82 : 青天井
──Side Jiruba──
空を飛んで空を舞って、どんどん身体が落ちていく。まいったな、ヴァイスとブラウの援護をするつもりだったのに、離れちゃったらできないじゃないか!
真ん中に水溜りがある大きな足場が見えてくる。どうやらボクはそこに落ちてるみたいだ。空中で一回転。体制さえ間違えなければ、ダメージなんてありゃしない。
「よっとぉ!」
着地。あたりを見回す。リヴァイアサンの体が見えた。それと、同じように伸びる四つの大きな足場。うーん、どうやって戻ろう。ここまで魔魚を呼ぶのは時間がかかるしな。とりあえず指笛を吹いて呼ぶけど、いつ来るかはわからない。
どうにかして早く戻らなきゃ。
「十色ばっと────」
刀に手をかけたその時、後方からの殺気。抜いた刃を後方へと振る。鋭い金属音。手に伝わる振動。視線を向けた。
水でできた、女の人? 半透明に透き通った体、泉から伸びている。あれも、人なのかな。長い髪や体から伸びる角、そういう人間もいるのかな。
でも、味方じゃあない。いきなり背後から撃ってくる人が、味方なわけがない。
「キミは誰だ?」
答えは無く。刃を見る。この程度で傷がついたり欠けたりするものじゃない。何を撃たれた? 表面が濡れている。水?
「────!」
次々に飛んでくる弾丸。右左上右下上右下下左右!! 刀で受ける。全弾弾き飛ばした。威力は凄まじい。水とは思えない鋭さ、速さ。まずいな、距離があったら刀は弱い。斬撃を飛ばす予備動作の隙に撃ち抜かれちゃうや。
「そんなことやめて、ボクを見逃してくれないかい?」
返答は無し。そもそも、会話できるのかな? でも、見逃してくれないってことは──倒すしかない。
先手必勝!
「十色抜刀、柳緑花紅!」
斬撃特化の技、「承認」を済ます。勢い良く刀を振り上げる。放たれた斬撃が女の人を斬り裂いた。ぱしゃんと弾けて分断、だけど駄目だ、揺らいだ下半身が変形する。ちゃぷんと音を立てて上半身が再生した。
「うーん、厄介!」
「十色抜刀」に、属性技はない。物理特化だ。
女の体が揺らぎ変形、人の形を捨てた。両腕を広げたような形、ずるんと水でできた翼から伸びる穴。
あ、まずいな。
「おっとぉ!!」
足場、岩の塊を斬り上げ壁を作る。足りなかった。岩を貫き鼻先をかすめる。
「ははっ……!」
刀を持ち直し、構え直す。剣先を突き出す体制。
「十色抜刀! 紫電一閃!!」
貫き、穿つ! 岩ごと抉り前方へ駆ける。降り注ぐ水の弾丸も、切っ先に触れる端から分断する。泉の直前でブレーキ、岩盤の表面を削りながら身を屈める。
下からの、突き!! 実態はなくとも、この速度には対応しきれるか? 刀が体に入った瞬間に脚を振り上げる。横への薙!
予感がした。直様足を引っ込める。泉から伸びる棘、いや、針かな。刀で受けるが、あのまま脚を出してたら貫かれてた。
さてまいったぞ。ボクの技は物理特化、この泉がある限り再生するというのなら、戦いは終わらない。
十色、この刀が持つ技はその名の通り十ある。そのどれもが凄まじい威力だけど、全て純粋な剣技で磨かれるものだ。属性をまとわせるほど器用じゃないし、ボクは魔法使いじゃない。
「せっかくの腕の見せどころだもん! キミはここで、倒させてもらうから!」
跳ねた飛沫が変形、剣の形をして飛んでくる。刀で弾き、跳躍。
泉があるから変形、再生する? 切り離しても、大本があるから駄目? 雷を打ち込んだり、凍らせて砕いたりができないなら、泉ごとぶっ壊すしかないのかな。
「わ! 危ないっ!」
考えてる隙をついて、水でできた刃が頬をかすめた。危ない危ない、しっかり刀を捌く。でもこれじゃあ削られるばっかりだ。
後方へ下がりながら、さっき壁にした挙げ句貫いた岩の元へ。それを思いっきり蹴り上げ、砕く。細かな石つぶてとなって、女の姿をぱしゃりぱしゃりと砕いた。
見渡す向こうで、天まで届くような岩の柱が見えた。あんなのさっきまであったっけ? もう誰かが、こんな奴を倒しちゃったのかもしれない! それは駄目だ、遅れるのは、駄目だ!
その影から、飛ぶ。両手で握った刀を下げ、一気に距離を詰める。まとわせた魔力を一点に固め、刀の周りへ「渦」を作り出した。
ボクはまだ、「燕の旅団」に入って日が浅い。まだわからないことだらけだし、まだみんなと話せてない。だからこそ、リヴァイアサンとの戦いを経て、認められたかった。いや、認めさせるつもりだった。
竜を、ボクを嫌うあの人に、認めさせてやるんだ! ボクは強いし、頼りになる! 仲間として、胸を張れるって!
こんな戦い、あっという間に終わらせなきゃね!
「十色、抜刀──」
ボクはヴァイスの力になりたい。ボクはヴァイスの傍に居たい。ボクは、ヴァイスが語った「夢」の先を見たい。そのためにも、ボクは「燕の旅団」の力に、なりたい!
二十年前の力の無いボクにできなかったことを、今を生きるキミ達のためにやりたいんだ!
「──青天井ッ!!」
渦巻く魔力を纏った刀を、女の体に差し込み斬り上げる。振り上げる、と言ってもいいかもしれない。ぐっ、と握る刀に重みがあった。──イケる!
「ぶっ、と、べえぇぇぇぇ──────!!」
より一層力を込めて柄を握る。脚を踏みしめ息を吐き、止めと言わんばかりに魔力を流した。全力全開、最高出力だ!
足場に空いた穴から、引き摺り出されるようにして泉の水が打ち上げられた。ありったけ、全部! 空の彼方まで吹っ飛んで、一つにまとまることもできず散り散りになる。
さてさて、早く戻らないとな。急いで戻って、華麗にリヴァイアサンを倒して、ブラウに認めてもらわなくっちゃ。きっとブラウだって、そんなカッコいいボクを見たら「今までゴメン! 友達になろう!」って言ってくれるはず。
足場を蹴って、海へ飛び降りる。再度の指笛、これで来てなきゃ、もう餌はあげないぞ! ざぱんと波、そこに現れるボクの相棒。よしよし、いい子だ。
「悪いね! 中央部まで全速前進で頼むよ!」
その体の上に落下。ちょっと重かったね、ごめんよ。背中を撫でてやり、背びれを掴む。リヴァイアサンがいるから怖いだろうけど、頑張ってもらわなきゃ。
少し離れたところで破壊音。ボクがいたのとよく似た足場が、音を立てて崩れてる。みんなかな? 派手にやったなぁ。誰だろう。
……ん? 目を凝らす。そこから落ちる、赤い髪。黒い箱を背負った──
「ロートぉ!? ちょ、ちょっと戻って!」
崩れる石に巻き込まれたら危ない! ボクは急いで魔魚を奔らせ、ロートを受け止めるために急ぐ。
まいったな、少し遅れるよ! ヴァイス、ブラウ!!




