 真上にデカブツ! マジで死ぬ!
いつもの大穴であれば、着地寸前で下から吹き上げる風に煽られ安全な着地ができる。しかし今──吹き上げられればリヴァイアサンに激突だ! おまけに下は湖、その風も期待できない! 考える間にも、湖は近づく!!
「すこし、離れて、ください」
死にかけみたいになってたブラウが呻いた。握った槍を操作する。
「大丈夫か!?」
「いけます。それと、ロート嬢……ジルヴァ嬢」
ブラウが、ジルヴァの名を──呼んだ。ジルヴァが目を輝かせる。
「合わせてください。お二人なら、出来るでしょう」
ブラウは槍の刃先を真横に向ける。何をと俺は疑問に思うが、二人には伝わったようだ。
「りょーかい。ちょっと離して、大丈夫」
「わかった」
ロートは動くのもしんどいだろうに銃砲を握り、刃先の向いた方へ構える。ジルヴァもロートを下ろしカタナを構えた。
「略式霊槍、真空波!」
「向日葵!」
「十色抜刀、柳緑花紅!」
刃先から放たれる風、砲撃、風をまとった斬撃が一気に放たれる。その反作用で──俺達は、真横へ飛んだ。
リヴァイアサンが落下する。俺達はその軌道からそれ、湖ではなく陸地へと降り立った。
「ぶえっ」
「うわっ」
「ぎゃっ」
俺、シュヴァルツ、ジルヴァの順で地面へ落ちる。うーん、何故だが以前にもこんな経験が……。凄まじい轟音がして、水しぶきを喰らう。リヴァイアサンが湖へ落下したらしい。
「僕だって重症なんだぞ……」
「わー! ごめんごめん! 他のみんなは大丈夫!?」
ジルヴァがすぐさま避け、シュヴァルツを担ぐ。他の皆も死にかけだが、死んでない。あたりを見回す。これが、五層!
「ひとまず、帰ろう。今魔物に襲われたら、一回りもないよ」
リラの提案に頷く。俺は帰還の楔を取り出し──ホントに落としてなくてよかった──、地面へ突き刺した。
体がほどけるような浮遊感、目を閉じる。そして開けば、見慣れた役所内。
ジルヴァが頭から羽織を被った。油断してバレたらまずい。シュヴァルツを俺に任せ、ジルヴァは重症のロートを抱えた。そして比較的軽症なリラがブラウの肩を支える。ゲイブも割と怪我をしているが……ひとりでなんとか、と微笑んでいた。
帰還の楔置き場の部屋を抜け、通路を進む。死にかけみたいになっている俺達を見て、職員の人がぎょっとした。その直後、背後から響く声。
「あらあらあらあら兄ちゃん達! ウチの廊下を汚さんとってくれます?」
「おやおやおやおや大変ですなぁ。お医者さんよびましょか?」
人懐っこい癖のある喋り方、急いで振り返ると以前二層にて出会った双子がいた。
「うわ────ッ!!」
「なに驚いとるんです? 役所の人間が役所にいて何が悪いねんや。ところで、自分らの方でお医者さん呼びましょか?」
「その風体で街歩く気です?」
俺達は顔を見合わせる。言葉に甘えることにしよう。双子の男の方が連絡に行き、女の方が手招きで部屋へ案内した。
「あんたはんらが一緒になったってのは聞いとったんよ。でもまあ、そんなにぼろぼろになるやなんて……何があったんですぅ?」
救急箱を受け取り、ゲイブは自身もぼろぼろなのに俺達を治療してくれた。俺は女から目を逸らし治療を受ける。……やっぱりこの女は苦手だ。
「リヴァイアサン倒してきました」
「はいぃ?」
シュヴァルツの言葉にぱちくり、と目を瞬かせる。
「倒したんです? あのデカ鯨」
「五層の入口にある湖に、死骸があるかと」
リラが眼鏡を外し、額にガーゼを当てる。女はぽかんとした顔でぱちぱちと拍手をした。
「これはこれは……自分らがようやく派遣から帰ってきたと思えばこれですか……。まぁまぁまぁまぁ、ご立派なことで」
「どーも!」
以前から縁があったと思わしきロートは、歯がゆげにそれに答える。ゲイブからもう動くなと言われ、布を敷いた台の上に乗せられていた。聞けば肋も数本イッてるらしいし、一番の重症だ。
「ハルピュイアも倒したゆーて聞きましたし……兄ちゃんら、大活躍やねぇ! まだまだへなちょこ初心者やった頃に縁作れて、『ステラ』ちゃんも『ルナ』の奴も嬉しいわぁ」
「ああ……お二人、そんな名前だったんですね」
シュヴァルツの問いに、彼女はその黒水晶の瞳を見開いた。にぃと三日月のように口を歪めて笑う。
「言うてなかったです? 自分がステラ、双子の弟がルナいいます。以後お見知りおきを〜。しばらくは迷宮やなくてこっちのお役所でおりますんで」
ひらひらを手を振り、ひょうきんに笑ってみせた。つくづく、掴みどころのない人だ。廊下から足音、双子の片割れ──ルナが顔を出し手を振った。
「お医者さん来ましたで〜ロートはんから先行きましょか? 生きてます?」
「生きてるわよ……」
近隣の病院関係者さんたちがロートを運び出す。ゲイブやシュヴァルツも次々退室し、ステラはルナを呼んだ。
「ルナ、兄ちゃん達、リヴァイアサン倒したらしいわ」
「ホンマ? あーそりゃ、係を派遣せななぁ。よかったでんな、兄ちゃん達。まぁたあんたら、病院代御役所から出まっせ!」
「うちらからお賃金搾り取らんとってぇや〜。事情聴取は後で係が向かいますんで、現場確認しよる間、ゆっくり治療してくれや〜」
神霊撃破は、役所の人間にとっても嬉しい出来事らしい。殆どの冒険者は神霊のせいで冒険が詰まってしまうため、それを倒し次に進めるようにすることはかなり重要なこと、とのこと。
故に以前のハルピュイア撃破の際は──主に俺とニワトリ野郎のせいで役所内血塗れ、緊急手術、入院とてんやわんやだったものの、全て免除となっていた。
素材の解体まで係がやってくれるそうで、ありがたい尽くめである。比較的軽症だった俺は皆を追いかけ、病院へ向かった。
「いたいたいたたたたたっ!!」
「はぁい大丈夫ですよ〜」
擦傷に消毒液をねじ込まれながら俺は呻く。メンバーの中で怪我は軽い方だから、他のメンバーはもっと凄惨なのだろう。
看護師の女性を見た途端ひっくり返ったので、頭の怪我を疑われけっこう検査をされたが、すぐに解放された。
入院することになったのはロート、ゲイブ、シュヴァルツそしてブラウだ。俺、リラ、ジルヴァは治療を済ませて役所へ戻る。さて、解放はまだ先だ。
ゆっくりと歩き、扉の前に立つ。息を吸い、吐いた。扉に手をかけ、一気に引いた。
「ただいま────!」
「おかえり!!」
「おかえりなさいませ! シュヴァルツ様は……!」
奥からどたどたと物音。調理しかけの料理をニワトリ野郎に押し付けるツュンデンさん、カウンターに座るグリューン、その隣で振り返るロゼ、その横でぶすくれたツラをするレーゲン。駆け寄ってくるクヴェルを抱きかかえた。ああ、よかった。元気そうだ! クヴェルはあたりを見回し、ブラウの姿を探した。
「おかえり……三人かい? 他は?」
「病院! みんなぼろぼろだよ」
ツュンデンさんがエプロンを外しながら笑った。
「テメェら! 帰ってきたってことは……」
エプロンをつけてカウンターに立つニワトリ野郎が俺達を指差し言う。にやりと笑って、指を差し返した。
「もちろん! ぶっ飛ばしてきたぜ!! リヴァイアサン!!」
そう言った直後、クヴェルはぎゅうと強く抱き締めた。
「ヴァイスにぃ!」
「んー?」
クヴェルはぽろぽろと涙を流しながら、笑った。
「ありがとう、ありがとう!」
「おうおう、かわいー弟分のためだよ。だけどな……」
俺は笑って、額をぶつけた。
「感謝は、一番頑張った兄ちゃんに言おうな」
「うん!」
痛む体にムチを打ち──俺は、クヴェルを肩車し走り出した。




