86 : 五分
力が欲しいならくれてやる、そう、私の槍は言った。これが、神霊との対話?
「どうしたブラウ! 止まってる暇はねえぞ!!」
坊っちゃんが叫ぶ。横から勢いよく突き飛ばされた。リヴァイアサンの巨体の上を転がる。油断した、坊っちゃんに守られるなんて。
「槍が、語りかけました」
「はぁ!?」
頭部に短剣を突き刺しながら、坊っちゃんは素っ頓狂な声を上げる。
「俺のより先に!?」
「はい」
「お前のって半分なのに!?」
「はい」
凄く不満げな顔を見せた後、引き抜いた短剣を再度振りかざしながら叫んだ。
「〜〜まぁいい! 出せるってんなら、出せ!! お前の手で、コイツをぶっ飛ばしてやれ!!」
ありがたく、こっちに集中する。握りしめた槍、先程の意識が流れ込む。
──完全な姿であれど、私の全力に使い手が耐えれる保証はない。そんな中で、さらに今私の体は半分だ。さて、どうする?
どうするも、何も。
「今ここで、奴を倒せない方が悔いが残ります」
──ははは、そのせいで、お前の体が散り散りになろうともか? それによって、お前が死んでもいいというのか?
白波の飛沫が頬に当たる。俺は、目を閉じゆっくりと開いた。
「ごちゃごちゃうるせェ。お前が神だというのなら、奇跡でもなんでも起こしてみろ。それともなんだ、俺の体を持っていかなければ、コイツを倒すこともできないのか?」
びきり、と槍が震えた。
──随分な若造だ。面白い、面白い。いいだろう、いいだろう。ただし、条件がある。
その条件を聞き、私は少し離れたところで奮闘する坊っちゃんを呼ぶ。
「坊っちゃん!」
「イケるか!?」
「──五分、必要です」
この槍の出した条件。不完全な体でできる限り反動が少なく済ませるため、奴は準備の時間を必要とした。坊っちゃんはリヴァイアサンの傷口を足でえぐると、こちらを見て笑う。
「十分だって、やってやる!」
「ありがとう、ございます!」
言われたとおりに槍を突き刺し、体を支える。いくつかの捻りを回し、押し込み、応答を待つ。
その時、だった。
──Side Weiss──
波間の向こうから迫る何か。潮騒の影から耳に届く悲鳴。
「うわあぁぁぁ突っ込む突っ込む突っ込むっすよ!!」
「もう止まれないよ! 捕まって!!」
「こちらには怪我人がいますが!?」
「ちょっと、アタシ動けないんだけど!?」
「あぁもうこれだから猪系は!!」
……この緊張感のない騒がしさ、俺は空中で転回しながら思わずおおっと声を上げた。
「お前ら────!!」
「いっけえぇぇぇぇ!!」
魚に乗った仲間達が、リヴァイアサン側の氷の足場へ突っ込んだ。
先陣を切るジルヴァ、カタナを携えて飛び降りる。
続いてロートを抱き上げたリラ。
互いに肩を支え合うシュヴァルツとゲイブ。
皆を連れてきたと思わしき魚は、即座に潜水する。あれは……ジルヴァが追いかけてきた際に乗っていた魚か。
「大丈夫かい!? ふたりとも!!」
カタナを抜き、ジルヴァが叫んだ。
「お前らこそ! 大丈夫か? ……ロートとかやばそうじゃねえか!」
「生きてるわよ……なんとかね……!」
ロートはリラの手の中で腕を伸ばし、親指を立てて見せる。リラとジルヴァ以外の皆、あちこちから血を流しぼろぼろだ。
「こんなもんでやられるほど……ロートちゃんはヤワじゃないわよぅ」
「ゲイブもシュヴァルツも、下がってて! 無理はしないで!」
ジルヴァは不安定な足場でカタナを構え、飛んだ。
「十色ばっと────」
「待て!! ジルヴァ!!」
承認を済ます前、叫んだ。ジルヴァは俺の声に驚く。
「それは、ブラウがやる!」
「でも、これじゃなきゃ神霊は──」
「あいつが、やるって言ってんだ!!」
その言葉を聞き、あいつは──カタナを下ろした。それからこっちを向き、笑う。
「わかったよ。ボクは、繋ぐために、戦う」
横から立ち上った水柱、明確な敵意を持ってリヴァイアサンの上に立つ私達へ突っ込んでくる。俺は飛び躱したが、ジルヴァはカタナを握ったまま動かない。
「十色抜刀! 青天井!!」
カタナを振り上げる。打ち付けられた水が渦を巻き、舞い上がった。
「続けていくよ……! 柳緑花紅!!」
強烈な風を纏った斬撃を打つ。空へと打ち上げられた水が、雨のように降り注いだ。ぱらぱらと降る水を受け、ジルヴァはぷるぷる全身を震わせた。相変わらず、末恐ろしい女だ。
「黙ってみてるわけにはいかねえっすよねぇ!!」
ゲイブが氷の足場を踏みしめる。腰のベルトからメスを抜き取り、握った。
「ザコ退治だけじゃ終われねぇよなぁ!!」
指に挟んだいくつものメスを一気に放つ。リヴァイアサンの顎部分に突き刺さった。しかしリヴァイアサンの巨体にとっては、そんなの棘程度にもなりやしないだろう。
「リラ!」
「おう!!」
リラはその場で手を伸ばす。開いた拳を一気に握った。
「クリエーション!!」
突き刺さった八本のメスが一気に伸び、槍となって口を封じる。
「水柱の発生が口なら、これでどうだよクソ鯨!!」
「持って二分! 叩くなら今だよ!!」
ありがたい! これで備えるのは奴の動きだけ。口を封じられたことにより身動ぎする奴にしがみつき、足を踏ん張る。
「ブラウ! あとどのくらいだ!!」
「……あと、三分!!」
よし、イケる! ロートは前線復帰不可能、リラとゲイブも遠距離には向いてない。シュヴァルツの奴も満身創痍、近距離で戦えるのは俺とジルヴァだけ。
「回復能力はなくなってる! 瀕死まで攻め込むぞ!」
「ホント!? よっしやってやるさ!!」
結局何も答えない短剣を構え、腕先を通し魔力を流す。踏みしめ跳躍!
「クロスナイフ!」
「七転✕!!」
同時に奴の背を裂く十字の傷。「承認」抜きでも充分な威力だ。空中で体を転回、双剣を一度鞘に戻し、腰の後ろから三本目を取り出した。
「ノヴァ・トリガー!!」
落下の勢いで突き刺す! 短剣から生み出される以上の威力で奴の肉をえぐった。貫突、降りかかる血を払い、後退。
「そのまま下がって! ヴァイス!!」
ジルヴァは落下する中、両手で握ったカタナを下に構える。俺は即座に横へずれた。あいつの直線上から、外れる。
「波間墜とし!!」
一気に振り上げられるカタナ。その名の通り、波さえも斬り上げるような凄まじい威力で生み出される斬撃。リヴァイアサンの広大な背を斬撃は奔る。くぐもった苦悶の悲鳴があたりを揺らした。
奴は苦しげにもがき、激しく揺れる。上に乗ってる俺達もまずいが──それ以上に、氷の足場に立つあいつらが心配だ!!
「お前ら!!」
「心配する前に、やるべきことがあるだろ!!」
リヴァイアサンの頭部から右方向に少し、と言うあたりに足場はあった。そこを覗く。シュヴァルツが右腕を押さえながらも杖を握りしめていた。その足場は崩れていない。ブラウが作った足場を、シュヴァルツが支えて崩壊を防いでいる。
「心配はいらない! なんだか知らないけど、時間が必要なら時間を稼げ!!」
「あぁ、任せたぜ! シュヴァルツ!!」
リヴァイアサンの体に剣を突き立て、振り落とされるのを防ぐ。ブラウは。視線の先には槍を握りしめる姿。大丈夫、無事だ。
「あと、一分……!」
ジルヴァが揺れる足場を踏みしめ駆ける。行き先は尾ひれ、走って、走ってカタナを薙いだ。
「ばたばたするのは──やめないか!!」
真っ直ぐに張られる腕の筋肉、片手で掴むその姿は手先指先までカタナと同化したようだ。
「十色抜刀──黄道吉日!!」
カタナから発された黄金の光。日差しのような眩い射光が、真っ直ぐに尾を切断した。一番水しぶきを上げ、波を揺らす原因となったそれが消えたことにより、波の揺れは軽減されるだろう。よし!!
その時、奴の頭部が揺れた。そうだ、口の封印は持って二分。もう、その刻限は過ぎている!
再度咆哮を上げ水しぶきをぶつけられればまずい。先の飛沫を消し飛ばしてみせたジルヴァも、大技を放ったばかり。俺にはまず防ぐすべがない。
次の瞬間、視界の隅で影が飛んだ。
それを見て、俺は安心する。ジルヴァもまた、笑った。
何が五分だよ、馬鹿野郎。




