83 : 雷針
──Side Gabe──
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
飛ぶ飛ぶ飛ぶ! 激しい水に打ち上げられた体が空を舞い、落ちていく。このままじゃ海にどぶんすよ! 叩きつけられたら重症っす!
見えてくる足場、かなり広いからあそこに降りるんすかね。──海に落ちるより死にそうなんすけど!?
「た、たしか……重力調整ぃ!」
ブラウさんやリラとの暮らしの中で、ある程度の魔法は習った。でも、俺はあまり得意じゃない。もっぱら体術専門だから、手脚の保護程度はできるっすけど……こんな高度な技は、ホント年単位で久しぶりっす!
着地の瞬間に体がふっと止まり、それからべちんと叩きつけられる。思いっきり鼻を強打! いたた……でも、大丈夫。
広い足場だった。中央部に穴があって、水が溜まってる。池? 泉? 見渡す向こう、同じような足場が円状に並んでて、その真ん中。とんでもない巨体をもつリヴァイアサンが見える。ヴァイスさんと兄貴は水柱から逃れてたから……あそこで、たった二人で戦ってる! 急いで戻んねぇと!
その瞬間、殺気! 足を振り上げ、脛で受けとめる。間一髪、急ごしらえの防御魔術にしては、うまくいけた。めり込むのは……水? ビー玉サイズに圧縮された水の玉が、心臓めがけて撃ち込まれてきた。
「はは……! そんな過激な人、オランジェ君でもドン引きっすよ」
撃ってきたのは、泉から伸びる人影。女性の姿はしてるけど、まず間違いなく人じゃあない。人は透けてないし、体が泉と同化するなんて、ありえない。
この足場に人をバラして、ひとりずつ殺すつもりっすか。一対一、サシがお好みなんっすね。上等。俺もそっちのが好み。
腰のベルトに差し込んだメスを取り出す。手指の間に挟み込み、一気に放った。全部命中、しかし相手は水だからか効いた様子もない。うーん、どうするか。
凍らせる? 無理無理そんな魔法使えないっす。
泉ごとふっとばす? それもできない。
まいったっすね。こりゃあ相性最悪っすよ。
持ってくる薬を確認。神経毒、視界を塞ぐ毒、麻酔薬。駄目だ駄目だ。相手は水っすよ。
放たれる水を飛びながら避け、回り込みつつ飛び膝蹴り。魔力を纏った膝でも、ぱしゃんと弾けて揺らぐだけ。掴みもできないし、どういうとこだか。
「おっとぉ!!」
突き出されたのは鋭い水の針、上体を反らして躱す。毛先が持っていかれた。危ない危ない。いやだいやだ、せっかくの独壇場なのに本領発揮できないなんて。
いや、言い訳だ。この状況を打破する策を思いつかない自分へのごまかしだ。
俺にはヴァイスさんのような素早さは無い。
俺にはシュヴァルツさんのような魔法は使えない。
俺にはロートさんのように武器は使えない。
俺にはロゼさんのように癒やしや強化はできない。
俺にはジルヴァさんほどの力は無い。
俺はオランジェ君のように魔力に頼らず戦えない。
俺はグリューンのように鋭い目を持ってない。
俺はリラほど賢くない。
──できないならできないなりに、工夫することはできるだろう。
脳裏によぎる、クライ君の言葉。森で共に修行をしていた際、兄貴とリラにボコボコにされた俺に向けられた言葉。
──できるように思うんだ。苦手なことを、得意なことに置き換えて考えてみろ。
──でもさぁ、クライ君。魔法を何で置き換えろって……。
俺の言葉に、彼は笑うのだ。金にも緑にも見える不思議な瞳の輝きは、今でも色褪せない。
──お前にしかできないこと、あるだろう? それは俺達にはできないし、さっぱりわからない。
俺にしか、できないこと。
「いったァ!!」
思考する隙をついて死角から撃ち込まれたのは水の砲丸。背中に激突、呼吸が詰まった。まずい脊椎に傷がついたらまずい! 背を反らし、衝撃を緩和し砲丸を流す。
てのひらを貫通する水の弾丸。利き腕────!
「こん、のぉ!」
左手でメスを放つ。ああクソ! ようやく掴めてたのに!! 水の弾丸というのが救いか。体内に玉が残る危険がない。
掴んだ策を、実行する時間が必要だ!! 焦る俺の左肩に水の刃が突き刺さる。
傷は深い、腕は上がるが太い血管をやられた。つなぎの上を脱ぎ、腰から抜いた短剣で上部分を切断。それを包帯代わりに肩へ巻いた。後で自力で縫おう。
こうなりゃ、突っ込む! できるできないは後回し、とにかくやれ! できなかったときのことを考えるな、必ず、やれる!!
走りながら、イメージする。魔法を作るのは、イメージだ!
手足の強化は鎧をつけるイメージだから簡単だ。しかし、無から何かを生み出すイメージは、想像以上に難しい。だからこそ、なかなかうまく行かない。
人の体内には、常に微量の電気が溜まっている。
そんな話を聞いて、兄貴とクライ君は首をひねっていたっけか。冬場に手がバチってする話をしたら、納得したように頷いていた。
心臓は電気信号によって収縮する。停止した心臓を電気で動かした前例を、俺は目にしたことがあった。
電気は、医学に通じている。医者と電気は、親しい関係だ!
ならば、イメージできるだろう。全身に、頭の天辺から爪先までに流れる電気を、集中させろ。普通に魔力を纏わせるのと同じ。全身の魔力を集めるのと同じ。電気でできた、鎧を纏え!!
「いっ、けえぇぇぇぇ!!」
ばちり、と右脚が爆ぜる。思い切り、跳躍。泉の真上、撃ち出される水の弾丸が体を貫く。関係無い。これを、決めろ!
「雷針!!」
振り下ろす踵。全身の電気を纏った蹴りを繰り出す。女の脳天に触れた途端、脚はすり抜けることなく停止した。次の瞬間に走る電撃。俺の脚を通して、女の体、泉の深奥まで貫いた。
作られた女の形が崩れ落ち、ただの水に変わる。俺の体はバランスを崩して地面に激突した。背中、左肩右てのひらに激痛。それ以外の撃ち抜かれた部分も激しく痛む。
「よっしゃあぁ!! やったよクライ君!!」
俺にも魔法、使えたよ! 両腕を振り上げ、激痛に呻いた。さあさあ、どうやって帰ればいい? 身を起こし遠くを眺める。リヴァイアサンの巨体はあいも変わらず激戦を繰り広げていた。
痛む体を引きずり崖を覗く。……ここから海に飛び降りて泳いで変えるのは、ちょっとした自殺っすね。見渡す向こう。見えていた四つの足場が、三つに減ってる。誰が壊したっすか? あと、ひとつはものすごい上まで伸びてる。……一体何が。
「────い! お──い!!」
声、どこから!? 慌ててあたりを見回すけど、誰もいない。
「下だ! ゲイブ!!」
リラの声。真下を見ると、
「何やってんすかみなさん!!」
デカい魚、その背びれを掴むお嬢、そのお嬢に捕まるリラ、魚の体の上に横になった姐さん。いや、ホントに何してるんすか!?
「ボクの魔魚だよ! 飛び乗って! この子でリヴァイアサンの元まで帰る!!」
「飛び乗──ここからぁ!?」
自殺と変わんねえじゃないっすか! というか、その魚の上とか、これ以上どう乗るんすか!
「受け止めるよ!」
「あぁもう! 任せたっすよ────!!」
四の五の言ってらんねぇ! 飛び降りる。吹き上げる風、迫る海面。
「重力調整いぃぃぃぃ!!」
くたくたの体で止めの魔法、ギリギリのところでスピードを緩めた体は、お嬢によって受け止められる。──外見上は──歳下の女の子に受け止められるなんて、屈辱っす……。
「ここまで来たら、シュヴァルツも拾っていこう!」
それから魚は泳ぎだす。結構なスピードだ。リラの体にしがみつきつつ、俺は後ろで横たわる姐さんを見た。俺に負けず劣らずのぼろぼろさだ。
「お疲れ、ゲイブ。ぼろぼろじゃんか」
「マジで大変だった」
お互いに素で話す。普段は俺も年長者として頑張ってるけど、たまには歳の近い者同士、腹を割って話したいんすよ。
「もうちょっと頑張るか」
「おう!」
大切な、家族のために。




